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interview with Takuma Watanabe

interview with Takuma Watanabe

音楽の新しいチューニング

──渡邊琢磨、インタヴュー

松村正人    Jan 28,2014 UP

渡邊琢磨 (COMBOPIANO)
Ansiktet

インパートメント

Amazon iTunes

 フェイクと渡邊琢磨は断言し、いわれてみればそれはその通りだが、予備知識もなく『Ansiktet』を聴けばそう思わないかもしれない。もちろん細部に聴き耳を立てると音の重なり、音色、残響の成分からしておかしい。いや、おかしいというより、オーケストラはこのように響かないという感想を、知識の下支えがなくとも、聴くひとは無意識に抱き、その平面に配置されたような疑似オーケストラと経験知との間隙の前でめまいがする。ところが音楽は優美で、ときにユーモラスで、音の動きはきわめて重層的で、何度聴き返しても聴くたびに発見がある。音量の大小、ヘッドフォンで聴くかエアーを介するか、ひとりで正対するか、バックグラウンドに流れるか。環境のちがいも関係なくはない。
 キップ・ハンラハンやデヴィッド・シルヴィアンや中原昌也とコラボレートし、ソロ・プロジェクト=コンボピアノでは逃走線を確保するようにアルバムごとに主題と作風を変え、静かにラディカリズム を追究してきた――というと語弊があるかもしれませんが――渡邊琢磨の2008年の『冷たい夢、明るい休息』以来のソロ名義の『Ansiktet』は、ごく個人的な作業で弦、管、打楽器の音を集め、シミュレートした音をふくめ再配置し、オーケストラの「質感」を仮想した労作だが、なぜこのような作品を構想したのか、それを掘りさげると、すべてがミュジーク・コンクレート化したかに思える現代の音楽(現代音楽ではない)を考えることにもつながりかねない。

オーケストラ・チューニングしますよね。あのときのサステインというかクラスターというか、あのワーッとなる感じを分解していく、セパレートして、それをまた渾然一体に戻したものが僕のいうオーケストラのテクスチャーです。

いまコンボピアノは?

渡邊:活動停止状態ですね。

それはなぜ?

渡邊:やりすぎました(笑)。

一時期につめこみすぎたということですか?

渡邊:そう。僕はあんまりビルドアップしていくのは好きじゃないんですね。

バンドというのはビルドアップしていくものなんじゃないんですか?

渡邊:ビルドアップしていくこと自体はいいんですけど、同じ編成だと関係性も深まっていくのが……ただの友だちならいいんですが、音楽があるとけっこうしんどくなっちゃうんですね。レコーディングとかけっこうたいへんで。

琢磨くんはリーダーなんですよね?

渡邊:リーダーというわけではないですけど、僕がやろうといったわりにいちばんダメ出しされる(笑)。

演奏に対して?

渡邊:演奏というより人間性ですか(笑)。

(笑)そんなことがあってソロ・アルバムを出そうということになったんですか?

渡邊:ソロはずっとやりたかったんですよ。でもバンドをやりたくないからソロだというわけではないですよ。

ということは、前のソロ『冷たい夢、明るい休息』(2008年)を出した時点から構想はあってずっと練っていたということですか?

渡邊:そうですね。オーケストラというかシンフォニックな作品をやりたいとは思っていたんですが。

『Ansiktet』は前の『冷たい夢、明るい休息』とは作風がまったくちがいますね。

渡邊:ちがいますね。前のソロはちょっとヒドかったですね(笑)。

前作以降、いつしかオーケストラ的な編成のアルバムを出したかったということですね。

渡邊:「編成」というよりもオーケストラの「音色」ってあるじゃないですか。テクスチャーとして。それを自分なりに扱った音楽をやりたいと思っていたんですが、実際のオーケストラを使うには金がかかるので、 具体化させる方法を模索していたのですが、とりあえずレコーディングのプランは立てず譜面だけ書こうと思って、スケッチみたいなものを書いていったら、断片的にここの4小節なら録れるかも、とか思って。それで、各楽器の演奏者たちと機会をみつけてはハンディ・レコーダーなどで集音していったのが取っ掛かりで、これをずっとやっていったら最終的にかたちになるんじゃないかということでやり出したのが、2009~2010年くらいでした。

丸2年半くらいはつくりつづけていた、と。

渡邊:でも録りだしたらけっこう早くて、間に震災が挟まってパソコンがブッ壊れたこともあって停滞していたんですが、前のアルバムから6年、その間まるまるやっていたわけではないですけどね。

オーケストラのテクスチャーというものを具体的にいうとどういうものになりますか?

