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アナキズム・イン・ザ・UK

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第25回:シャンパンと糞尿

ブレイディみかこ Dec 11,2014 UP

 「なぜ革命について語るのがミュージシャンではなく、コメディアンになったのか」
という見出しがガーディアン紙に出ていた。
 「レヴォリューション」という言葉を今年の英国の流行語にしたのはコメディアンのラッセル・ブランドだ。
 当該記事の主旨はこうである。
 「緊縮財政で庶民の怒りが頂点に達している時に、その声を代弁しているミュージシャンがいない。伝統的にその役割を果たしてきたのは音楽界のアイコンだったのに、現代ではそれがコメディアンになっている。何故なのだろう?」
 ほおーん。と思った。
 音楽界にも緊縮財政への疑念を表明している人びとはいるからだ。

福祉削減になると人々が匂い出す場所じゃ 人は臭い(“McFlurry”)

 2014年のUKヒットチャートに入っているアーティストの80%以上は私立校出身の富裕層の子女だそうだ(80年代はわずか10%だったという)。大学や専門学校に進む(つまり、日々の労働に煩わされずに、音楽を作る暇を確保できる)下層の若者の数は、昔は現代よりずっと多かった。大学授業料は無料だったし、奨学金も充実していた。一方、自らの意志でドロップアウトした若者たちは、スクワッティングしてパンクになったり、諸国を放浪してヒッピーになったりして反逆の音楽を作った。牧歌的な時代だったのである。

 が、新自由主義が英国の下層の風景を根本から変えた。政府は「UKロックのふるさと」と言われた公営住宅地を投資家に売却して「ふるさと」面積を縮小し、労働者階級の若者たちは「出世 or ドロップアウト」の選択肢を持たないアンダークラス民になった。
 現代のUKのアーティストたちは、子供の頃から音楽教室やステージ・スクールに通っていた若者ばかりだ。つまり親が子供に投資できる資本を持っていなければスターは育たない時代になったのだ(これは近年のサッカー界でも言われていることである)。
 さらに、大卒が大前提で最初はインターンという立場で働かされるレコード会社のA&R部門も、働かなくても親に食わせて貰える階級の若者たちの職場である。つまり、現代の大衆音楽の送り手は一部の特権階級の人びとであり、大衆音楽はもはや大衆のものではなくなったのだ。

おいおい待てよ 糞ホワイトカラーのシングアロングかい(“Donkey”)


 『ガーディアン』紙は、新自由主義が人間の心理にもたらず影響も分析している。
 9時から5時まで働いていた時代には退屈していた人間も、個人主義の時代には常に不安を抱えるようになった。新自由主義が作り出した不安と恐れのカルチャーは社会全体をシニカルにしてしまったという。シニシズムとは、不安を覆い隠すためのディフェンスのメカニズムだ。何かを真剣に主張して、恥をかいたり、負けるのが怖いから、人は斜に構える。そうしたシニシズムがデフォルト(標準仕様)になっている社会では、ミュージシャンよりコメディアンが有利だ。「たぶんジョークなのだろう」と思えるポリティカル・メッセージなら、人びとは安心して受け入れられるのだという(音楽界でも40年近く前には、セックス・ピストルズというバンドがそこら辺はうまくやっていたが)。

歴史は繰り返す。BBC2のように。(“The Corgi”)

(注:BBC2はゴールデンアワーでも再放送を流しているチャンネルとして有名)


 過日。ニュースで大学授業料反対のデモ行進の映像を見ていたら、ラッセル・ブランドの写真や本を抱えて歩いている学生が何人もいた。
 「投票ってのは、『こっちの政党より、こっちの政党の方がちょっとだけ邪悪じゃないから』という理由でするもんじゃないだろう。政党は俺たちを舐めている。投票をサボタージュしろ。投資家たちのゲームで法外な額になっている家賃も、大学の授業料も払うな。システムを麻痺させろ。レヴォリューションを起こすんだ」
というラッセル・ブランドの発言をジョン・ライドンはこう評した。
 「選挙権は俺らに与えられた唯一のパワーだろ。それを放棄しろってのはアホの骨頂。しかも、普通の地べたの人間は、家賃を滞納すれば河原に段ボール箱の家を作って住むことになるんだよ。で、あれだろ? そんなことを言ってる人間は、自分はその河原を窓から見下ろせる高級マンションに住んで言ってんだよな」

