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interview with Arca

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夏休み特別企画:アルカ、ロング・ロング・インタヴュー(2)

取材:坂本麻里子    質問作成:木津毅+野田努 photo by Daniel Shea   Aug 07,2017 UP

だから、おそらく僕のやっていることの一部には……僕のなかのどこかに、僕たちを不快にさせる何かとアイデンティファイしてしまう側面があるんだよ。で、人びとにその何かの目を正面から見据えさせようとする、という。

電子音楽の多くは、多くを語らずして、聴き手の内側に多くを醸成させることができますし、あなたの音楽もそうした想像力の契機にはなっているのですが、しかしあなたはヴィジュアルを使います。今回のアルバムもそうですが、あなたの音楽にとってヴィジュアルはどんな役目を担っているのでしょうか?

アルカ:んー……そこは……やっぱり、ジェシーに負う部分が多いんじゃないかな? 彼とは14歳かそこらだった頃からの友だちだし、ネットを通じて知り合った仲なんだよ。

ええ。


Arca - Arca
XL Recordings/ビート

ExperimentalElectronic

Amazon Tower HMV

アルカ:で、彼は生まれつき、こう、とてもヴィジュアル思考なひとで。いや、僕もヴィジュアルへの意識は強いんだけど、彼みたいに視覚センスの非常に鋭いひとを友に持ち、かつそのひとといっしょに音楽作品を作ろうとすれば……なんというか、ヴィジュアル要素がただ重要なだけでなく、それ以上の……「必須な要素」になるのはある意味当然の話だ、と。僕たちはどちらも同類のテクスチャー、完璧ではないものの、光り輝いていて、有機的な、そういう質感に惹かれるし、だからこそ、彼もまた可能な限りオーガニックな3Dグラフィック作品を作ろうとする。合成テクノロジーを用いながら、自然を敬おうとしているんだよ。きっと、それは僕にしても同じなんだろうね。僕は合成素材を相手に作業するわけだけれど、それを通じて……自然、あるいは自然のなかで起きている何かを再現しようとしている。自然の持つランダムさ、カオス、そしてコントラストをね。というわけで、それが僕たちにとってのバランスのとり方なんじゃないかと思う。というのも、僕たちの用いている媒体は非常にデジタルだし、だからこそ参考例に有機的なものを持ってくる、という。

『ミュータント』でいっさいの取材を断りましたが、その理由を教えてください。

アルカ:いや、いっさいではなく、ごくわずかしか取材はしなかった、ってことじゃないかな。それこそ1本くらい? とにかくまあ、ほんの少ししか取材は受けなかった。というのも……とにかく、あのアルバムの発表をちょっとでも遅らせたくなかったし、それにたぶん、自分が喋る必要性をあまり感じなかったんだと思う。作品そのものに語らせたかった。
 でもこのレコードに関しては、取材を受けることに対して自分はもっとオープンになっていて。どうしてかと言えば、僕は……僕自身の自分の作品の捉え方、あるいは世界の見方というのは、人びとが僕のレコードを理解するのに役に立つこともあるんじゃないか、そう思っていて。彼らが作品に興味を抱いてくれ、そして知りたいなと思えば、彼らには僕の考え方を見つけることができる、と。僕にとってのインタヴューというのはそういうもので、だから僕自身、僕が尊敬している人びとやアーティストたちのインタヴューを読んだり、インタヴュー映像を観るのはエンジョイしてる。それに、毎回同じことを繰り返さないようにするのはいいことだと思うしね。

(笑)ああ、なるほど。

アルカ:そんなわけで、『ミュータント』時にあまり取材をしなかったから、今回の自分はもっと取材を受けても構わないって姿勢になっている。それもまた、自分にとって快適ではないことをつねに追い求める、やったことのない新しい何かを追い、お決まりのルーティンを避ける、ということなんだけどね。

あのセカンド・アルバムのすさまじいノイズからも、拒絶のようなものを感じました。それもかなり強度のある拒絶です。なので、あなたは取材も拒絶したのかな、と思ったのですが。

アルカ:んー、もしかしたらそうなのかもしれない。その部分は少しあったんだろうね。僕のなかには、こう、苛立たされてしまう部分もある、というか。たとえばの話……他の誰かに決めてもらう/判断してもらうのが好きなひとって多いな、と思うんだ。で、もちろん批評家や批評というのは、ある点においては価値のあるものだよ。けれど、そこにはまた……人びとが何かをとても真剣に受け止める、その妨げになっている部分もあるんじゃないか、と。だから、レヴューひとつで分かった気になってしまう。悪評レヴューはもちろんだけど、高評価のレヴューだとしても、逆に人びとがその作品をシリアスに捉える妨げになってしまったりするからね。だから、プレス、あるいはインタヴューというのは、人びとが音楽を作りはじめる、その動機にはならない、みたいな。