渡邊:オーケストラは演奏を開始する前に音合わせ=オーケストラ・チューニングしますよね。あのときのサステインというかクラスターというか、あのワーッとなる感じを分解して、そのセパレートした音をまた渾然一体に戻したものが、僕のいうオーケストラのテクスチャーです。

音がグワッとたちあがってくるあの感じですね。

渡邊:オーケストラは人数も多いし、ヴィジュアルも含めとても壮大な感じがしますが、そのオーケストラの演奏者一人一人に個別にアプローチしていって素材を集め、またオーケストラ・チューニングの状態に戻していく。音楽的にたとえるなら、そのいっぺんに鳴っている縦のハーモニーを、横に、対位法的に分解し精査する。でも、最終的に個々のパートが決定されていくと、最初のバーッとなっている音の感じに戻っている。とはいえ、フェイクでやっていることなので、通常オーケストラはこういうふうには鳴らないとは思うんですよ。なので、自分がイメージしていた音像と実際のオーケストラには差異があると思います。

琢磨くんの頭のなかのオーケストラ。

渡邊:そういう意味では矛盾しているというか、アンビヴァレントなオーケストラ作品かなと思います。

譜面はもともと断片として書いているんですか、それとも全体が先にあったんですか?

渡邊:いきおいで書いた断片的なものもありました。それはピアノ譜みたいもので、その譜面上の個々の音符に「この部分は木管がいい」とか「この旋律をハープで弾かせたい」とか、そういう注釈があって、それらを音符に置き換えるうちにレイヤーができていって、個々の楽器が請け負うパートがどんどん膨らんでいく感じでした。

何段もある譜面を書いたということではない?

渡邊:はじめの5曲はラフなスケッチをもとにつくりましたが、後半になるにつれ、というのはこのアルバムは曲順通りにつくっていったんですけど。

そうなんですか!?

渡邊:はい。5曲目以降から利便上フルスコアに切り替えました。

全体の構想があったから頭からつくっていったんですか?

渡邊:いえ、単純に時系列に沿ってつくっていっただけです。アルバムのクオリティを考えて3曲目と4曲目は入れ換えたんですけど、1曲目が作曲した時期としては一番古いです。

1曲目は印象的なピアノの旋律がありますが、それは最初ピアノでつくっていたからということですか?

渡邊:そのせいだと思います。

後半の方が動きが機能的ですもんね。

渡邊:ポリフォニックになっているかもしれないですね。

たとえば音の描写的な意味合いでいうと後半のほうが計算されている気がしますね。

渡邊:3曲目をつくり終えたあたりから、このプロセスをつづけていくとおかしなことになるな、と思って(笑)。前半の3曲などは、自分が影響を受けてきた音楽をこういう形でつくる上での学習というか、そのための習作に近いかもしれません。なので、段階を経てアプローチのしかたが明瞭になっていきましたが、8曲目(“Witching Hour”)なんかは、線を動かし過ぎたなと思っています。情報量が過剰(笑)。いま聴くともっと削ぎ落とす、淘汰したほうがよかったなと思います。

カートゥーン的というか戯画的な動かし方ですね。ちょっとザッパの書くオーケストラ曲っぽいと思いましたけど。

渡邊:ザッパは何となく分かりますが、コラージュっぽい感じ、例えばジョン・ゾーンのネイキッド・シティみたいにはしたくなかったです。背景はめまぐるしく変わっていくんだけど、主題や動機はちゃんと見える感じにしたかった。でも、8曲目なんかは自分で聴いていても知覚しきれないというか、何が鳴っているのかよくわからない部分もあります(笑)。

フルスコアであっても録音は断片的なんですよね?

渡邊:そうなんですよ。個々に録音しているときは明瞭なんですけど、その音を曲に落とし込んでいくと、どんどん埋もれていくというか(笑)。たとえばブーレーズなどが複雑なオーケストレーションを手掛ける際は音の解像度をあげていく、分離させる作業をずっとやっていくと思うんですけど、僕の場合は埋もれっぱなし(笑)。

重なって、音がほかの音の影になっていても別にかまわない?

渡邊:そうであっても、音色には絶対反映されているとは思うので、そこはおもしろいかな、と。

テーマとしてはテクスチャーですからね?

渡邊:そうですね。

全体の構想がバッとできて、こういう書法でやっていこうと、すぐにできたんですか?

渡邊:それも制作方法と同じで作業中程から明確になってきたのですが、要所で自分の技術的な問題や欠損が露呈したので、作業を一時中断して本作とは関係のないフーガの習作をつくったり、楽曲分析をしたりしていました。

ナレーションがついてる曲がありますが、音楽と言葉、物語の関係をどう考えていました?