 ラッセル・ブランドは、保守派新聞『デイリー・メール』などからも「シャンパン社会主義者」と叩かれている。
 政府がニュー・エラというロンドン市内の公営団地を米国の投資ファンドに売却し、住民は4倍に跳ね上がる家賃が払えずに退去を迫られている。住民たちの抗議運動に参加したラッセル・ブランドに、あるリポーターがこう質問した。
 「ところで、あなたの部屋の家賃はいくらなんですか?」

 シニシズムがこじれると、こういう素っ頓狂なことを言う人が出て来る。
 下層民にしかエスタブリッシュメントと戦う資格がないのなら、おそらく歴史上のいかなる革命も起こらなかっただろう。ゲバラは医学部卒の富裕層だった。労働者にしか反逆の資格がないのなら、パンクだって単なる変わった恰好をしたヤンキーの暴れで終わっていた筈だ。
 UKの大衆音楽がレヴォリューションについて歌わなくなったのは、発信する側に下層の人間がいなくなったからではない。
 シャンパン階級の人びとが、高層マンションの窓から河原の段ボール箱を見おろさなくなったからだ。

               ********

尿臭がきつ過ぎて
ほとんど良質のベーコンの匂い
ケヴィン(※1)は足のおもむくまま漏れるまま
小便駅の下で
石畳の上に2パイントで昇天
前向きになんてなれるわきゃねえ
ファイナル・カウントダウン 俺のファッキン旅路 
ポーランド人(※2)の酒屋の前で起きたら ソックスの中が糞まみれ
「彼らは気にしねえよ」 あほんだらが脚を見ながら言う
愛の鞭を振るうんだ 大便野郎
ノーマン・コロン(※3)みたいに溜め込んで
巨大な便所クラーケンのように糞の臭みを噴射
“Tied Up In Nottz”

※1 ケヴィン・ベーコンとかけたと思われる
※2 EU圏からの移民労働者の激増が社会問題となり、右翼政党が勢力を伸ばしているUKにあって、現在もっとも酷いレイシズムの対象になっているのはポーランド人と言われている
※3 ノーマン・コロンが誰なのかは不明。だがCOLON=大腸をかけたのは明白。

 子供っぽい排泄ギャグのようだが、UKでは下層のビンジ・ドリンキング(大量飲酒)は深刻な社会問題である。このリリックスのような光景は、週末の夜に貧民街に行くと見られる。
 糞尿、唾液、吐しゃ物、精液、血液。様々な体液にまみれてうち倒れている若者たち。凍えるような夜もTシャツ一枚で。ミニスカの女の子たちはタイツが破れて尻が丸出しだ。
 もはや人間ではないものになるまで、まるで死にたがっているかのように彼らは飲む。
 「シャンパン社会主義」に対し、こちらは「糞尿リアリズム」とでも呼ぼうか。

 「シャンパン社会主義」を堂々と批判するシニシストは、それではこの「糞尿リアリズム」なら受け入れる気はあるのだろうか。アンダークラスという便所クラーケンが発射する脱糞臭を顔面に浴びる覚悟はできているのだろうか。

 シニシストたちは、レフト思想を貧乏人の専売特許にしてきた。それはシャンパンと糞尿は分断しておいたほうがピースフルだし、安心できるからである。なぜならシニシストとは、本当は社会が変わらないことを望んでいる人びとだからであり、現状維持を希望する人びとだからだ。
 スリーフォード・モッズは過去7年間まったく同じことを歌って来たらしい。
 それが今年になって急にブレイクしたのは、時代が彼らの歌に追いついたからではない。時代が追いついたなどと吹聴して彼らの歌を取り上げ、熱心にプッシュして来たシャンパン階級の音楽評論家やメディア人たちがいたからだ。(彼らは本当は若い層がこういう歌を歌うのを待っていたかもしれない。が、若者がビンジ・ドリンキングで総崩れでは、分別のあるおっさんが歌うしかないではないか。ジェイソンは最近まで市役所勤めだったのだ。あの顔で)
 繰り返すが、70年代のUKパンクは上層インテリと下層ヤンキーが渾然一体となることによってスパークしたレアなムーヴメントだった。
 そして今、よく耳を澄ませば、シャンパンと糞尿はまたもや同じ言葉を発している。

REVOLUUUUUUUTION !!(“Donkey”)

ブレイディみかこブレイディみかこ/Brady Mikako
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『花の命はノー・フューチャー』、そしてele-king連載中の同名コラムから生まれた『アナキズム・イン・ザ・UK -壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン、2013年)がある。The Brady Blogの筆者。http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/

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