Home > Interviews > interview with Kim Doo Soo - 彷徨う人――キム・ドゥス、インタヴュー
ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。
キム・ドゥス - 10 Days Butterfly 10日間の蝶 PSFレコード |
キム・ドゥス - Evening River 夕暮れの川 PSFレコード/Blackest Rainbow |
■音楽はいちどやめようと思ってたんですか? そのときどのような生活を送っていたんですか?
Kim:そのときは完全に音楽をやめようと思って、山に行きました。10年間山に住んでいて、すごく気持ちが落ち着きました。それは自然がくれた力だと思います。
■その10年間はどういった生活を送られていたんですか?
Kim:1ヶ月の生活費が韓国ウォンで20万ウォン(1万5千円ほど)でした。厳しかったですね。
■そのときの気持ちというのは、絶望的なものだったんですか?
Kim:多少絶望的な気持ちもありました。しかし、当分の安定と平穏さは戻りつつありました。
■ギターはどういったところから影響を受けているんですか?
Kim:あまり影響を受けたことはないです。誰かから教えてもらったこともないですし、自分で学びました。
■じゃああのメロディというのも、自分で作られたものですか?
Kim:そうです。誰からも教えてもらったことはないです。
■小さいこと聴いていた歌とか、そういうところから?
Kim:童謡はすごく好きでしたね。
■ほかの同世代のミュージシャンというのは、Kimさんと同じように何かの影響ではなく、自分たちで歌い始めたものなんですか?
Kim:たぶん、学校とかそういうところで習ったひとが多いでしょうね。
■ボブ・ディランとか、そういったものの影響もなかったんですか?
Kim:それは、ディランとか、ニール・ヤングとか、トム・ウェイツとか、そういうのをたくさん聴いたのは事実です。居酒屋やコーヒー・ショップに行くといつも流れているのはアメリカのフォークでしたから。
■ああー、そうなんですか。
Kim:70年代、80年代はアメリカのフォークが流行っていましたからね。
■へえー。あの、80年代というと、日本ではディスコとかそういうのでしたからね。
Kim:音楽だけ聴くようなコーヒー・ショップなんかもあったんです。韓国でLPっていうのがすごく流行ったことがありましたね。
■いつミュージシャンになったんでしょう?
Kim:これだというきっかけはたぶんないんですけれども、小学生のとき、先生が私の家にわざわざ来て「彼に音楽をさせたほうがいいです」と言われたことはありました。でも、家ではすごく反対されました。儒教が厳しくて、家ではラジオも聴けないような状態でしたから。そんな家でミュージシャンが生まれたのは不思議なことですね。
■日本でも儒教的な影響はすごく強くて、たとえば先輩後輩の関係であるとか、そういうところで影響は強いんですけれども、そういう儒教的な文化に対する反抗心みたいなものはあったんですか?
Kim:当然ありました。高校を卒業したら家を出ようと子どものときから思っていました。
■なるほどね。では、ボブ・ディランであるとかアメリカのフォーク・ソングの歌詞の内容は当時わかっていたのですか?
Kim:わざわざ辞書を引きながら勉強したようなことはなかったんですけれども、大体の内容はわかっていました。
■先ほどご自身で放浪者とおっしゃいましたけれども――。
Kim:そういう流れ者的な表現がいいと思っていました。放浪する生活はずっと夢でした。あちこちに行って歌うような生活、それが夢だったんです。
■11年ぶりに『自由魂』というアルバムを出しますよね。11年ぶりっていうのが......。
Kim:私のアルバムを作ってくれた制作者がわざわざ山まで来て、昔のアルバムを再発したいと言ってきたのです。そのときは精神的にかなり良くなっていて、再発よりはいま出来ている曲があるから、新しくアルバムを作った方がいいんじゃないですかと提案しました。そのとき『自由魂』を作りました。
■その後、『International Sad Hits』というコンピレーションを、それこそ三上さんとかといっしょにアメリカで発売されますけれども、海外で活動されるようになったのはどのようないきさつなんでしょうか?
Kim:〈P.S.F. Records〉が宣伝しはじめて、そのスケジュール通りでやってますね。
■最初に海外でプレイしたのはどこなんですか?
Kim:ベルギーですね。
■何年ですか? 2006年?
Kim:ああー、正確には思い出せないです(笑)。
■それまでフォークというのは、言葉の音楽ですよね。だから、歌詞が理解できないとその本当の面白さは伝わらない。三上さんもKimさんも、音だけで国際的に広がったのはすごいなあと思って。
Kim:言葉が違うので心配していたんですけれども、直接演奏してみると、やはり言葉というのはそれほど問題ないですね。むしろ、もっと深く感じるような気もします。
■日本ではここ数年K-POPが大人気です。K-POPの人たちは英語でも歌うし、日本語でも歌うんですね。取材も日本語で答えるんです。Kimさんは、それとは全く逆のことをやって国際的になってるっていうのは面白いですね(笑)。
KimさんはK-POPに関してどのような見解を持っていますか?
Kim:K-POPが流行って日韓が友好になるのはすごくいいと思いますけど、言ってしまえばK-POPは音楽ではなくてエンターテインメント・ビジネスだという気がします。
■韓国国内ではK-POPというのはどうなんですか?
Kim:若いひとというか、学生ばかりですね。テレビを観たらみんな少女時代で、年寄りはチャンネルを変えます(笑)。
■韓国ドラマやK-POPは日本でずっと人気があるんですけれども、韓国の人気スターで自殺するひとが多いじゃないですか。どうして彼らは自殺しちゃうんですか?
