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ザ・シネマティック・オーケストラ12年ぶりの新作を聴く

ザ・シネマティック・オーケストラ12年ぶりの新作を聴く

文:松村正人  Photo by B+ Mar 26,2019 UP

 十和田市現代美術館での毛利悠子さんの個展《ただし抵抗はあるものとする》の目玉作品であるインスタレーション《墓の中に閉じ込めたのなら、せめて墓なみに静かにしてくれ》の展示室にむかう廊下の壁面には映像作品《Everything Flows : Interval》を映写している。いや「いた」と過去形で書くべきなのは、毛利さんの個展は北の地に桜前線がおとずれるよりひとあしさきに十分咲きの桜のごとく好評のうちに先週末に千秋楽をむかえたからであり、私はまことに残念なことに会期中に彼の地をおとずれることがかなわなかったが、3月初旬に毛利さんとナディッフで対談したおり、ジガ・ヴェルトフの『カメラを持った男』(1929年)を抜粋再編したという《Everything Flows : Interval》を壇上で拝見した。毛利さんがなぜジガ・ヴェルトフの映画を題材にしたかは、私の能書きよりも個展の図録にして現在の彼女の思索の一端がかいまみえる展覧会と同名の著書を繙かれるのが近道だが、映画の黎明期をいくらかすぎ、20世紀モダニズム文化が花開いた時代に、ロシアを舞台に当時最先端の技法をもちい、映画を撮ることについての映画を撮ったジガ・ヴェルトフの、1932年の日本公開時の邦題を『これがロシヤだ』というモノクロ、サイレントのドキュメンタリーフィルムから毛利さんが抜いたのは、しかしこの作品を映画史の前衛たらしめたシーンよりむしろそれらのあいだをつなぐなにげない余白のような場面だった。その意図については、それだけでかなりの紙幅を割くことになる──ネットですけれどもね──のでここではたちいらない。ただひとことつけくわえると、フィルムは撮影者の意図しない映像をとらえることがしばしばある、この機制は映画にかぎらず、写真や録音物といった近代テクノロジーを媒体にもつ表現形式にはつきもので、その点で映像の初発的な偶然性をレコード、ことに実験音楽や即興音楽における記録のあり方に敷衍したデイヴィッド・グラブスの『レコードは風景をだいなしにする』(フィルムアート社)の論点にかさなるものがあると、私はそのさいもうしあげた。すなわち主たる対象にあたらないものが接続詞の役割をえて、作品の力動の淵源になっており、それをぬきだせばつくり手にひそむものがみえる(かもしれない)ことが過去の映像や録音物にふれるにあたっての旨味のひとつともなる。再解釈、再定義、再発見をふくむ聴取や視聴のあり方は眼前にそそり立つアーカイヴの存在に気づいたころにははじまっており、毛利さんをふくむ誠実な方々の表現はそこに内在する批評の感覚でアーカイヴを触知する、そのような作家の身体/感覚は90年代をひとつのさかいに十年期の終わりにはさらに深まっていった。

 ザ・シネマティック・オーケストラ(以下TCO)がグループをひきいるジェイソン・スウィンスコーの勤め先だった〈ニンジャ・チューン〉から『モーション』でデビューしたのは90年代と20世紀が終わりかけた1999年だった。いま聴き直すとアシッド・ジャズ、トリップ・ホップないしブレイクビーツなることばが矢継ぎ早に脳裏をかすめ、目頭を熱くさせるこのアルバムは、しかしいわゆるモダン・ジャズやスピリチュアル・ジャズを土台に、室内楽風のストリングスや緻密に構築したリズムを加味したことで、クラブ・ジャズがリスニングタイプに脱皮する画期となった──というのは大袈裟にすぎるのだとしても過渡期をうつしだしていたのはまちがいない。さらにTCOは世紀をまたいで3年後にあたる2002年のセカンド『エブリデイ』ではヴォーカル曲をふくむ構成で、先の傾向をより盤石なものとした。アリス・コルトレーン風のハープの爪弾きで幕をあけるこの作品は前作以上に曲づくりに重点を置き、起伏に富む曲調が名は体をあらわすかのごとき佇まいをしめしている。往年のソウル歌手フォンテラ・バスを担ぎ出し、音的にも意味的にも厚みを増したサウンドは今日までつづくTCOの音楽性の雛形にもなった。ゆっくりと立ち上がりじっくりと語りゆく音の紡ぎ方はさらに映像喚起的になり、なるほどシネマティックとはよくいったものよ、との慨嘆さえ漏らさざるをえない『エブリデイ』の扇の要の位置に置いたのが“Man With The Movie Camera”すなわち「カメラを持った男」と題した楽曲だった。

