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Interview with Open Reel Ensemble

Interview with Open Reel Ensemble

磁気と回転のエキゾチカ

──オープン・リール・アンサンブル(和田永/吉田悠/吉田匡)、インタヴュー

橋元優歩    Sep 28,2015 UP

僕たち自身がまさに、正しい使い方を知らずに(オープン・リールに)出会ってるんですよ。僕たちが勝手に解釈したおもしろさから入り込んでいるんですね。(吉田悠)

いや、たとえばオーディオ・ファンのひととか、あるいは古くからご活躍のミュージシャンとかがオープン・リール愛を語るときって、もっと角度がちがうと思うんですよね。「オープン・リールだと太くて丸い音がしてね……」とか、もっぱら音質の話であって、みなさんはちょっとヘンですよね。オープン・リールそのものへのフェティッシュな愛というか……。

吉田悠:世代かな?

吉田匡:うん。それなりに値段も高くて、立派な現役の機材として使われていた時代があったわけですよね。僕らはそれが廃れた後の世界で、引っぱり上げてきて使っている。その感覚には差があると思います。

吉田悠:よく和田が譬え話として言うんですけど、オープン・リールがアマゾンとかを漂流していって、奥地にたどりついて、何も知らない原住民たちがそれを拾い上げて、用途を誤解したままそれを使いはじめた──結果、生まれてきたパラレル・ワールドなんです。僕たち自身がまさにそうで、正しい使い方を知らずに出会ってるんですよ。僕たちが勝手に解釈したおもしろさから入り込んでいるんですね。

うんうん。

吉田悠:そこは機械が現役だった時代の人たちからすれば楽しみ方がちがうというか、もしかしたら怒られるかもしれない部分ですよね。

吉田匡:テープだから音がいいとか、音楽編集においても優れているというような部分は、ある種、追求され尽くして廃れていった部分だと思うんですね。それとはまったく別のレールを歩いていると思います。

……ですよね。だから、オーディオ・マニアとかが抱く興味とはまるで関係ない。

和田:ああー、そういう関心とはちがうね。

ええ。もっとワンダーな感覚というか。

吉田匡:ワンダーですね。

和田:そう、エキゾチズムですよ。

そう、エキゾチズム。

ワンダーですね。(吉田匡)

そう、エキゾチズムですよ。(和田永)

和田:本(『回典』)の中で宇川直宏さんもおっしゃっていたキーワードですね。オープン・リールに対して抱く感情にはいろんなレイヤーがあるんですけど、出会いの瞬間はなんだこの異物はっていう。そしてそこから出て来るサウンドに異国性を感じましたね。一種の民族楽器のような。音や魅力の謎を紐解こうとするとサイエンスな興味関心も湧いて来る。磁気録音の仕組みとか、松岡正剛さんともお話ししているような──回転と自然界の関係性とか、っていう。で、次のレイヤーには触って楽しいとかっていう身体感覚がある。あとは、もうキュイーン! って回ることの高揚感とか。

吉田悠:僕らが高い塔の上にオープン・リールを置いてライヴをやったりするのも、単純にそのプロポーションがかっこいいとか、その程度の理由だったりするんですよね。

うん、うん。その驚きというか、ワンダーな感覚を、思いっきりきちんと表現できているから、見ているわれわれもつい感染してしまうんですよ。なんだろう、ドラえもんが取り出してくる道具みたいな驚き──あ、そうそう、古い機器なのに、まるで未来の道具かのような感触があるのかなあって。

和田:古い機械だけど、録音というテクノロジーのやばさをつねに体験できますね。


古い機械だけど、録音というテクノロジーのやばさをつねに体験できますね。(和田永)

だから、世代っていうのはそのとおりかも。リアタイ世代のおじさんが同じようなことをやっても、あの未知のものに触れるような楽しそうな感じって出ないかもしれませんね。

和田:もう、オープン・リールを早回しにして出てくる音とか、エキゾ以外のなにものでもない。ぐにゃーって歪む感じとか。

吉田悠:練習中にサウンド・チェックとかをしていると、中に何が入っているかわからないままテープを再生することがあるんです。そうすると前回のライヴの音が残っていたりするんですね。それがまた関西とかの公演だったりすると、電圧の関係で回転速度がちがっていることがありまして。急にヘンなピッチの音が流れてくるんですよ。その瞬間、みんな同時に手をとめて、「いいねー」みたいな(笑)。

あはは!

