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Opinions

メシ食わせろ!

メシ食わせろ!

――元じゃがたらのギタリストが、いまTPP問題に切り込む

野田 努 Feb 25,2011 UP

野田:オトさんからTPPの話を聞いたときに、僕が真っ先に思ったのは農家のことなんです。僕は昔、農家に住み込みで働いたことがあるんですけど、日本の農家はだいたい家族ベースでやっていて、朝が明けないうちに、じいちゃんばあちゃんと息子夫婦が畑に出るんですね。そういった農業を営む家族を組合がまとめているんですよね。

OTO:そう、だからホントに農家にとっては死活問題だよね。

矢部:『北の国から』どころじゃないですよ。

OTO:それでいま、米国がTPPに関して「6月までに返事しろよ」って恫喝しているんだよね(笑)。そんな話が堂々と新聞に書かれているんです。

野田:僕もオトさんと話すまでわかってなかったですからね。TPP問題はまだ広く認識されていないのかもしれないですね。

OTO:あとね、僕がずっと気になっているのは、農薬の問題なんです。ネオニコチノイドというのがそれなんですけど、これが脳に影響を与えると言われていて、鬱病だとか、多動性症候群だとか、食べれば食べるだけ蓄積されているので、限りなく鬱病に向かっていく。しかもこの農薬は浸透性があるものなんですね。いままでの農薬とそこも違う。葉っぱのなかにも果物のなかにも直接入ってくるんです。これはドイツやフランスでは最高裁で禁止にされている。米国は作った本国だけど規制していて、規制の数値がある。日本は作った本国よりも、さらに数値が甘いんです。ネオニコチノイドによってミツバチが減少したって言われてますよね。日本でも米国でもオーストラリアでもミツバチが減少した。だから、(ミツバチは農作物を授粉させるから)、いま食べているうどんの麺が何なのかわからないですよ。トウモロコシのデンプンが入っている可能性が高いです。

野田:やはり食の安全という問題が大きいですか。

OTO:それとモンサント社の遺伝子組み換え食品こそが安全な食品だという思想があるんです。それがオープンにされたら、TPPに入ってしまったら、日本のなかで在来種の農業やってきた農家、自然農はぜんぶ犯罪者にされてしまう。

野田:えー、何でですか?

OTO:モンサント社の主旨以外のことをやっている危険な奴らだと。つまり日本の発酵文化がやられる。つまり発酵なんて酷いことはないと。

野田:納豆が食えなくなるのはマズいですね。

OTO:日本酒とかさー(笑)。

矢部:モンサント社の遺伝子組み換え作物とセットで使う農薬というのがあって、それが簡単なんですよ。手間が掛からなくて経済性が高いんですよね。だから農家にとっても、モンサント社の種子と農薬でやったほうが効率が良いし、儲かるだろってなってしまうかもしれない。ただ、その新しい農薬がどこまで安全なのかわからないんです。つい最近につくられた技術だから。それがいっきに普及してしまう恐れがあるんですね。あと、TPPによって誰が困るのかっていう話をしたほうがいいんじゃないかと思うんです。

野田:それはそうだね。

矢部:だいたい、「船に乗り遅れるな」っていう言い方でTPPに賛同している人たちがいて、エコノミストたちが日本経済のために早くTPPに参加したほうが良いって言うんだけど、彼らが本当に日本経済のことを考えているかと言えば、違うんですね(笑)。彼らは僕ら下々のことまで考えて言っているわけではなくて、ただ自分の利益のために言っているわけですから。

OTO:そうそう(笑)。

矢部:トヨタ自動車はトヨタ自動車の利益しか考えないわけです。北海道や日本の里山がどうなってもおかまいなしなんです。それなのに「日本経済」という言い方をして勝手に日本を代表していることに、まず腹が立つんですよね。彼らは北海道の地域経済のことなんか考えていないでしょ。ちょっと前に「カジノ資本主義」と呼ばれていたんですけど、生活している人たちとは関係のないところで、ものすごく大きいお金が動いていて、それしか考えてない。こっちに投資したらこれだけの見返りがあって、日本でこういう風に法律を変えさせたらこれだけの市場が広がって、郵便局を民営化したらこれだけのお金が手にはいるとか......まあ、ホントに、酷いなと(笑)。僕らの生活がよくなることはまずない。

野田:実際の話、地方への被害というか、地方のコミュニティがどのような打撃を受けるんでしょうね?