 私はこのとき、来日したスウィンスコーに話を聴いた憶えがあり、ジガ・ヴェルトフの映画についても質問したはずだが、昔のことなので記憶はさだかではない。それとも取材したのは次作のときだったか。いずれにせよ、『エブリデイ』の次作は2003年に世に出た。タイトルを『マン・ウィズ・ア・ムービー・カメラ』という。すなわち『カメラを持った男』だが、じつは2作目と3作目は前後関係が逆なのだった。『マン・ウィズ・ア・ムービー・カメラ』は表題のとおり、ジガ・ヴェルトフの同名作の全編にわたり音をつけた作品だが、もとはEU主催の文化事業で映画に生演奏をつけるプロジェクトの一貫として2001年におこなわれたものが2003年にレコードになったのだった。したがって『マン・ウィズ・ア・ムービー・カメラ』の演奏はライヴがもとで、耳をそばだてるとリズムのゆらぎも聴きとれる一方で音像にはスタジオ録音以上に奥行きが感じられる。映像と音を同時に再生すると楽しさもひとしおというか、YouTubeにも映画とサウンドを同時再生した映像があがっているので、公式か非公式かはぞんじあげないが、興味のある方はご覧いただくとして、そのなかでも『エブリデイ』に収録(再録)した表題曲“Man With The Movie Camera”からインタールード的な“Voyage”~“Odessa”を経て“Theme De Yoyo”にいたるながれは白眉である。その最後に位置する“Theme De Yoyo”はアート・アンサンブル・オブ・シカゴがモーシェ・ミズラヒ監督による1970年のフランス映画『Les Stances à Sophie』に提供したサウンドトラックからの抜粋で、原曲の歌唱はAEOCのレスター・ボウイーの奥方でもあるフォンテラ・バスが担当している。この背景が『エブリデイ』の“All That You Give”や“Evolution”へのバスの参加のきっかけだったと推察するが、おそらく同時並行的に進行していた『エブリデイ』と『マン・ウィズ・ア・ムービー・カメラ』へのとりくみがTCOをコンセプト主導型のプロジェクトから音楽的内実を備えた集団に脱皮させた、そのような見立てがなりたつほど2000年代初頭の作品は力感に富んでいる。

 上記3作を初期のサイクルとすると、その4年後に世に出た『マ・フラー』は彼らの次章にあたる。花を意味する仏語を冠したこのアルバムでTCOはこれまで以上に歌に比重を置いている。前作につづきフォンテラ・バス、新顔のパトリック・ワトソンとルイーズ・ローズが客演した『マ・フラー』は映像喚起的というより音がイメージそのものでもあるかのように運動し、ジャズの基調色は後景に退いている。作品の自律性をみるひとつの指標である空間性が『マ・フラー』にはあり、それが彼らの代表作たるゆえんでもあるが、なかでもしょっぱなの“To Build A Home”はTCOの世界にリスナーをひきこむにうってつけである。TCOの首謀者スウィンスコーは最新のオフィシャル・インタヴューでこの曲について「当時あれを〈Ninja Tune〉に届けた時、彼らはああいう曲を期待していなくて戸惑ってた」のだという。ところがこの曲は「本当にたくさんの人に響いた」ばかりか、ストリングスやピアノなどのクラシカルな編成を効果的にもちいた編曲はTCOがアレンジによる色彩感、ときにくすみ、ときに鮮烈でもある色彩感を自家薬籠中のものとしたことを意味していた。

 まさに「ホームを建てた(Build A Home)」というべき『マ・フラー』をものしたザ・シネマティック・オーケストラだったが、しかし彼らはその後12年の長きにわたる沈黙期に入ってしまう。12年といえば、きのう生まれた子どもが中学にあがり、干支がひとまわりするほどの時間である。いかに居心地のいいわが家とはいえ手を入れなければならない箇所も目立ってきた。とはいえリフォーム代もばかにならない。悩ましいところだが、手をこまねいていてはますます腰が重くなる──おそらくこのような生活感とは無縁の地平で、スウィンスコーは『マ・フラー』以降のTCOの行き方を熟考し動き出した。

 そこには環境の変化も寄与していた。スウィンスコーは長らく住み慣れたロンドンを離れ、2000年代なかばにはニューヨークへ、その後ロサンゼルスに拠点を移している。実質的に「ホーム」を離れていたのだが、それにともない他者との共同作業を中核に置く音づくりの方法も必然的に変化した。結果、新作『トゥ・ビリーヴ』は歌への志向性で前作をひきつぎ、旋律線の印象度はさらに深まったが、それ以上に歌唱と編曲の多様性で前作をうわまわるレコードになった。そもそも前段の発言の直前にスウィンスコーはこうもいっている。「僕は自分のやったことを繰り返したくないし、繰り返すことに意味を見出せない」このことばは生き馬の目を抜く音楽業界でいかに誠実に音楽をつくりつづけるか、その決意をしめしたものともとらえられるが、発言はさらに音楽が生きながらえるにはスタイルにとらわれないことが肝要だとつづいていく。スウィンスコーの発言を裏書きするように、『トゥ・ビリーヴ』は形式よりもリズムや音響といった音楽の原理にちかい部分に注力し、何度聴いても聴くたびに滋味をおぼえる一作になっている。私はこのアルバムを最初、レコード会社主催の試聴会で、さらにレコード会社のストリーミングで発売後はCDで愛聴しているが、再生環境やデータの種類のちがいによらず、音の表情に相同性があるのは、細部の再現性に気を配っているからで、そのようにすることで各エレメントがパズルのピースをくみあわせるように聴覚上でぴったりかみあうのである。その意味で『トゥ・ビリーヴ』は人声から器楽あるいはサンプリングのいち音にいたるまでどれが欠けてもなりたたないが、なかでも、フライング・ロータスからサンダーキャットまで、現行のLAシーンと深くコミットするミゲル・アトウッド・ファーガソンの手になるストリングスの存在感はきわだっている。『トゥ・ビリーヴ』でスウィンスコーの片腕となったドミニク・スミスのひきあいで参加し、96テイクものトラックを提供したというアトウッド・ファーガソンは通常のオーケストラの編成ともちがう、何挺もの同種の弦をかさねており、意図的に帯域を狭くとったなかにそれらが輻輳することで、クラシック音楽をたんになぞるだけではない『トゥ・ビリーヴ』の音響感覚を特徴づける音響空間ができあがっている。この実験的なサウンドデザインが『エブリデイ』以来の登場となるルーツ・マヌーヴァや、LA人脈のモーゼス・サムニーや常連のタウィアの歌声と併走するとき、ザ・シネマティック・オーケストラの新章はふくよかなイメージの広がりとともに延伸する、その過程をこの目で確認する機会がちかづいているとは、なんともはやラッキーなことといわねばならない。

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