Home > Interviews > interview with Kaoru Inoue - 人はいかにして、このハードな人生を生きながらゆるさを保てるか?
80年代の音楽がおもしろいなっていうのがいまありますけど、それはなぜなら掘り起こしてる人がいるから目に見えてくるもので。そういう過去は参照するんですけど、あのときは良かったなみたいなのは思わなくなりましたね。いま、その瞬間どんだけ自分があげられるかしか主眼がいかなくなっている。
■話前後してしまうけど、DJを25年やるってタフだよね。
井上:そうですね。本当に好きだなと。全部やめたいって思ったこともありますけど。振幅が激しいというところが……。
■そこがやっぱり辛い? 楽しいことはたくさんあると思うんだよ。DJは女の子にもモテるしさ(笑)。
井上:そういうわかりやすいところはどんどんなくなりますよね。まあいいんですけど(笑)。わかりやすい楽しさ抜きでフレッシュに構えられるところがありますね。言ってみれば、どれだけ未知数の人間にフィジカル性を叩きつけられるのかということとか、立って聴いているやつにどれだけサイケデリック体験みたいな影響を与えられるかみたいなものもあるし。あとは、振幅が激しいということ。ドーンってあがっているときはアドレナリンの世界です。そういう作業と音楽の流れとでどんどん上がっていって……、最後に疲れる。ただしそれは非常に得難いですね。誇りをもってやれることだなって自覚しながらやっていました。じゃないと続かないですよね。
■それは体力的な部分?
井上:『Em Paz』もそうですけど、ダンス・カルチャーというところから離脱したいというわけではまったくないです。三田格さんの『Ambient Music 1969 - 2009』がすごいきっかけになって、そこからハウス、テクノのラインじゃない音楽をまた改めて良く買うようになりました。それでレコードを買うことにまたハマっていて。いまは〈ミュージック・フロム・メモリー〉みたいなニューエイジとかからピック・アップしているものが面白いですね。当時評価されなかったここが評価に値するって引っ張ってきて。面白くないものは当然あるんですけど。すごいなという人はいますね。
■ニューエイジっていって、レコード屋さんもタグをつけなきゃいけないからね。なんでもかんでもニューエイジって言ってしまうけど。ニューエイジって思想が入ってくるし、宗教観とかね。だからデリケートな言葉なんだけども(笑)。ぼくはビートレスの音楽のことを海外のように、ウェイトレスって言ってくれた方がいいかな。でも、ニューエイジがここまで売れる背景もわかるよ。やっぱり心の渇きみたいなものでしょ?
井上:そんな気もしますね。これは大型のレコード屋で働いていたから分かるんですけど、まずニューエイジってヒッピー文化由来のカウンターカルチャー的なところが当初ありましたよね。それで音楽のカテゴリーに関して言うと、そのニューエイジ・カルチャー由来のアングラな音からどんどん派生して、しまいにはインストで区分けが曖昧だというものがすべてニューエイジのカテゴリー、棚に収められるようになったという。たぶん70年代後半くらいからそうなったと思います。
だからたしかにデリケートな言葉だと思うしカルトみたいなものに対する揶揄という側面もあったと思うんですけど、いまやそういう文脈がなくなって棚問題もほとんどなくなって、三周くらい経て言葉だけが残ってどこかクールなもの、という印象づけが生まれて、逆に面白いと感じてます。
Kaoru Inoue Em Paz Groovement Organic Series |
■なるほどねー。タームの意味も時間のなかで変わっていくのはわかる。まあ、そういう意味で今回の井上君のアルバムはすごいタイムリーだったなって思うんだよね。1曲目から5曲目までは本当にパーフェクトだと思ったね。
井上:そこからは?
■チェロの音とか入るじゃない?
井上:それがあんまり良くなかった?
■すごくいいよ(笑)。最初のでだしとかすごい良くて。これなんで水の音からはじめたの?
井上:1曲目がさっき言った2006年のものに入っているやつで。その辺はあんまり意味性はないですね。
■エコロジー的なことなのかなって思ったんだけど。環境破壊問題的な。
井上:エコロジーは究極的な思想だとは思うんですけど。
■あれはたまたまだったんだ。
井上:振り返るとリズムですよね。水が、不規則ですけど、ループに聴こえるポイントがあるんじゃないかなって。というのはありました。
■これは何人で作ったの? ひとり?
井上:これは当時レコーディングしたのがチェロしかり、タブラしかり、残っていて一部の曲で再利用していますね。
■『Slow Motion』のプロジェクトのときに?
