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文明人の皮をひっぺがせ――ドラマバカ一代

文明人の皮をひっぺがせ――ドラマバカ一代

第1回:アメーバの記憶をとりもどせ

文:栗原康 Aug 25,2017 UP

いくぜ共謀、キャッツアイ
ビール、ビール、ビール、ビール、ビールー!!!

 おひかえなすって。栗原康ともうします。こんかいは連載の1発目なので、おもに自己紹介を。わたしは単細胞だ。いまハヤリのミドリムシを食べているとか、そういうことじゃない。たんに細胞レベルでバカなのだ。なにか好きなことができると、サルのようになんどもなんどもおなじことをくりかえしてしまう。それこそおぼえたてのオナニーのように、無闇やたらとおなじことをくりかえしてしまうのだ。たとえば、ずっとハマっているのがドラマをみることだ。毎日、昼すぎにおきて、朝ドラの再放送をみて、テレ東の海外ドラマをみて、午後のロードショーか、相棒の再放送をみて、フジテレビのドラマの再放送をみて、ちょっとだけ夕寝をして、夜ごはんを食べて、また9時からのドラマをみる。それでフロにはいって、ビールを飲んで、深夜ドラマをみて、睡眠をとって、また昼すぎにおきるのだ。毎日、毎日、おなじことのくりかえし。日々精進だ。
 もちろん、はじめからのぞんでそうしたわけじゃない。15年くらいまえからだろうか。大学院にはいって、授業数もすくないので大学にいく機会もへり、しかもカネがないので、外であそぶこともできやしない。埼玉の実家にひきこもった。大学院をでてからは、ほとんど仕事もなくて、奨学金で借金まみれになったので、なかなか東京にでることもできなくなって、ひきこもりに拍車がかかった。それでなにをしたのかというと、ドラマだ、ドラマをみまくったのである。正直、しんどいときもあった。親からもかの女からも友だちからも、おまえそろそろはたらけよ、成長しろよ、大人になれといわれて、ヘドがでるぜとおもいながらも、グッタリしてテレビをつけたら、再放送でみたことのあるドラマがまたやっているわけだ。なんか成長どころか、過去にもどったというか、どうあがいても先へはすすめないとおもわされる。オレの人生、ずっとこのくりかえしか。あたまがグルグルまわって、めまいがする。いきぐるしい。
 でもおもしろいもんで、これをさらにくりかえしていると、きもちよくてしかたがなくなってくる。ドラマが現実になるというのだろうか。いっとき深夜になると、宮藤官九郎脚本のドラマがひたすら再放送されているときがあったのだが、これがまたいい具合に郊外の若者をえがいていて、それこそ『木更津キャッツアイ』(2002年)なんかは、なんどみたのかおぼえてないくらいだ。ちょっとだけあらすじを紹介しておくと、主人公・岡田准一が演じるぶっさんは、20代前半にして無職、地元の木更津でただブラブラしていた。でも、とつぜんガンで余命半年の宣告をうけてしまって、生きかたのみなおしをせまられる。ガーン。こりゃもう死んだつもりで生きるしかない。ということで、やりはじめたのが窃盗団だ。オレ、キャッツアイにあこがれてたんだよといって、地元の野球仲間をあつめて、じゃんじゃかじゃんじゃか、金持ちのものをかっぱらい、ビールを飲んではしゃいでおどる。ビール、ビール、ビール、ビール、ビールー!!! ひゃあ、サイコーだ。とちゅう、ホームレスの友だちがチンピラにゴミみたいにぶっ殺されて、検死にきた警察にもゴミみたいなあつかいをうけて、ぶっさんが猛烈にブチキレたりと、ド迫力のシーンもあったりするのだが、とはいえ全体としてはコミカルで、ぶっさんが死ぬ、死ぬといって、なかなか死なないというのが肝のドラマだ。死ぬまえにいちどはといって、ぶっさんが東京にいく回もあるのだが、うごく歩道に驚愕して、なんじゃこりゃあ、ウキャキャキャッとサルみたいにはしゃぎまくったりもする。そういうのもみどころだ。くりかえすと、テーマは死んだつもりで生きてみやがれ。ぶっさんの心意気が友だちの心をうって、みんなに伝播していく。そんなものがたりだ。いくぜ共謀、キャッツアイ。ニャア。