矢部:昔、木材の自由化があったとき、それまで日本で植林してこれから売ろうかっていうときに、安い材木が海外から入ってきたわけです。それで日本の林業はできなくなった。

OTO:日本はいっかい林業でそれを経験しているのにね。

矢部:で、林業でメシ食っていた人たちが職を無くして、転職していく。でもそれだけでは話は終わらないんです。森林が放り出されたまま、手入れもされずに荒れてしまった。それで土砂崩れとか、ちょっとした洪水で流木被害が出たりとか。それまで森林の面倒を見ていた人がいなくなってしまったわけだから、森林が荒廃して、それは環境問題になってくる。つまり、林業関係者だけではなく、そこで暮らしている人の土地や水の問題にも関わっているんですね。だから、TPPによって大規模な機械化農業をやったときに、地下水がどうなってしまうのかとか、そういう問題もあるんです。

野田:なるほど、まさに効率化を追求する社会の犠牲になってしまうというかね。新自由主義やそうした農業の問題もありますが、もうひとつTPPには移民問題も絡んでいますよね。移民の規制緩和も入っているんですよね。これはどう思いますか? 

OTO:TPPの本質は日本の自主権を奪うことで、その文言が入っているんで。何も日本人には決めさせないよという話なんです。そんなことが突きつけられている。はっきり言って宣戦布告ですよ。移民の規制緩和にしても、海外からの労働力をもっと日本は受け入れろっていう話なんだよね。日本はまだまだちゃんと移民を受け入れていないじゃないかと世界から責められているでしょ。

野田:こんなこと言ったらオトさんにぶん殴られるかもしれませんが......、移民が増えることはちょっと嬉しいですけどね(笑)。

OTO:僕はその決定権が米国にあることが嫌なんだよ。国内労働法よりもTPPの発言のほうが上になってしまうんだよ。自治体と政府が訴えられるんですよ。そんなのもう、日本じゃないでしょ。

矢部:僕はもう、日本人か外国人というようなことで見ていないんですよね。そういう言い方をするなら、日本のエコノミストは日本人の顔をしたアメリカ人ですよ。日本で働いているフリーターは、日本人の顔をしたフィリピン人ですよ。

野田:ああ、なるほど。

矢部:日本人でも、昔悪い条件で働いていた外国人労働者と同じような条件になってしまった。

野田:矢部さんはこの移民の規制緩和について率直なところどうなんですか?

矢部:いっぽうでは......楽しいかな。

一同:(笑)。

矢部:と言ったらものすごく語弊があるんだけど、国際レヴェルの金持ちと国際レヴェルの貧乏人、たとえば、ものすごい金持ちの中国人とものすごく貧乏な中国人の両方が、東京でまみえることなる。そうなるともう、日本とか言っている場合ではないなという(笑)。

野田:まあ、たとえばイギリスなんかはそれをずっと前から経験しているわけだしね。それにならえという意味で言うわけじゃないけど。

矢部:そういう意味では、どうしてアメリカと南米が対立しているのかいまよりも理解しやすくなる。東京で、目の前でそれを見られるようになるんじゃないですか。ホワイトカラーでは英語で話す会社が現れるいっぽうで、現場ではスペイン語やポルトガル語の労働者がごろごろいるわけだから。

二木:移民が入ってくることに対する危機意識は、こんごもどんどん高まってくると思うんですよね。そこはどう思います?

矢部:国民皆保険制度とか、日本がいままで積み上げてきた比較的平等な制度が崩れるということはあるよね。移民がどんどん入ってくるという危機感とそれは別々には考えられない。ただ、問題の原因は移民ではない。

OTO:マイケル・ムーアの『シッコ』みたいな世界になっていくよ。

矢部:でしょうね。

OTO:外国から利潤目的の医療が入ってきますよ。日本のテレビのCMがいつの間にか米国の保険会社に席捲されたように。

矢部:すごく整理しちゃうと、僕はパンク上がりなんですが、かつてのイギリスのパンクが何に抵抗していたのかということが、この10年ですごくわかりやすくなってしまった。日本が格差社会のひどい有様になって、生活水準ギリギリの、いや、それ以下のワーキングプアという人がどうして出るようになってしまったのかと言えば、やはり新自由主義という政策が原因なんです。この政策がイギリス、米国、日本で広がっていったんですね。「世界の流れに乗り遅れるな」と言っているのも、つまり「新自由主義政策に適応しなさい」と言ってるんですね。もちろんそれに反対している人たちがたくさんいる。南米の人たちだとか、韓国の農民だとか、フランスの農民だとか、世界中にいるんです。日本のメディアでは「自由貿易協定推進」という論調が強いのでわかりにくいですが、海外の情報をよく見れば、自由貿易協定に反対する人たちがたくさんいる。

野田:オトさんが言ってる米国の食品が出回るっていう話ですが、それこそシュローサーが『ファストフード・ネイション』で書いていますけど、要は買わなければ良いと。仮にTPPが通ったとしても、消費者がうまく商品を選ぶことができれば良いかなと思うんですけど。