和田:そう、もう結成から5年経ってますけど、まったく変わらないですね。ヘンな音が出てきた瞬間に「いいね~」って(笑)。

アナログの可能性ですね。宇川さんが本の中で、エキゾチズムは究極的には宇宙に向かうっていうようなことを言っておられましたよね。アフリカだ何だっていうワールド志向は2000年代の半ばにも一回すごくリヴァイヴァルしましたけど、そういう借りてきたトライバリズムなりエキゾチズムではなくって、OREにはOREならではの、なんか別次元にスイッチするものがありませんか? 異界との出会いなんですよ、きっと。関西と東京の電圧の差の中に宇宙があって──

和田:50ヘルツと60ヘルツの境界にね。

(一同笑)

吉田匡:地理的なものじゃなくて、ちがうヘルツの世界に行ったっていう(笑)。

和田:関東と関西でモーターの速度が変わって音楽が変化する。そこにバージョン違いが生まれる(笑)。

そう、地理では分けられない異界なんだけど、地理も存在する。つまり、大阪なら大阪という現実の場所を何層にも分けるような感じ方なんですよ。異界をつくりだして何倍も楽しめる。──不況型かもしれないですね。お金かけないで世界を2倍にする楽しみ方。


実際、祭りにして巡礼したいと思ってるんですよね。(吉田悠)

とすると、ニューエイジ的でもあるというか。現実が変わらないなら薬でとんで脳内を変えよう、っていうのとある意味で似ていて、オープン・リールひとつを通して現実を変えないまま変えるという。

和田:そうなのかもしれない……。

吉田匡:しみじみしとる(笑)。

そうすると、やっぱりエキゾチズムの極致なのかもしれない。

吉田悠:実際、祭りにして巡礼したいと思ってるんですよね。

え、祭ですか? 「充電」……?

吉田悠:巡礼です。伝統と呼ばれているもの──いつ誰がつくったのかわからないお祭も、遡っていけば必ずそれをスタートさせた人間たちがいるわけじゃないですか。僕らがオープン・リールを通していつのまにかその第一回をやっていた、というふうにならないか。何十年か経ったときに、「この地域ではこの時期になるとオープン・リールの祭りをやるんだよ」ってふうにならないかなと思うんですよ。そういうかたちでのエキゾチズムへの接続もあるかもしれません。

ああ、なるほど。

和田:オープン・リールを紐解いていくと、すでにいろんな先人たちが築いてきた歴史が積み重ねられていますし。

オープン・リールを囲んで男たちが踊っている様子が、絵巻になって残ったりとか。「初期はこのように催されていたのだ」みたいな(笑)。

吉田悠:やぐらを建ててね(笑)。

吉田匡:俺たちのライヴ映像が資料として残る(笑)。

和田:「オープン・リール・トラディショナル」っていうキーワードも出たりしましたね。オープン・リールっていう歴史の軸に、われわれも登場したいです。大野松雄さんがいたりとかスティーヴ・ライヒがいたりする──

吉田匡:せまい(笑)。

おもしろいですね。ふつうトラディショナルな祭りって土地に紐付いて存在しているものだと思うんですよ。東京で催されていたとしても、河内音頭は河内のものだし、よさこいは北海道のもの。その意味では土地からは離れられないものなんですよね。でも、モノを介して、大野さんとかライヒとか、時空を超えたところにフラグを立てる祭があってもいいですよね──四次元祭みたいな?