過去にむかって進撃せよ
アメーバの記憶をとりもどせ

 そんなドラマをみつづけていたら、いつしか自分もぶっさんの生きかたがあたりまえになっていた。オレもおまえもキャッツアイ、友だちだ。というか、だれだっていま死ぬかもしれないのに、成長だ、成長だ、かせげ、かせげ、もっとかせげと、そんなことやらなきゃいけないなんて意味がわからない。ああ、めんどくせえ。そうおもったら、パッと体がかるくなっていて、この先どうこうじゃない、いまつかえるものをつかって、なんでも好きにやっちまえばいいんだとおもうようになった。親のSuicaをかっぱらって東京にでたり、友だちがやっている大学の授業にもぐらせてもらったり、ゴミ箱からなのか本屋からなのか、どこからともなく友だちが本をひろってきて、それを借りてむさぼりよんだりした。カネがあったらビールを飲んで、なければないでビール、ビール、ビール、ビール、ビールー!!! とはしゃいでいると、だれかがかならずおごってくれる。こんどはそのくりかえしだ。ムダなことしかマジになれない。無闇やたらと本をよめ。
 きっとドラマをみるというのは、そういうことなんだとおもう。もじどおり、単細胞になるといってわかるだろうか。ふだん、わたしたちは時間のながれを、未来にむかって上に、上にすすんでいかなくちゃいけないとおもわされている。成長、進歩、あめあられ。子どもから大人へ、野蛮人から文明人へ。もっと文明的に、もっと文明的に。いそげ、いそげ、カイゼン、カイゼンといわれて、そのスピードがどんどんはやまっている。いまだったら、スマホから片時もはなれずに、時間のムダなく情報をつめこんだり、たれながしたりするのが文明的というところだろうか。かせいで、ホメて、ホメられて。自由だ、自由だ、リベラル、リベラル。情報に情報で着飾っていく。
 もはや人間はスマホのデータみたいなもんだ。これ冗談じゃなくて、マジでそうおもっている連中がふえているからこそ、役たたずというか、ずっと街でブラブラしていたり、はたらこうとしなかったり、はたらけなくてグッタリしていたりしたら、つるしあげられたり、襲撃されてぶっ殺されたりするようになっているのだ。家にもいられず、公園にもいられず、ネットにもいられず、施設にいてもやられてしまう。有害なデータは消去せよ。みんなに迷惑かけるから。いそげ、いそげ、ムダをはぶいて、カイゼン、カイゼン。文明社会を防衛しよう。データをとって、不穏分子を事前にハイジョ。抑圧、抑圧、いきつく先はファシズムだ。どうしようもねえ。
 で、はなしをもどすと、単細胞だ。アメーバでもなんでもいいが、単細胞はチマチマなにかをたくわえて成長するんだとか、上昇するんだとか、そんなことは考えていない。だって、なんかグニャグニャうごいているとおもったら、体がバンッとはじけて、ふたつのアメーバに分裂してしまうのだから。しかもひとつの母体から、もうひとつがうまれるわけじゃない。まえのアメーバは消滅してしまって、まったくべつのアメーバがうまれているのだ。そこには、上昇もカイゼンもありゃしない。いつだって、ゼロからはじまるいまこのとき。死んだつもりで生きてみやがれ。ぶっさんだ。ぶっさんが死ぬまえに窃盗団をつくりてえといったのとおなじである。よく考えてみると、むかしもいまも革命や暴動がおこったとき、群衆は自分の命をかるがるとなげすてて、警察や軍隊とバトルしているが、それもおなじことなんじゃないかとおもう。そうだ、人間の身体には、太古から単細胞の記憶がやどっている。あとは、それを覚醒させればいいだけのことだ。きっと、ドラマにはそれをよびさます力がやどっている。ビール、ビール、ビール、ビール、ビールー!!! リベラルもファシズムもクソくらえ。そもそも文明社会なんていらないんだ。過去にむかって進撃せよ。子どもだ、サルだ、野蛮人。アメーバの記憶をとりもどせ。ドラマをみるということは、文明人の皮をひっぺがすのとおなじことだ。1枚、1枚、ゆっくりとやろう。細胞レベルでさけんでみせる。ドラマバカ一代。ニャア。

栗原 康 /></a><strong><a href= 栗原 康/Yasushi Kurihara
1979年、埼玉県生まれ。現在、東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。著書に、『大杉栄伝:永遠のアナキズム』(夜光社)、『はたらかないで、たらふく食べたい』(タバブックス)、『現代暴力論』(角川新書)、『村に火をつけ、白痴になれ:伊藤野枝伝』(岩波書店)などがある。ビール、ドラマ、詩吟、長渕剛が好き。

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