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フットボールは誰のモノ?──映画が伝えるブラジル

フットボールは誰のモノ?──映画が伝えるブラジル

長屋美保 Jun 06,2014 UP

 ワールドカップ開催まであと1週間となった今、私の住むメキシコシティでも、人びとは浮き足だっているように見える。
 メキシコでサッカーは国民的スポーツだ。2012年のロンドン・オリンピックで、メキシコのサッカーチームは金メダルを獲得したが、まさにその瞬間、私は外科手術入院の日であり、国立病院のテレビの前で、患者も見舞客も医者も看護婦も警備員も飛び上がって大騒ぎしている姿を目の当たりにしたのだった。そんな状況で手術が成功したのは言うまでもない。執刀医の士気を高めてくれた、メキシコのサッカーチームに感謝せねばならない。
 もちろん、一般のオフィスでも、サッカーの重大な決勝戦の日には、社内に大型テレビが持ち込まれ、業務中の観戦タイムが設けられる。もしもサッカー中継を見ることができない会社があったら、ブラック企業にされかねない。

 サッカーを含む、多くのスポーツがビジネスの材料となり、ワールドカップやオリンピックのような祭典の影には、大きな利権が絡む。国際的スポーツの祭典で生まれるナショナリズムは、民衆の意識をうまくコントロールのために利用される。
 そういった理由から、私はサッカーを含むスポーツ全般をどうしても素直に受け入れられず、暇があればテレビのサッカー中継にチャンネルを合わせる夫を冷ややかに見てしまう。ワールドカップ中には、その冷戦は激化するだろう。いや、彼もサッカーの裏のビジネスや問題に気づいている。それでも、その熱狂を断ち切ることはできないのだ。

 さて、ワールドカップが開催されるブラジルで、現地の一般のひとびとは、どのように捉えているのだろう。そんなことを知る足がかりとなるのが、今年日本公開された映画『聖者の午後』(フランシスコ・ガルシア監督)だ。
 サンパウロを舞台にし、フリーターの男女カップルと、祖母の家に居候して客がほとんど来ないタトゥースタジオを経営する男という、うだつのあがらない三十路の3人を軸に展開する。この3人は友人なのだが、いつも飲んだくれて、ウジウジとした話ばかりする。テレビやラジオでは、ワールドカップやオリンピックの経済効果や発展を鼓舞するニュースばかりが流れる。しかし、自分たちには何も反映されていないような虚しさ。働き、学校を出たところで豊かな生活が待っているわけではないと、絶望的なことを言いながらも、そんなウジウジを言い合える仲間がいることや、いつもテレビを見たまま居眠りしているけど、ただそこに変わらずにいる祖母の存在で、微笑ましい気持ちになるのが、この映画の救いだ。なんだか、日本や世界のいたるところで共通していそうな虚無感でもある。


映画『聖者の午後』予告編(配給:Action,Inc.)

 いっぽうで、ブラジルの生々しい現実を伝える映画もある。
ここ数日、メキシコを含む、世界のネットメディアやSNSで話題になっている、デンマークのミケル・ケルドルフ監督のドキュメンタリー『The Price of the World Cup』だ。

 ストリートチルドレンの更正支援団体の代表や、その団体が作った元ストリートチルドレンたちによるサッカーチームのメンバー、現在も路上で暮らす子どもたち、ファベーラ(低所得者層居住区)の住人たち、ブラジル人権委員会、活動家たちへのインタヴューが収録され、丁寧に作られている。