和田:うふふふ。毎年録音して声を重ねていったり。

時空を超えた地図の上の祭なんて、やっぱりエキゾチズムの究極なんじゃないですか(笑)。

オープン・リールの最期を見届けるっていうのもやってみたかったり……(微笑)。(和田永)

だから、僕たちは「こういうお葬式をしてください」っていうことを遺していけばいいと思うんです。(吉田匡)

回典 ~En-Cyclepedia~ Open Reel Ensemble PV


ところで、オープン・リールってもう生産されていないわけじゃないですか。ということは、みなさんを見て「楽しそうだな」「やってみたいな」って思ったとしても、これからさらにどんどん手に入れにくくなる……?

和田:まあ、徐々には。

吉田匡:所有している方から譲ってもらったり、買ったりということになりますね。

和田:僕らのデッキについては、近所に偶然すごいエンジニアの人がいて、修理してもらえるんですよ。

ええ、すごいですね。おいくつくらいの方ですか?

和田:もう定年退職されて……。

やっぱりそんなご年齢なんですね。じゃあ、またみなさんの課題が見つかりましたね。グループの中で、修理できる能力を持った奴を育てないと。

和田:うふふふ。たしかに。製造もしないといけないし。

吉田悠:そういう意味では、CDのリリースだったりとか産業的な流れに僕たちがコミットしているのは、オープン・リールの需要を活性化させていきたいなということでもあるんですよ。世間を巻き込んでいって、未来にこの機材を生き残らせるぞという。内輪の楽しみだけじゃなくて、外の世界に関係していかなきゃというところもあります。

ああ、なるほど。

吉田匡:僕たちを見て、捨てようと思っていたデッキを譲ってくださる方もけっこういらっしゃるんですよ。「可愛がってあげてください」って。そもそも、捨てられようとしているものでもあるんです。

うん。みなさんが消えたら消えてしまうかもしれない。だから残さないと。

和田:そうですよねえ……。……でもどうなんだろう。なんか、こう……。

そんな文化的社会的な貢献とかよりも、もっと、パーソナルで原初的な楽しみを大切にしたい?

和田:いや、そういうことじゃなくて、(オープン・リールの)最期を見届けるっていうのもやってみたかったり……(微笑)。

(一同爆笑)

(笑)フェティシズムの極みだな。

吉田匡:結成と同時に解散の要件も決めているんですよ、僕たちは。

和田:でも、僕らが死ぬ頃くらいじゃ、きっとまだぜんぜん残っていますから。そういう意味では、まぁ、まだ遊んでていいかなって思ってます。

狂ってるよ……。

吉田匡:だから、僕たちは「こういうお葬式をしてください」っていうことを遺していけばいいと思うんです。

(笑)

和田:でも、この、死が前提っていう感じもいいというか、制約の中で今しかできないとか、テクノロジーの宿命も感じさせるじゃないですか。

うん、なるほど。みなさんの場合、オープン・リールが一度終わったところからはじめていますしね。

和田:そうですね。僕らが結成する前年にテープの生産がほぼ終了しました(笑)。

そうそう。逆に、そのあたりから、フォーマットとしてカセットテープを選択するアーティストが増えましたね。ブームというか。

吉田悠:僕たちはいちおう、もともとのテープ世代ですよ。カセットテープからMDに、っていう時代を知っています。

そうか、テープはいちおう日常にあったんですね。……というか、どうしよう。ぜんぜんアルバムの話きけてないですよ。

吉田匡:こういう話のほうがいいかもしれないです。


たとえば「テープが泣く」って表現したりするんですよ、エンジニアの人とか。立ち上がりのときにちょっとピッチが歪むことを指すんですけどね。そういう音をデジタルの世界で細かく構築していくということには、興味があるんですよね。(和田永)

ははは。でも、いちおうアルバムの話に戻りますと、資料には「声」がコンセプトとして挙げられていますね。便宜的な説明ではあるかもしれないですが、もう少し音と声の話をきかせてもらえませんか?