(苦笑)はい、それはもちろん。

アルカ:それに、言語による自己表現に満足できない人たちが、音楽作りに向かうんだしね。それはそうだよ。言葉が大好きならひとなら、やっぱりライターになろうとするだろうし……だから、ライターにとっては言語が彼らの「アート」だ、という。そんなわけで、ミュージシャンにとって、(言葉を使って)インタヴューを受けるのって、ある意味、奇妙な経験なんだ。

ああ、きっとそうなんでしょうね(笑)。それはあなたの使う媒体ではない、という。

アルカ:その通り。それって、自分で選んだものではないんだよね、ある意味。

僕はつねに、自分の作るどのアルバムでも、どの作品をリリースする際にも、またどのパフォーマンスにおいても、自分が次に何かやるときにはまた変われる、その権利を確保しようとしているんだ。その自由のためなら僕は闘うし、「アルカ」というのは、ある意味その面を表してもいる。その自由を讃え守っていくことを自分自身に思い出させてくれるもの、と。

『アルカ』はあなたのヴェネズエラのルーツやその記憶が重要なテーマのひとつだと思えます。それはあなたにとって自然な選択でしたか? なぜそうなったのでしょうか?

アルカ:そうだな、それはきっと、この作品はひとつの独特なやり方でメランコリーとコネクトしようとする、というものだったから、そうするのが理にかなっていた……潜在意識にそこに連れて行かれた、という。だから、意図的に選択した結果ではなかったんだよ。それを説明するとすれば……神経科医によれば、人間の左脳はロジックや理性により近く、いっぽうで右脳はフィーリングや記憶にもっと関わっている、と。で……僕にとって、英語というのは左脳寄りの言葉なんだよ。

はい、分かります。

アルカ:僕は17歳で、大学進学のためにヴェネズエラを後にした。だから、自分のアカデミックな頭脳というのは英語で形成された、と。理論だとか……あるいは音響工学を理解している僕の脳の部分、そこは英語で教育されたわけ。で、僕のエモーショナルな頭脳、小さかった頃のフィーリングや記憶を持つ脳は……たとえば僕の家族、大家族でのお祝い事を耳にしたり、あるいは……僕の両親がスペイン語で言い合いしているのを聞いた、そういう経験からできていて。だから、じっくり考えた上での選択ではなかったにせよ、僕はこの方向性を受け入れることにした、と。「英語で歌ってみたらどうなる?」と、チラッと想像してみたことはあったんだよ。ただ、それはどうにも正しいとは感じられなくて。

なるほど。

アルカ:それに、偶然だったんだけど、ヴェネズエラ音楽のトナーダ(※坂本註:アルカ自身は「ト・ナース」に近く発音していました)という面もあってね。だから、これもまた意図的なものではなかったんだけど、歌っているうちに「これはトナーダじゃないか」と自分でも気づいたし、それもまた、自分にはなるほどと納得できたという。というか、あれに気づいたときは我ながらとても嬉しかったな。ある意味、自分の過去に戻っていくようなものだったし……でも、と同時に、あれは僕にとっては未来に足を踏み入れる、みたいなものでもあって。というのも、トナーダは僕からすれば慣れ親しんだ音楽ではなかったし。

潜在意識、あるいは非常に根源的な状態を通じて、あなたはご自身のルーツを再発見した、と言えそうですね。

アルカ:うん。うん、その意見には納得できる。だから、ある意味……心理セラピーみたいなもの、という。

はっはっはっはっ!

アルカ:(笑)いやー、だからまあ……っていうか、ほんとフロイト心理学っぽいんだよねぇ。自分でも、しょっちゅう驚かされる、みたいな(苦笑)。

いまおっしゃっていたトナーダについてですが。これは、スペイン系のフォーク音楽、というので当たっていますか?

アルカ:うん、っていうか、あれはヴェネズエラの音楽。ヴェネズエラ産だし、興味深いことに……あれはなんというか……「労働者たちの音楽」みたいなものだったんだよ。ヴェネズエラの田舎の労働者たち、のね。

ほう、そうなんですか。

アルカ:でも、実のところシモン・ディアス(Simón Díaz)という歌手、彼の歌うトナーダだけだったな、僕が大きくなるなかで耳にしていたのは。で、トナーダというのはもともと非常に古い音楽なんだけど、1950年代のヴェネズエラで工業化が更に進んだ際に、シモン・ディアスはトナーダを救おうとしたんだ。だから彼は当時にしてはとても、とても古い音楽を歌い始めた、という。

それはおもしろいですね。

アルカ:で、奇妙なことに……いや、僕としては「自分はトナーダを救っている」みたいな感覚はないんだけどさ。

(笑)

アルカ:僕はシモン・ディアスじゃないからね。でも、だからなんだよ、トナーダの影響を感じて自分でも嬉しかったのは。というのも、ある意味あれは……非常にヴェネズエラ的な、長い歴史を持つソングライティングのテクノロジーなわけで。そのおかげで、何かに向けた熱望……あまりに深くて、ゆえにスピリチュアルですらある熱望の想いを歌うことができるようになる、という。メランコリーというのは、トナーダにとってとても大きい感情だと思う。トナーダはいつだって、月に向かって歌いかけるとか、あるいは失ってしまった愛に向けて、あるいは年老いてしまった人間の「愛を見つけたい」という強い思いに向けられている。だからある意味、トナーダというのは表現できずにいた、表に出せなかった物事についての歌、というか。で、自らをいろんなものの「中間点」に見出している僕のような人間にとって、それはとても意味のある音楽なんだ。

わかりました。また、チャンガ・トゥキ(Changa Tuki)はいかがですか? このアルバムにどのように影響を与えていると思います?