 ブラジルでは、ワールドカップ関連の建設物のために20万人近くが立ち退きになったなか、ファベーラでも、最新鋭ロープウェイの路線建設のために、多くの家が立ち退きにあった。その住人のひとりは、「ロープウェイは地元の人びとが利用するためではなく、発展の象徴として、外国人たちに見せつけたいのよ」と語る。
 ブラジルのストリートチルドレンの数は24000人以上とされるが、映画では2013年だけでも道に暮らす210人の子どもたちが殺されている事実を露にする。
 ブラジル人権委員会代表は、その件に関し、「ワールドカップ開催場所付近のストリートチルドレンたちを、政府や警察、軍が、民間人を雇って殺害している」と語る。
 また、ワールドカップ開催にむけての費用をかける企業が多くなったため、資金援助を得られなくなったストリートチルドレンの更正支援施設が、閉鎖に追い込まれていると、支援団体の代表は語る。
 「そのなかには、児童売春をしていた子どもたちの更生施設も含まれている。施設が閉鎖されたら、子どもたちはまた路上に出て、売春をすることになるだろう」
 映画は、スタジアム1件の建設費用で、ブラジルの公立小学校がどれだけ建設できるかという疑問を投げかける。
 かつては路上で暮らし、更正施設を経てから、現在は仕事もし、アパートで暮らす青年は、「恋人と一緒に暮らしているんだ。路上にいる頃は、こんな生活が訪れるなんて思ってもみなかったよ」と言う。そして、彼は社会支援団体が作った元ストリートチルドレンたちによるサッカーチームの選手となり、サッカーを心から楽しんでいる。

 映画は、誰もがあたりまえに持つ権利を、あたりまえに持てない状況があることを捉え、ブラジルでの大規模なワールドカップ反対運動が起こることになった問題の根幹について触れているのだ。

 ワールドカップ開催目前にして、日を追うごとに激しさを増すブラジルの反対運動の様子を窺っていて、まっさきに頭に浮かんだこと。それは、1968年10月2日、メキシコシティオリンピックの開催反対のため、メキシコシティのトラテロルコ地区の広場に集まった、学生を中心とした400人近くが、メキシコ政府によって虐殺された事件だ。
 学生たちは、国がめちゃくちゃな状態なのに、オリンピック開催とはとんでもないと反対運動を起こしたが、政府は軍を使い、広場に集まった人びとをヘリコプターを使って射撃した。広場を埋め尽くした血は、一日のうちにきれいに洗い流され、虐殺事件は、なかったことにされた。それから10日後、メキシコシティオリンピックは、全世界から注目されるなか、華々しく開催された。
 後にこの事件は、メキシコの歴史上の汚点と呼ばれ、毎年10月2日にはこの日を決して忘れないために、メモリアル・デモが開催される。

 このトラテロルコの事件から46年経ったいまも、メキシコの問題は山盛りであり、人びとは毎週のようにデモを決行する。教育法や税法改革、石油の民営化に反対する市民たち、土地を剥奪された農民たちや、権利を訴える先住民たち、暴力に反対する女性たち、政治犯解放を訴える家族や恋人たち、仲間たち、殺されたジャーナリストたちの遺族たち.....まるでデモの週替わりメニュー状態である。
 デモは交通機関が麻痺するし、道が閉鎖されて、迷惑だと多くの人びとが口にする。でも、不満や怒りすら、外に向かって言えなくなったときこそが恐ろしいのだ。
 先にも述べたように、サッカーにあまり興味がない私だが、デモで大通りが閉鎖になったのを利用して、露天商の人びとがサッカーを始める瞬間が好きだ。
 都会の真ん中に突然空いたスペースで、空き箱をゴールに見立てて、人びとが生き生きとサッカーする姿は、いつまでも眺めていたい。
 きっとそこには、純粋にサッカーを楽しむひとたちがいるという安心感があるからだろう。

 最後に、ラテンアメリカを代表するメキシコのミクスチャーロック/スカのグループ、マルディータ・ベシンダーの曲「Pura diversión(純粋な娯楽)」のヴィデオを紹介したい。このヴィデオは、メキシコシティのゲットーのなかのサッカーコートで撮影された。

 テレビを眺めているのは退屈すぎるから
 俺はサッカーコートへ行くよ
 地元の仲間たちと遊ぶんだ
 俺のワールドカップをやるんだ
 ストリート・サッカーには金はない
 純粋な楽しみなんだ
 本当のサッカー
 自覚のサッカー
 ここには暴力はなく楽しみだけだ

Profile

長屋美保(ながやみほ)長屋美保(ながやみほ)
静岡県浜松市出身。ラテンアメリカ文化に魅せられ、2007年よりメキシコシティ在住のライター。
情報サイトAll Aboutのメキシコガイドも務める。
ブログ:http://mihonagaya.blog2. fc2.com/

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