OTO:それは自覚的消費者といって、ローカリゼーションにとっていちばん大事なんだよ。たしかに自覚的消費者が増えれば良い。でもね、現状を言えば、これがなかなか増えないんですよ。都市部の自覚的消費者と農村部の自覚的消費者といると思うんだけど、このコミュニティをもっともっと広げていかないと。だけどね、今回のTPPはこのローカリゼーションすら強権的に不可能にしていくものだから、僕はなおさら強く反対したいんです。みんなどこまでTPPの危なさに関して自覚的ですか? と僕は言いたいんです。

 最後にいくつかTPP問題を考えるうえでの参考図書を挙げておきましょうね。
 まずは農林中金総合研究所が今年の2月にリリースした『TPPを考える』(石田信隆 著)。これは農業を中心とした考察がある。
 また、より広範囲でのTPP問題を扱っているものでは、農文協が編集した『TPP反対の大義』がある。
 また、今日の食文化の問題に関しては映画『フード・インク(邦題:いのちの食べかた)』を観るのが手っ取り早い。
 座談会でも出てくるアメリカ人ジャーナリスト、エリック・シュローサーによる『ファストフード・ネイション(邦題:ファストフードが世界を食いつくす)』も有名。これが健康の問題のみならず、社会問題であることがわかる。ファストフードの歴史に関する著述はとくに興味深い。

 最後に音楽について。まずポール・ウェラーのアンチ・サッチャリズムに関しては、ザ・ジャム時代の"Town Called Malice(悪意という街)"がその先駆的な曲として知られる。「平穏な人生を夢見るなんて無駄なこと/君がやってもいないことで謝るな」。スタイル・カウンシルに関しては1985年のあの素晴らしい"Walls Come Tumbling Down!(壁を崩そうぜ!)"でしょう。「金持ちと貧乏人に分けられて、団結は脅かされる/階級闘争は神話ではなく現実/壁を崩そうぜ」。ザ・スミスに関しては新自由主義によって荒廃する地方都市(マンチェスター)の憂鬱そのものだが、もっとも有名なのは1988年のモリッシーのソロ・アルバム『ヴィヴァ・ヘイト(憎しみ万歳)』の最後に収録された強烈な"Margaret on the Guillotine(ギロチン台のマーガレット)"だ。「親切な人が素晴らしい夢を持つ/ギロチン台のマーガレット/僕をうんざりさせる/おまえはいつ死んでくれるんだい?」
 ちなみにビリー・ブラッグ(ポール・ウェラーと共闘したフォーク・パンク歌手)の1980年代のほぼすべての作品、とくに"Thatcherites(サッチャリティズ)"、そしてエルヴィス・コステロの"Tramp The Dirt Down(こきたない浮浪者)"もこのスジでは有名。他にもクラスの"Nineteen Eighty Bore(80年代の倦怠)"、ヒューマン・リーグ"The World Before Last(それまでの世界)"、ピンク・フロイド"The Post War Dream(戦後の夢)"、ジ・エクスプロイテッド"Don't Pay The Poll Tax(人頭税を払うな)"、マニック・ストリート・プリーチャーズ"If White America Told The Truth For One (もしも白いアメリカがひとりのために真実を言うのなら)"等々たくさんある。カヴァー曲だがニューエイジ・ステッパーズの"フェイド・アウェイ"も完全にそう。「金持ちはどんどん金持ちに/貧乏人はどんどん貧乏になる/どうか私の言うことを聞いて」。ザ・クラッシュの『サンディニスタ!』も、アメリカの中南米支配に言及しているという点では、ネオリベラリズム批判とも言えるでしょう。そしてシニード・オコナーの怒りに満ちた"Black Boys on Mopeds(モペッドに乗った黒い少年たち)"。「マーガレット・サッチャーがTVにいる/北京における数々の死に動揺している/彼女が怒るなんておかしな話/彼女はそれと同じことをしているのだから」

OTO:言うまでもなく、日本のポスト・パンクを代表するバンド、じゃがたらのギタリストだった人。昨年は、初期の未発表ライヴ音源『エド&じゃがたらお春 LIVE1979』をプロデュースしている。なお、現在OTOは、サヨコオトナラのメンバーとして活動中。昨年、セカンド・アルバム『トキソラ』をリリースしている。

矢部史郎:思想家/文筆家。早くからネオリベラリズム批判を展開、また反戦運動や労働組合などさまざまな社会運動にも関わっている。山の手緑との共著に『無産大衆神髄』『愛と暴力の現代思想』、著書に『原子力都市』がある。思想誌『VOL』の編集委員でもある。ネオリベラリズム批判に関しては、『無産大衆神髄』から読むのがオススメ。

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