アルカ:いや、このアルバムに特に影響した、とは思わないな。ただ、ミュージシャンとしての僕にとってあの音楽は特別だし、だから間接的に影響しているのかもしれない。それに、自分がDJをやるときは、必ずチャンガ・トゥキをかけるからね。あれもまたヴェネズエラ産の音楽なんだけど……あれはあれで、僕にとってはまたべつの、まったく違う脳の領域、というか。

(笑)

アルカ:だから、左脳があり、右脳があり、でも、三つ目の領域がどこかにある! みたいな(笑)。DJをやってるときの自分の領域、とでもいうのかな。僕はDJをやるのが大好きだし、日本の〈WOMB〉、それから〈タイコクラブ〉でもDJをやったことがあって。

ああ、そうだったんですね。

アルカ:あの〈WOMB〉でやったDJセット、あれはものすごく気に入ったし、自分でも大好きなセットのひとつだよ。

その際の、チャンガ・トゥキに対する日本のお客の反応はいかがでした?

アルカ:ものすごい叫び声だった!

(笑)。

アルカ:あんなにハイパーな日本のクラウドって、初めて見たな。みんなものすご〜くエキサイトしていたし……立錐の余地なしってくらいギュウギュウで。それこそ、会場側が規定以上にお客さんを入れ過ぎちゃった、みたいな。

はっはっはっはっ!

アルカ:あれはもう、本当に……とてもビューティフルだった。だから、ヴェネズエラのダンス・ミュージックを東京のクラブでかけることの美しさ、だよね。とても普遍的で、かつとてもシンプルな音楽だから、説明不要で通じるという。

音楽の良さって、そこですよね。

アルカ:うん、本当にそう!

あなたはかつて「アルカという言葉に意味はない。だから自分自身に新しく意味づけができると思った」と説明していました。

アルカ:いや、実は、もっと入り組んだ話なんだ。というのも、「アルカ」という言葉に意味はあるんだけど、あまりにも古い言葉だから、誰もその意味をよく知らない、覚えていない、という。

そういうことなんですね。その、大昔の「アルカ」の意味というのは?

アルカ:あれは非常に古いスペイン語で、木製の箱(蓋のついた大きな箱)、みたいなもののこと。だから、何か大切なもの、たぶん宝石か何かをしまっておくのに使われた箱だね。言い換えれば、虚ろな空間ということ。で、いまでもこの言葉の意味は変わっていないけれども、多くの人間にとってその言葉が何の意味も持たない、というのが僕は好きでね。だけど、その意味を遡ろうとすれば、「空っぽの空間」、貴重なものをしまうための空間、ということなんだ。

なるほど。ではいま、「アルカ」という言葉にどのような意味を与えますか?あなたにとってその意味は? 

アルカ:うーん、たぶんその意味は変わっていないと思う。だから……それはこう……「あえて、何もしようとはしない空間」とでもいうか。そこで自らを花がほころぶように開き、広げることができる……いや、僕が自分を開いて広げられる、そういう空間。で、僕はつねに、自分の作るどのアルバムでも、どの作品をリリースする際にも、またどのパフォーマンスにおいても、自分が次に何かやるときにはまた変われる、その権利を確保しようとしているんだ。その自由のためなら僕は闘うし、「アルカ」というのは、ある意味その面を表してもいる。その自由を讃え守っていくことを自分自身に思い出させてくれるもの、と。その空間……変化するための、成長するためのスペースに敬意を表し、そして、絶え間なく変形し続けていくこと。そうすれば、人生が静止したままの、活気のないものなんかには絶対にならないわけで。

はい。

アルカ:僕は(そうやって変化を続けても)疲労を感じるってことがまずなくてね。自分はいつだって……まあ、そのせいでちょっとばかり楽になれない面もあるとはいえ、それは仕方のない代償であって。だから、本当の意味で「自分は100%生きている」と感じるための、そのご褒美に対して支払う対価というか。

そうやって変化し成長し続けるあなたというのは、大きな森、なのかもしれませんね。

アルカ:それ、最高! いままで言われてきたことのなかでも、一番素敵な言葉だよ、それは。

〈了〉

取材:坂本麻里子(2017年8月07日)

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Profile

坂本麻里子/Mariko Sakamoto
音楽ライター。『ROCKIN'ON』誌での執筆他。ロンドン在住。

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