Kim:うつ病や、精神的なストレスですね。個人的な事情があったり。韓国はインターネットがすごく盛んですけれども、そこでの誹謗中傷を見てストレスが溜まる場合もありますし。それも、たくさんの理由のうちのひとつでしょうね。
■それはやはり、韓国の音楽ビジネスの悪いところなんでしょうかね?
Kim:たぶんそうですね。
■日本では華やかな部分ばかりが強調されています。タワーレコードの一階に行けばK-POPがダーッと並んでいます(笑)。でも、在日の人たちとってはすごく前向きな変化をもたらしてもいるようです。
さきほどインディ・バンドが増えているとおっしゃってましたけれども、たとえばKimさんの歌を聴きに来るような若い世代のリスナーが増えているっていう状況もあるんでしょうか?
Kim:少しずつ増えています。自分はあまりライヴをやらなかったんですけれども、いまは増やしています。私はあまり健康でないのでライヴをたくさんはできないんですけども、観客は少しずつ増えています。ファンはライヴをもっとやってほしいと不満を持っているみたいですね。
■なるほど。最初の質問に戻りますけれども、哀しみと言ったときに、Kimさんは人間の本質的な哀しみだとおっしゃいました。それがどういうことなのか、他の言葉で話してくださいますか。
Kim:この表現がいちばんいいと思います。ヨーロッパの詩人の言葉ですけれども、この言葉に全部含まれているでしょう。「哀しみと死がなかったら、人間はどこに行くのでしょう」というものです。その言葉を読んだとき、私は絶望感よりも平穏をもらいました。哀しみと死は、私たちをもっと人間的にさせるものです。
ヘルマン・ヘッセは「死は人間の友だ」と言っています。
■ヘルマン・ヘッセも放浪ということをテーマにしていますけど、お好きなんですね。
Kim:すごく好きな作家です。ヘルマン・ヘッセのための歌を作ったこともあります。
■あなたの歌のなかにはすごく自然が出てきますけれども、あなたは何を意味して、どのような意図で自然を歌うのでしょうか?
Kim:他の言葉では表現できません。自然は自然なのです。
■いまはソウルに住まれてるんですか?
Kim:ソウルから一時間くらいの田舎に住んでいますが、もっと田舎に行きたいので行くつもりです。
■ちなみにサッカーはお好きですか?
Kim:野球のほうが好きです(笑)。
■歌詞のテーマっていうのはどういうところから来るものなんですか?
Kim:疑問、自然、経験......といったことです。
■この『10 Days Butterfly』のアートワークが美しいですけれども、これは?
Kim:私の友人で、有名な画家のHan Hee Wonによるものです。蝶は10日間しか生きられません。その短さ(はかなさ)が人間の生に似ていると感じました。人間の生の短く美しい様を表現したいと思ったのです。
■日本という国は島国なんですね。周りを海に囲まれているんですけれども。韓国は全部陸で、変な話ベルギーまでつながってる。歩いて行こうと思えば行けるじゃないですか。そういう、大陸で繋がっているというのは、感覚としてあるんですか?
Kim:ありませんね。韓国の上には北朝鮮がありますから、日本と同じように、繋がっているわけではありません、
■ちなみに韓国のひとたちが好きな日本の音楽というと?
Kim:昔はJ-POPもすごく有名でしたが......。
■アンダーグラウンドでいうとどうですか?
Kim:いま、韓国に日本のアンダーグラウンドのミュージシャンがたくさんいらっしゃってるみたいです。韓国に住みながら活動しているミュージシャンを、自分も3人ぐらい知っていますよ。
■へえー。日本人ですか?
Kim:そうです。
■たとえば誰ですか?
Kim:ハチさんです。有名なギタリストです。
■春日博文さん(カルメン・マキ&OZなどで知られるプロデューサー。現在韓国で活動中)ですね。
Kim:彼はすごく指が長いみたいですね。あとは、長谷川さん、佐藤行衛(ゆきえ)......。
■『10 Days Butterfly』には英語と韓国語と日本語の歌詞が載っていますよね。それが素晴らしいと思いました。
Kim:ちゃんと翻訳ができていますか(笑)?
■すごくいい翻訳ですね。美しい日本語で。
Kim:リズムとか韻とかはたぶん、掴みきってないと思うんですけど。
■今年韓国も大統領選を控えているじゃないですか。どうなんですか? 原発問題なんかも、大統領選のひとつの論点になってるじゃないですか。
Kim:政治は自分はちょっと関心がないですね。韓国も、良い政治家は少ないですね。良いリーダーの資格がない人ばかりです。それで私はさらに関心がなくなりましたね。
■逆に言えば、韓国からセックス・ピストルズみたいなパンク・ロッカーが出てくる可能性はあるんでしょうか?
Kim:ありますあります。インディペンデント・バンドの実力がすごくついているので、うまい人がたくさん出ると思います。
■モスクワでは、ライオット・ガールズというか、プッシー・ライオットという女の子のパンク・バンドが出てきていま話題になっていますよね。
Kim:おおー!
■三上寛さんは「日本のパンクのゴッドファーザー」なんですよ。
Kim:彼はスーパーマンです。寛さんがヨーロッパに行ったらすごく喜ばれるんじゃないかと思います。彼のようなスタイルはないので。
■数年前、イギリスの『WIRE』という雑誌がKimさんを紹介をしてましたけど、韓国でも反応がありましたか?
Kim:反応があったかどうかは私はわかりません。家でテレビもほとんど見ませんし、インターネットもメールばかりで、ちょっと記事を読むぐらいですね。情報には疎いほうです。自分の名前が売れることにはあまり興味がありませんしね。
この暗い世の中を彷徨う人よ
あなたはどこに流れるのか
星はまた光り鐘は鳴るだろう
この瞬間はお前のために
この瞬間だけはお前のために
"彷徨う人のために"
取材:野田 努(2012年8月10日)
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