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Columns

『ザ・レフト──UK左翼列伝』刊行記念筆談(後編)

『ザ・レフト──UK左翼列伝』刊行記念筆談(後編)

ブレイディみかこ×水越真紀

Dec 24,2014 UP

20世紀の「勝ち取る」左翼ではなく、「取り戻す」左翼の時代なんだなあということです。前衛ではなく、最後衛で振り落とされる者たちを守ることを考えなきゃならない左翼。咲き誇る革命ではなく、地味で辛気くさい「地べた」で……。そういうことを思うとき、それでも笑っちゃうドタバタに励まされたりもする。そして考えてみると、ああ、いまの日本にもこういう人はけっこういる、あの人やあの人も、似てるじゃんと思えて来ます。日本版でもこれ、できそうかもしれません。 ──水越真紀

水越 外国で暮らしている日本人が日本語で書くものには、その外国と日本を比較して日本をやたら褒めるものと、逆に「だから日本はダメだ」というものの二種類が多くて、時流でどっちかが流行りますね。いまは「日本を褒めるもの」が受ける。どっちにしてもたぶんそういう話って頭のなかで発展していかない。瞬間的な癒しで終わって「考えるネタ」になっていかないんですね。この「ザ・レフト」に限らず、ブレイディさんのお書きになるものは、直接的な比較という視線はありませんが、日本で起きていることを意識されてるということがすごく伝わってくる。日本でこれを読む読者の思考は単純な彼我の比較でなく、文化の違いや歴史などを総動員して複雑に展開していく。知識を得るだけの読書じゃなくて、頭のなかで本が膨らんでいくんです。
 ブレイディさんのヴォランティア時代の話は、前作『アナキズム・イン・ザ・UK』でたっぷり読めますね。まさにカオスでアナキーな体験ですが、『ザ・レフト』にあるブレイディさんの視線は変わっていません。80年代初頭に、宮迫千鶴さんが「イエロー感覚」で、輸入文化で育って、日本の伝統文化を“外国人の視点”で見てしまうが、どっか心身に染み込んでるところもある、といったような文化的国籍不明の「在日イエロー」という立場を標榜しました。当時、コスモポリタンとか流行りはじめていたんですが、そういうかっこいいものでもなくて……。生まれた国に住み続けながら、国民ではなく「在日者」として生きるというアイディアに私は非常に共感しましたが、ブレイディさんの視線にはそれに通じる ものを感じます。ところで私はブレイディさんのブログのかなり前からの読者だったんです。ソーシャルワーカーに子どもをとられそうになっている母親とのやり取りがアップされていた頃で、最初に見つけたときには朝まで夢中で読んでました。で、もったいなくて誰にも秘密で読んでたんですが、ロンドン五輪開会式の話でついに我慢しきれず「これこれ!」と吹聴するに至った。そのブログをはじめたきっかけやその頃の日本との精神的距離感などについて教えていただけますか?

ブレイディ 実は、はじまりは「John Lydon Update」というサイトでした。ライドンが2004年に「I’m A Celebrity Get Me Out Of Here」というB級セレブを集めたリアリティー番組に出たんです。日本の人たちはこれを知ってるんだろうか?とネット検索してみたら、日本では「そんな番組に出るなんて彼も終わった」とか「パンクの生き恥」という意見が多かったので、「何言うとんじゃ、見てもおらんくせに。これこそパンクじゃろうがー(って急に菅原文太になる必要もないですが)」と思い、毎日、情熱的に彼のアナキーな言動を文章で中継してました。
 で、そうなってくるとライドンのファンサイトの様相を呈して来て(掲示板もありました。すぐやめたけど)、そういうのはあんまりやりたくないと思い、サイトのタグ打ちも面倒だったんで、個人的な日記ブログに切り替えました。でも、その頃はただダラダラ書いてただけで、底辺生活者サポート施設の託児所で働くようになってから書く内容が変わったと思います。あの頃は、もうただ自分のために書いてました。夜中に酒飲みながら。いつも酔ってたので翌日読んでみるとたいてい最後のほうの文章は書いた覚えがない。貧困層の子供たちとか、多種多様なアナーコ族やアンダークラス民の喧嘩とか、書いたものを読むと笑えますが、実際にそのなかに身を置くのは精神的にきつかったんだと思いま す。やっぱああいう場所にいると気持ちが落ち込みますし。ひどいアンガーも感じました。その頃の文章は前作の後半に入っていますが、正直、いまでも書いた覚えのないものがあります(笑)。
 あの頃はあまり日本のことは意識してなかったです。日本との精神的距離というのは考えたことなかったですけど、でも日本もいろんな人がいて、それこそ様々な階級とか(昔はないことになってましたが)あるので、どこのどの辺との距離なのかってのもあると思いますが、わたしは一億ファッキン総中流時代に大変居心地の悪い思いをした家庭の娘だったので、英国の労働者階級のほうが、違和感なくスッと入っていけました。わたしは福岡出身ですが、昔はよく某党の関係者が選挙前に現金を封筒に入れて持って来てて、うちの親父は中卒の肉体労働者ですが、「選挙というのはそげなもんやなか」とすごく怒って封筒を突き返してました。土建屋のくせに自民党嫌いで(だから貧乏なのかも)。昔は本なんか読んでる姿も見たことなくて、ディスレクシアっぽいのかと思ってましたが、最近やたら本や新聞を読んでて、政治を語ってます(笑)。そういう貧乏な老人も日本にはいるようです。
 そういえば、わたしのブログは3.11以降にPVが増えました。日本の人たちとわたしの書くものにあまり距離がなくなったのかもしれないと思います。