渡邊:ラフなコンセプトはあったのですが、観念的なことよりも音楽が先立つ体にしたかったので、テディ(・ジェファーソン)に、テキストの作成を依頼した際は、「こういうようなコンセプトでテキストをつくりたいんだけど、それがどこに反映されているのか分からないような寓話、物語にしてほしい」というオーダーを出しました。なので、僕自身完成したテキストのどこにこちらのコンセプトが反映されているのかが分からない。それはそれでいいかなと。

どの曲にどのテキストを使うかは琢磨くんが決めていったんですよね?

渡邊:要はオーケストラ・チューニングといっしょで、言葉にしても、こんなことをいっているのね、というふうに聴かれるのではなく、ムードだけがのこっているような、香りじゃないですけど、大気中に漂っている霧のようなものにしたかった。

言葉に引っ張られるのは避けたかった?

渡邊:いろんな意味で渾然一体となっている感じがいいな、と思っていました。本当のところ、音としてリーディングする声は不適当かなと、いささか懐疑的だったんです。歌ならまだしも、しゃべるとそこに耳が、意識がいってしまう。それもあって曲順を入れ換えたりもしたんですね。削るという案もありましたよ。

削るというのは曲を、ですか?

渡邊:いえ、リーディングのパートをとっぱらっちゃうということです。だからそこまで重視していなかったのかもしれません。

それでも結局削らなかったのはどういう理由からですか?

渡邊:各楽器のバランスや全体のトーンを微調整したり、そういうポスプロ(ポスト・プロダクション)をやっていくうちに、声がアンサンブルのひとつになってきたので、いいかなと思ったんです。

クロノス・カルテットとアレン・ギンズバーグのコラボレーションやロバート・アシュリーの声のオペラみたいなイメージですか?

渡邊:ノイズのひとつとまではいわないまでも……主にしゃべっているのは内田伽羅なんですけど、彼女のヴィジュアル的なイメージと、彼女が物語の一部になっているという状況設定がおもしろいなと。ただそれを音で表現するにはなにがしか発声してもらわなければならないので。

内田伽羅さんを起用したのは、前のアルバムから関連性をもたせるためですか(前作『冷たい夢、明るい休息』のジャケットには彼女の写真が使われている)? それとも単純に声の問題ですか?

渡邊:好みの声質だったのと、彼女独特の存在感も含めてですね。

彼女はいま何歳ですか?

渡邊:14か15歳だったと思います。けっこう大人ですよ。ビヨンセとか聴いてるんじゃなかったかな。

サイボートとか聴かないんですか(笑)?

渡邊:ああいう売れなさそうなものよりアゲアゲ、イケイケなのを聴くんじゃないですか(笑)。

ちなみに、琢磨くんのやっている音楽のなかで一番売れたのはなんですか?

渡邊:サイボートですかね(笑)。それでもたいして売れていない。僕がかかわると売れないんですかね(笑)。

そんなことないでしょう(笑)。でもたしかに彼女を話者としてとらえると、音楽は客体化していきますね。

渡邊:たしかにそういう効果はありますね。彼女の語りに付随して音楽のダイナミズムが変化するような曲もありますが、実際の作業は真逆で、完成した音楽にあとからテキストと声を配置していってます。

一方で渋谷慶一郎くんが初音ミクでオペラをやったように、オペラというのは言葉と音楽の総合じゃないですか。琢磨くんの考えはそれと似ているけどちがうものということになると思うんですね。

渡邊:渋谷さんの『THE END』ですね。話がちょっと飛躍しますけど、先日べンジャミン・ブリテンというイギリスの作曲家の“戦争レクイエム”という曲をコンサートではじめて聴いたんですね。この曲には児童合唱団のパートがあるんですけど、オーケストラ・ホールの外に配置されていて、ホールのなかにはいないんです。途中オーケストラが飽和してきたところで音が切断され、その余韻のなかで遠くの方、遠くというのは別の部屋から子どもの合唱が聞こえてくるわけですが、それがとても効果的だったんです。どこからか降ってくるような声というかフィルター効果のような感じなんですけど、その遠くから聞こえてくる声が作品全体の雰囲気、アトモスフィアをアコースティックに効果的に演出していると思ったんです。言葉やテクストの意味に先立って声の音響効果とオーケストラの関係性に耳がいったのですが、僕がやりたいのはどちらかと言えばそういうシンセシスなのかもしれないです。

松村正人(2014年1月28日)

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