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イギリスの国民投票とデモクラシー

イギリスの国民投票とデモクラシー

文:水越真紀 Jul 01,2016 UP

 いまとなっては進むも地獄戻るも地獄だろう。EU離脱に一票を投じた右翼でもリバタリアンでもない、ギリギリで生きているイギリスの人たちにとっては。これは彼らの切り札だった。少なくともそう使える価値のあるものだった。議会に自らの代表も持たず、誰も守ってくれるものもないかつての労働者、今では労働者とは名ばかりの、だからと言って失業者にもカウントされない「ゼロ時間契約(オン・コール・ワーカー)」に象徴される人々である彼らの最後の切り札だった。だけど、誰もそのことに気づいていなかったのだ。保守党のキャメロン首相はもちろん、労働党党首になった筋金入りの左翼、ジェレミー・コービンも、そして誰より有権者自身も気づいてなかった。そうやって、ほとんど最後の1枚だったかもしれない切り札をみすみす無駄にしてしまったのだ。離脱派が勝ってからうろたえて「離脱派は無知だ」と怒る(ネオも含む)リベラルのインテリたち、喜びの雄叫びを上げる極右のナショナリストたち、イギリスはもう終わりだ、EUはもう終わりだと嘆くメディアの人びと、その他(「プーチン高笑い」など)世界を巻き込んで繰り広げられるこのスラップスティックみたいな選挙には、とてもたくさん、日本の崖っぷちの人びとが参考にできることがあったと思う。
 
 選挙期間中からの残留派の宣伝通り、為替や株価が下がろうと上がろうと自分の生活には関係ない、だいたいその数字が信用できない、その情報を流すシティも大手メディアも利害関係者じゃないか。極右が流す情報だって同じくらい信用はできないにしても、「いままで」の体制で生活が悪化してきたことは確かで、それなら「いままで」とは違う体制を試してみてもいいじゃないか。もう失うものは何もないんだ──これって日本の私たちと同じだ。アベノミクスで円安株高、求人率は1倍以上だと胸を張られても、自分の生活にはまるで関係のない出来事でしかない。政府はしたり顔で「ヘイトスピーチは悪い事だ」と言いながら、やってることは難民受け入れ拒否に外国人「研修生」という名の奴隷制度まがい。なぜか消費税しか財源にできなくされた社会保障の問答無用の削減で、老後はもちろん病気も災害も、それどころか子供が生まれることさえ人生の不安材料になる──。そんな時、「自分の国ことは自分で決めようじゃないか!」なんてね。たぶん、そんなことをしても別にいいことなんか起きない。イギリスがEUを脱退したとしても、離脱に投票した人たちの生活は何も良くならない(残留派の宣伝ほどには悪くもならないとしても)。その人たちの中には、すでに100万人にも及ぶというゼロ時間契約の労働者が多く存在したという。これはオン・コール・ワーカーと言われる、つまり待機労働者というか、勤務時間はゼロで、雇用者が必要とする時だけ働いてその分だけの時給を受け取る働き方で、日本政府もお得意なあの「柔軟な働き方」のナイス・アイディアなのだ。さらに、仕事が減っているのも移民に奪われているせいとばかりは言えない。そもそも全体的に仕事は減っているし、これからも減っていくのだ。少々の移民入国制限が仮にできたとしても、ゼロ時間契約(あるいは派遣社員)のようなふざけた(雇用者に好都合な)仕事以外のまともな仕事が増える見込みは、どの先進国にもない。

 この現象を、「EUの終わりの始まり」「国民国家の復権」なんていう論調もあったけれど、私にはむしろ国民国家の断末魔だろう。スコットランドやウェールズ、北アイルランドばかりかロンドンまでが「独立してEU加盟」を目指したいとか言っている。グローバル経済は、「国民国家」の内側に、第三世界、(永遠に発展しない)発展途上国を作ったのだ。そんな「国内」で、意見がまとまるはずもない。国民国家を絶賛分断中のグローバル経済はもはや止めようはない。だってこれは人権のグローバル化と裏表の関係なのだ。グローバル経済は「格差を拡大する」のではなく、むしろ地球上の普通の暮らしをする人たち(中流層)の「格差を縮小する」。ただ、それが世界規模で起こるから、国レベルくらいの狭い地域だけで見れば、先進国では貧困が増えてしまう。先進国が発展途上国の人たちを差別して搾取して豊かになっていた時代の人権意識はすでに更新されていて、どの国で生まれようと人権は尊重されるという考え方を、人類はもう捨てることができない。何十年も先になれば、ベイシックインカムが普及して、働かない(消費するだけの)人の地位も上がり、貧困は仕事に就くことによってではない形で解決に向かうだろうが、いまのところはまだ、貧困は世界中に拡散中なのだ。21世紀になって、EUのエリート官僚をはじめ、アメリカでさえも、大金持ちからもう少し税金を徴収できないかと考え始めている。オキュパイ運動やパナマ文書への反応、ユーロ圏で合意済みの金融取引税、アメリカ大統領選では民主党左派のサンダースばかりかトランプまでが富裕層への増税を主張している。
 それでもゼロ時間契約は禁止されようとはしない。だから「離脱」が勝たざるをえなかったし、私はそれを「勝利」と感じるを禁じえなかった。テレビの中でこの「勝利」に快哉を上げるのは排外主義の極右ばかりだったけれど、これほどたくさんのイギリス人がレイシストなはずがないだろう。なぜ、キャメロンもコービンも彼らを説得できなかったのか。いや、説得しようともしなかった。本当なら、離脱派にはどうやって仕事を増やすか、あるいは社会保障をどうやって守るかを説明し、残留派の中の金持ちたちには「国は分裂の危機にある、どうかもう少しだけ増税させてくれ」と説得する姿を見せなければならなかったのに、そもそもそれをEUの責任だとする論調を、国内の緊縮財政や再配分の問題から目をそらさせるために利用したのだ。極右ナショナリストはさらにそれをイデオロギーのために利用し、ブライアン・イーノが控えめに訴えたように、企業経営者や富豪のリバタリアンたちがEUの規制を逃れられるとほくそんでいた。
 ゼロ時間契約の、最もマネー経済の割りを食った人々の訴えは、つまりは目的を共有していない人たちに食い物にされ、彼らはいまや最後の取引材料を失った。この選挙は最後の取引になるはずだった。その仲介をコービンが果たすべきだったのに。そうして、フランス革命よりも平和的で知性的な変革の一歩となすべきだったのに。彼らは、かろうじてEUの規制で守られていたささやかな労働者や消費者としての権利さえ失うかもしれない危機に立たされている。

