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我が人生最悪の年

我が人生最悪の年

野田努 Oct 20,2015 UP

 開幕前から心配だったし、悪い予感は確実にあった。今年の正月、地元の友だちとは「ま、今年1年も残留が目標だな」と、したり顔で言い合ったものだった。とはいえ、心のどこかに、いや表向きにも、「まさかそんなことはないだろ」という根拠のない余裕というか盲信めいたものがあったことも事実だ。こんなにも不甲斐なく、弱いというのに……それでも清水エスパルスがJ2に落ちるなんてことはあり得ない。なぜならそこは日本でも指折りのサッカーの街であり、他のどこの街よりも幅広い年齢層におよぶ熱心なサッカー・ファンがいる。ぼくは清水に隣接する静岡市で生まれ育ったけれど、小学校の校庭にあったのはゴールネット、ソフトボール大会はあっても野球はなし。生まれて初めて賞状をもらったのは、ゴール・シーンを描いた絵。実家の4軒先には名物サッカー専門ショップがある。そんな環境だった。
 小さな港町の清水は、しかし、ぼくが住んでいた頃は、何かと静岡をライバル視して、サッカーにおいては静岡を見下していた。70年代半ばのぼくが小学生のとき、清水はブラジルからペレを招いてサッカー教室を開いているし、静岡の子供にとっても清水FCのユニフォームは別格だった。ちなみに、70年代後半、ぼくが中学生のとき、全日本少年サッカー大会で優勝したときの清水FCのFWが、今シーズンの清水エスパルスの最初の監督である。というように、あの選手は小学生/高校生のときからすごかったとか、そういう話が普通に話せる環境だったのだ。
 いや……、いまさらこの場で、こんな地元自慢めいたことを言ってどうなる? わかっている。ぼくは過去の亡霊に取り憑かれているのだ。はっきりしているのは、2015年は我が人生最悪の年である、ということ。悲しく、惨めで、ただただ空しい。この悲しみの前では世界がどうなろうと知ったことじゃないし、代表はもちろん、自分の子供の所属しているサッカーチームの試合なんぞ見る気もしない。海外リーグをほめそやしている輩を見ると虫ずが走る。
 我ながら無茶苦茶だが、それがサッカー・ファンの性というものだ(違うか!?)。華やかなプレミア・リーグだって、その昔、基盤を作ったのは地元チームへの愚直なまでの忠誠心だろう。自分のチームが勝ってくれればいい。それだけで安眠できるし、ゴール・シーンを頭のなかで反芻するだけで心地いい。それが人生における、数少ない自慢だ。しかし負ければ、重苦しく、鬱々とした日々に耐えなければならない。清水エスパルスを応援している人たちは、ここ数年、ずいぶん忍耐力がついたかもしれないが、そこに追い打ちをかけるように、いまこの時点では、迷走しまくりの無能フロント(素人目にもわかる偏ったチーム編成、哲学を欠いた監督選びなどなど)のおかげで楽観的な要素がまるでないという、すさまじくシビアな現実認識を強いられている。出直そうなどと自分に言い聞かせようにも、何の説得力もないのである。
 たまに、そんなに辛いのだったらサッカー・ファンなどやめればいいと言われる。だけどね、サッカー・ファン……いや違うな、Jリーグのスタジアムの自由席で声を出してきたぼくのような人間にとって、この辛さと引き替えに、とんでもない歓喜も味わっている。自分たちがどこに所属しているのかをわかっていて、見ず知らぬ者同士が喜びのあまり、ハイタッチをしたり、抱き合ったりする、老若男女のあれほどの大騒ぎは、熱狂は、まあぼくが知る限りサッカー・スタジアムでしかありえない。もっとも、2015年はそんな機会すらなかったのだが。
 ぼくは限りなく調布市に近い世田谷区に長いあいだ住んでいるので(飛田給までチャリで行くほど)、まわりは赤と青の人が多いし、悲しいかな、サッカーをやっている息子も小学校高学年となれば友だちとFC東京の試合に行く(物心つく前から日本平、埼スタ、等々力、味スタ、日産、湘南、そしてときにいまはなき国立の清水のホーム側自由席に連れて行って洗脳したはずなのにコレだ。いや、だからこそか……。いや、子供に「この選手のプレイを参考にしろ」と言える選手がいなかったことも大きいだろう)。
 と、ここまで書いてきて、ふと気がつけば負け犬のなんたらというか、本当に空しいのだが、これだけ恥をさらしつつ、さらにその上塗りを言うと、当たり前だが、ぼくは永遠にオレンジである。第二の故郷などない。人生の半分以上東京で過ごしているが、故郷はたったひとつだ。いまは自分にそう言い聞かせるしかない。自分で選んだわけではないけれど、ぼくを育てたのは静岡であり、そして、その静岡よりも圧倒的に小さな町でありながら、サッカーでは圧倒的に強かった清水を尊敬している。そして、そのチームはいまでもぼくの人生の重要な部分を占めている。アイデンティティとコミュニティは魅力的なものだが、そのチーム(ルーツ)はいま、情けないほど弱くなったという、ぼくには重大なことだが、興味がない人にはどうでもいい話なのである。
 つまりどういうことかと言えば、マクロに見れば、ぼくのような人間は、なんとも偏屈で、いびつで(なにせ、他で起こっているどんなことよりも我がチームの勝敗が気になるのだから)、そして排他的で(いや、でもJリーグのスタジアムに行っている人の多くには、決して表には出さないが、相手チーム/サポへのリスペクトがある)、ある意味ヒーローものに夢中になっている子供の自己投影と同じ……ではないよな、何をこんな弱いチームに自己投影する必要がある? まあ、あのアントニオ・ネグリだって資本主義の怪物であるACミランが好きじゃないかと、まあ、そうした人間の矛盾の吹き溜まりであるからして、サッカー(・スタジアム)には、何か超越したものがあるのだ……などといったこのとりとめのない原稿はもう終わりにしよう。ele-kingは私物ではないし、個人ブログではないし、サッカーの世界はもっと広い。が、狭いからこそ見える宇宙もある。ここまで読んで下さった方(とくにJ1、J2、J3の他チームのサポの方)には、深くお詫び申し上げます。あー、しかし本当にJ2なんだなぁ……しかも涙すらでないほど、ある意味清々するほど無様な試合ばかりだったなぁ、途中からはチームとして崩壊しているとしか見えなかったし……この悲しみ、惨めさ、いかようにも癒しがたい。つい数日前のできごととはいえ、いまだに自分は悪い夢を見ているのではないかと錯覚するし、息子も気を遣ってか、家ではこの話題にはいっさい触れない。なんて哀れだろう。“いいことばかりはありゃしない”、それだけだ。

野田 努野田 努/Tsutomu Noda
1963年、静岡市生まれ。1995年に『ele-king』を創刊。2004年~2009年までは『remix』誌編集長。2009年の秋にweb magazineとして『ele-king』復刊。著書に『ブラック・マシン・ミュージック』『ジャンク・ファンク・パンク』『ロッカーズ・ノー・クラッカーズ』『もしもパンクがなかったら』、石野卓球との共著に『テクノボン』、三田格との共著に『TECHNO defintive 1963-2013』、編著に『クラブ・ミュージックの文化誌』、『NO! WAR』など。現在、web ele-kingとele-king booksを拠点に、多数の書籍の制作・編集をしている。

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