和田:オープン・リール自体が、そもそも肉声を録るというところからはじまったものなんですよね。

吉田悠:録音の歴史の最初が、人間の声の録音ですから。僕たちも、史上最初の磁気録音と言われる、フランツ・ヨーゼフ一世の声を楽曲に使ったりしているんです。

前作ですよね。ちょっと不思議なのが、「音」ということにこだわるなら、それこそ波形を気にしながら、画面とにらめっこして整えていくみたいな道もあるじゃないですか。そういう意味でのこだわりは、あまりないんでしょうか?

吉田悠:僕たちが空間が歪んだように感じて楽しいと思うときの音を、波形レベルで調べてみようとしたことはないですけど、たとえば“NAGRA”とかは、テープでパーツをつくって、その音を多用して構築していますね。ちょっと質問からはずれるかもしれないですが。

和田:この“Telemoon(with Babi)”という曲は、オープン・リールで出したピョーンという音をコンピュータにどんどん蓄積していって、それを音楽編集ソフトで細かく刻んで、こと細かに配置してつくりましたね。
なんていうんだろう……シズル感というか、ちょっと、いじったことのある人にしか伝えづらい感覚があるんですけど……(笑)、たとえば「テープが泣く」って表現したりするんですよ、エンジニアの人とか。立ち上がりのときにちょっとピッチが歪むことを指すんですけどね。そういう音をデジタルの世界で細かく構築していくということには、興味があるんですよね。

それって、波形っていうようなレベルよりは、もうちょっと神秘的なものへの興味だと思うんですよね。

和田:そう……ですね。波形からつくるというよりはある音がオープン・リールによってぐにゃっと変化する瞬間に、不確定な、ゆらぎが生まれて。

吉田悠:それはある意味では波形をいじることにはなるかもしれない。

和田:やっぱり最初に耳に入ってくる感触に対して、何かもっとできないかなというのは、いつも思っていることですね。


僕たちはオープン・リールのヴィブラートのことも「ヴォーカル・コード」って呼んでいたんですね。テープが起こす音の震え。だから「人の声にフォーカスした」というのは、ほんとはちがうんです(笑)。(吉田悠)

なるほど。その、最初に出てくる音って、みなさんの場合、マウスで削ったり計算したりじゃなくって、手でテープを押したり止めたりして出てくる、何かすごく身体的なものじゃないですか。本当に楽器を演奏しているような。

和田:そうですね。でもそのへんはほんとに行き来している感じですよ。なんか、いちどコンピュータで構築した音を、崩したいなってなったときに、オープン・リールに通して戻す。コンポジションするときにもそういうフィードバックがあります。
 ただ、今回はそうやってつくったトラックにヴォーカルを乗せているので、そこはあんまりオープン・リールを通しているわけではないですね。

なるほど。なんか、「声がコンセプト」って情報を読んじゃうと、音声というレベルとは別に、なにか人間主義的なものを感じさせるニュアンスも感じてしまって。

吉田悠:ああー。『ヴォーカル・コード』っていうタイトルは、当初はちょっと意味がちがっていて、「コード」のスペルが「cord」──つまり「声帯」っていう意味だったんですよ。のどの震え。僕たちはオープン・リールのヴィブラートのことも「ヴォーカル・コード」って呼んでいたんですね。テープが起こす音の震え。だから「人の声にフォーカスした」というのは、ほんとはちがうんです(笑)。

吉田匡:“Tape Duck”って曲はアヒルの声でやってますしね。クリウィムバアニーのように(“ふるぼっこ with クリウィムバアニー”)、歌じゃなくて叫び声でやることもあるし。

吉田悠:気持ちの上では、ひとがのどを震わせることと、テープが音を震わせることを掛けているんですよね。

なるほど! 「裸足になって声を出す」とかね、生命とか人間を祝うというか、「初音ミクには表現できないもの」とかなんとか……そういう意味での「声」じゃないんですね。
 なんだろう、こんなにコンセプトが一貫しているというか欲望が一貫しているというか、そんなバンドも珍しいと思います。

和田:いろいろ言われると、次にやりたいことが出てきちゃうな。プロモーションしなきゃいけないのに(笑)。

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取材:橋元優歩(2015年9月28日)

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