水越 ああ、たぶんそれも読んでました。ジョン・ライドンがリアリティー番組に出たということだけは伝わって来たけど、中身が分からなくて、ちょっと遅れて探した記憶があります。あれ、ブレイディさんが書いてらしたんですねー。
 前作にもたくさん出てくるサポート施設の託児所の子供たちの描写には、共感とか親愛の底にやりきれない無力感のようなものが貼り付いていて、でもだからこそ、そこは明るくて逞しい場所のように思えて来ます。ドライでやけっぱちなのに情緒を呼び起こされてしまう、そういうところに、私はジョン・ライドンを感じます(笑)。
 『ザ・レフト』を読んで、とくに印象に残ったのは、ケン・ローチ、J・K・ローリング、ジュリー・バーチルが、自身の“いま”があるのは、英国社会が整備して来た教育や福祉制度や緩和しつつあった階級流動性のおかげであるということを踏まえた発言をしていることでした。私の祖父は病弱なのに山っ気のある人で、子どもを10人も産まされた祖母は一時期、生活保護で子供たちを育てました。つまり私が生まれてこられたのもこの国の福祉のおかげとも言えるわけなんです。小泉政権以降、社会の高齢化現象のひとつでもあるのかもしれませんが、「恵まれなかった私は努力して成功したのだから、君たちも努力すれば出来る」と考える大人が目立っていました。ローチらが危機感を抱くように、そうした社会は過去のものになっているという意味で、20世紀の「勝ち取る」左翼ではなく、「取り戻す」左翼の時代なんだなあということです。前衛ではなく、最後衛で振り落とされる者たちを守ることを考えなきゃならない左翼。咲き誇る革命ではなく、地味で辛気くさい「地べた」で……。そういうことを思うとき、それでも笑っちゃうドタバタに励まされたりもする。そして考えてみると、ああ、いまの日本にもこういう人はけっこういる、あの人やあの人も、似てるじゃんと思えて来ます。日本版でもこれ、できそうかもしれません。ブレイディさんの人を見る視線に、私はいちばん刺激を受けました。
 最後に、ちょっとプライヴェートなことにずかずか踏み込んでみたいのですが、パートナーとの出会いはどういうものだったんですか? とか、やはりパンクのつながりで? とか、お酒は実際どのくらい飲んでるんですか? なんてことを……。

ブレイディ えっ。いきなりそう来たかとちょっと動揺しましたが、連合いとは飲み屋で会いました。何も面白くないです(笑)。彼は76年と77年はイスラエルのキブツでバナナを作っていたらしいので、パンクつながりとは言えないかもしれません。彼はたぶんThe Whoが一番好きなんじゃないかな。近年だとマニック・ストリート・プリーチャーズのPVを見てこっそり泣いているのを目撃しました(笑)。
 わたしの酒量は、休肝日を作りなさいと医師に数回言われた程度です。はっ。いま気づいたのですが、わたしがいろんな考え方の人を「まあよかたーい(博多弁)」と大雑把にレフトと呼んでしまうのは、もしかしたらわたしが酒飲みだからなのかも……。
 『ザ・レフト』なんて本を書いておいて何ですが、わたしは保守派の言い分もわからないこともないし、ライドンも実はけっこう保守っぽいことを言う(でも最近、『保守党に投票することがあると思いますか?』と質問されたら、『ははははは。そら絶対ない』とあの鼻声で笑ってましたけど)。保守党って英語ではConservativeで、それはConserve(保守する、保全する)人の党の意ですから、二大政党制でそれにカウンターをかける政党だったらInnovator(革新する人の党)でも良さそうだし、リベラル党でも良さそうですが、英国の場合はLabour(労働党)なんですよね。伝統や現状のなかに含まれる自分の権益を保守・保全しようとするエスタブリッシュメントに、地べたで働く人間(+地べた民の側につこうとする上層民。これとても大事)がカウンターをかけるという構図がいままで続いてきた。でも、ここんとこ労働党がそれをちゃんとやってないから、ケン・ローチやベズのような人たちがそれにカウンターをかけようとしている。
 日本版『ザ・レフト』といえば、スコットランド独立投票のときに井上ひさしの『吉里吉里人』を思い出していたのですが(正確には作者と題名が思い出せなくて、筒井康隆だったっけーとか思ってたんですが)、菅原文太があれを映画化しようとしていたと知って、ほーと思いました。『ザ・レフト』は無名の人編だってアリですよね。いまの日本は海外在住のばばあが書店の中和化を図りたくなるぐらい世のなかが一方的になっているようですが、高齢化を極めるにつれ、女性を活かすとか移民を受け入れるとかしないと現実に回って行かなくなる国には、仰るとおり「最後衛の左派」が育つことはクルーシャルと思います。ブロークンというのは、最後尾に立つカウンターがいない状態かもしれませんしね。でも、逞しいカウンター勢力が育つには時間が必要ですから、ひどい時代というのは、じっくり考えたり何かをオーガナイズしたりする時間を与えてくれているのかもしれない。
 わたしも貧乏な老人をふたり残して来ているので、他人事ではありません。失望とアンガーと、そしてある種の期待をもってブライトンから祖国を見ています。
 

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Profile

ブレイディみかこブレイディみかこ/Brady Mikako
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『花の命はノー・フューチャー』、そしてele-king連載中の同名コラムから生まれた『アナキズム・イン・ザ・UK -壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン、2013年)がある。The Brady Blogの筆者。http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/

Profile

水越真紀水越真紀/Maki Mizukoshi
1962年、東京都生まれ。ライター。編集者。RCサクセション『遊びじゃないんだっ!』、忌野清志郎『生卵』など編集。野田努編『クラブミュージックの文化誌』などに執筆。

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