井上:そうですね。タブラ、ギター、バイオリン、それぐらいかな。ぼくもエレキ・ギターは弾いていますね。それが使われています。
■音源としては昔の音源を再構築したんだ。
井上:全曲ではないですが、再構築も含まれています。音響的な部分は、いまの自分が好きで買って聴いているような音と並べて聴いてみたりとか。ミックスは全部自分でやったんですけど。ミックスひとつとっても、微妙な潮流があるので。リメイクして、ミックスをし直すだけで、何かすごくアップデートされたり。自分で再発しているみたいな気持ちはあります。あとマスタリングを~scapeのPOLEことStefan Betkeが手がけていて、最終的にさらにアップデートされた感じです。
■ぼくはここ5年はUKのとかよく聴いてるんですよ。
井上:どういうものですか?
■ダブステップ以降ですかね。ディストピックなものというか。井上君は同じ時代を生きていても、表現の仕方がそういう風にはならないよね。かつては同じように、ポップ・グループを聴いていたわけじゃない?
井上:なかなかディストピックにはならなかったですね(笑)。でも、今後なるかもしれないですね。ただそれに、埋没したくないというか。難しいですね。自然にそうなっている部分もあるんで。何かを課してやっているわけでもなく。ひとことで言うと暗い音楽好きですね。PiLとか。突き抜けていて、思想性の裏付けの裏に暗さといったらいいか……。大好きでしたけど。でも、いまそれをことさらやろうという感じではなかったですね。
■ところでさ、DJのブッキングがはいらないとやっぱ不安?
井上:それはありますね。でもそれは自分がすでにさんざんやってきているじゃないですか。当たり前なんですけど、自分がすごいブックされていたときの年齢の人間がいま活躍しているって当たり前ですよね。機動力の違いっていうのと、あと、コミュニティも変わっているし。自分たちがやっていた頃のお客さんも、みんな来なくなっていますよね。
■そりゃそうだろうね。みんな良い歳してさすがにこう……(笑)。
井上:ですよね。家庭もできてっていうのが大きいですよね。ぼくも遊びには行かなくなってしまっていて。それもどうかなと思っていたんですけど。それすら度外視して、いまはとにかく作りたいですね。
■最後に、井上君の90年代ってどういう時代だったと思う?
井上:90年代はクラブ・ミュージックの成熟進化ですね。
■成熟進化の始動だよね。
井上:ただはじまりであっても拡散しているものが、目に見えて成熟しているものを目の当たりにしているような時期だった。たとえば、日本の社会的な背景がどういうものだったか考えると、95年以降っていう話になるじゃないですか。そういうものを完全に度外視されてしまうような吸引力が、クラブを軸にした音楽にすごくあったんではないかと。自分自身の経験に即して言うとあったような気がしますね。あと、渋谷が世界一レコードの在庫量があって売れていた時代ですよね。90年代後半って。音楽産業もピークだったし。
■ただ、このDJカルチャーにしては、むしろ勝手にやっていたから大きくなったっていた気がするけど。自分も当事者のひとりとして思うね。誰もこんなものが職業になるなんて思っていなかったわけじゃない? 有名人になりたくてやったわけじゃないし、新しくて、面白いからやっていたわけであって。
井上:あんまり総括っていうのができないんですよね。でも傾向みたいなものはありますよね。野田さんはどう思います?
■オルタナティヴな共同空間っていうものは、具現化できたんじゃないかなって。音楽をエンジンにして。それは、政治思想をもたない政治的な運動だったと思うのね。ただし、思想を持たないがゆにえ脆弱さもあったけどね。
井上:まさに、レイブカルチャーそのものというか。
■誰かひとり仕掛け人がいてっていう世界ではないからね。いろんな
人たちが、いろんなことを、ただ好きだからやった。すごく無垢だったと思うよ。
井上:レイブ・カルチャーの良さみたいなものはたしかにそうだったなと思うんですけど。ぼくは東京都内の小箱カルチャーみたいなところにいたから。
■いや、だからこそ小箱カルチャーがいいんじゃない?
井上:そうですね。独自のコミュニティで完全にそうですね。
■ぼくだってそうだよ。小箱カルチャーから来ている。30人いれば今日入っているなみたいな(笑)。
井上:そうですね(笑)。客引きじゃないですけど、クラブの前で、「一杯おごるから行かない?」とか女の子に声かけて(笑)。そんなことやっていましたよ。笑っちゃうんですけど。
■(笑)逆にいまの方がいいと思うところって何?
井上:それは矢沢とか、ロックンローラーじゃないですけど、いまが最高みたいなのがしみついちゃっているんで(笑)。80年代の音楽がおもしろいなっていうのがいまありますけど、それはなぜなら掘り起こしてる人がいるから目に見えてくるもので。そういう過去は参照するんですけど、あのときは良かったなみたいなのは思わなくなりましたね。いま、その瞬間どんだけ自分があげられるかしか主眼がいかなくなっている。全然食っていけねぇなとか本当具体的にいろいろあるんですけど。ブッキングされないなとか(笑)。
■はははは、しかしはからずとも『Em Paz』には初期のシーンの無垢さが出ていますよ。今日はどうもありがとうございました。
取材:野田努(2018年4月06日)