 さて、こんな風に、イギリスのこの国民投票に関しては参考になることばかりだ。まず、「これはキャメロンの失敗だった、議会制民主主義の破壊である」というよく聞く意見について。これは右派左派関係ない。穏健派も急進派も関係ない。だいたい選挙なんてもんは、自分が肩入れしている側が勝てば正しい選挙だし、そうでなければ何かしら問題のある選挙になるんだ。けれども日本も含めたこれからの世界では、国民投票や住民投票はもっと一般的になるはずだ。議会制民主主義は基本的に信用を失いつつあって、それは大メディアと同じだ。テレビと代議士選挙の時代から、インターネットと住民投票の時代へと変わっていくだろう。いくべきだ。そして、選挙は「正しい意見」を決める制度ではないということもよくわかった。「正しい意見」なんてないんだ、ということについて、これほど世界の(ものを考える)人たちに突きつけた選挙は他になかったんじゃないだろうか。アメリカ大統領選でトランプが勝ち続けるのも、イギリス労働党でコービンが党首に選ばれることさえ、メジャーな人たちから見れば「正しい選択ではない」。ということになる。つまり、投票するときには「正しさ」より自分自身に必要な人、をストレートに選べばいいし、1人も「正しい人」がいなくても「よりマシな人」で我慢するときがあってもいい。なので、選挙結果についても、多数をとったから絶対的に正しい、とか絶対的に選ばれた、なんて思う必要もないのではないか。結果は尊重するにしろ、それは何かの偶然や喜劇的な「判断ミス!」があったからかもしれない。いずれ次の選挙までの話だ、絶対権力、白紙委任状を渡したわけじゃない、そんなに威張るな、という姿勢でいればいい。
 それから、どこかの選挙はなにがしか、世界と関係があるってこと。スペインの選挙では、左派政党ポデモスの勝利という大方の予想が外れたが、これはイギリスの国民投票の影響だ。どこかの国でナショナリストが勝利すれば、遠い国のナショナリストが力を得る。富裕層への増税やタックスヘイブンの規制なんかも一国や一地域ではできない話だ。何もかもがグローバル化しているのだ。グローバル経済、とつぶやけば、グローバル化は良くないことのように思えるかもしれないけれど、人権も富裕税もグローバル化していて、そのことで自国政府に圧力をかける可能性も出てくる。例えばロンドンの若者たちが、「この選挙では、私たちがよその国に出て勉強や仕事を自由にできる可能性を奪った」と怒っていた。多額の奨学金を背負い、苛烈な競争にさらされる若者の多くが、ナショナリズムではなく欧州人であることを選んだのだ。これはきっとイギリスだけではないだろう。きっと日本で同じような選挙をしても同じような結果になる。このことは大きな希望だ。崖っぷちの底辺生活者の切り札は無駄になったが、この新しい若者たちが、ギリギリの賭けにしか使えない切り札なんかより有効な、正当な取引きに最も近いように思えた。
 やっぱり投票には行く方がいいと思う。そして、白票ではなく、誰かの名前を書こう。いちばんマシな人を選ぼう。自分の意図をより反映していると思える人を。失うものなど何一つなくなったある日、いつの間にか積み上げられた掛け金を見せつけられ、ギリギリの切り札を切らなくて済むように、地味なことをやっとこう。たとえ負けても、その一票は得票率には反映される。

水越真紀水越真紀/Maki Mizukoshi
1962年、東京都生まれ。ライター。編集者。RCサクセション『遊びじゃないんだっ!』、忌野清志郎『生卵』など編集。野田努編『クラブミュージックの文化誌』などに執筆。

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