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interview with Ralf Hütter(Kraftwerk)

interview with Ralf Hütter(Kraftwerk)

マンマシーンの現在

──ラルフ・ヒュッター(クラフトワーク)、インタヴュー

取材:野田努/協力:赤塚りえ子    通訳:Aimie 写真:小原泰広   May 13,2019 UP

私たちの音楽は最初から先見の明がありました。流行を意識して作ったわけでありません。それは時代を超越したなにかです。クリング・クラング・スタジオそのものがコンセプトでした。

21世紀に入って2枚のライヴ・アルバム(2005年の『ミニマム・マキシマム』と2018年の『3-D The Catalogue』)を出しましたが、いまのあなたは新しい曲を作ることより、昔の曲をどのように更新することができるのかということに関心があるのでしょうか?

ラルフ:私たちの音楽は最初から先見の明がありました。流行を意識して作ったわけでなかったんです。それは時代を超越したなにかでした。クリング・クラング・スタジオそのものがコンセプトでした。マルチメディアがクラフトワークのコンセプトであり、すべてのコンポジション(作曲)がコンセプト・コンポジション(概念の作曲)みたいなものです。変えたり、足したり、即興したり、再プログラムもできます。マンマシーンがそこでいろんな心理的かつ物理的な部分で稼働します。クラフトワークは私、そして当時のパートナーだったフローリアン・シュナイダーがエレクトロ・アコースティックをコンセプトにはじめました。そのときのコンセプトを元に、ほかのアーティトやミュージシャンやテクニシャンと一緒に制作をするようになりました。マンマシーンは段階を踏んだり、変わり続けたりしています。いまの時代に関連性があるからこそ“レディオアクティヴィティ”も再プログラムしたんです。1975年のテーマが現代のテーマとしても存在していますよね。

通訳:常に成長したり、変わり続けているってことですか?

ラルフ:はい。ツール・ド・フランスの2003年の100回目記念のタイミングでアルバム『ツール・ド・フランス・サウンドトラック』をリリースしましたが、去年はオープニングを飾らせてもらいました。いわばスポーツ・オーケストラと私たちが興味を持っているアートとを融合させたような試みでした。「科学」、「アート」、「社会」、これらは分けて使うべき言葉ではないと思います。私たちは同じ世界で生きていて、アーティストは音楽に止まらず、社会的創造性に関与しています。音楽が文献や映画と関連性があるからこそ、私たちはアニメーションやCGを使うんです。私はクラフトワークで使うヴィジュアルにとても興味があります。それは言語のようなものだと考えています。言葉で伝えることもありますが、イメージや音楽でしか伝えられないものもあると思います。つまり総合芸術ですね、いまもっとも興味があるものは。

もともとパーカッションが2人いましたが、1980年代以降のクラフトワークは、1970年代よりもリズムに重きがおかれていますよね。実際、ディスコやクラブでもヒットしていました。いま現在のテクノロジーにおいて、電子化されたリズムにはまだまだ開拓の余地があるとお考えでしょうか?

ラルフ:70年代にパーカションが2人いたのは、当時もマシーンをある程度使っていて、しかしまだ不安定であって、リズムを安定させないといけなかったからです。1990年代からはコンピュータやシークエンスを導入したので、いまはもう2人は必要ないんです。いまは境界線のないプログラムされたリズムやアニメーテッド・リズムがあり、人間のメカニカル・スキルも高いです。70年代はメンタル・プログラミングをする方法を探していたんですけど、まだ存在していませんでした。知ってると思いますけど、昔のコンピュータはめちゃくちゃ大きかったんですよ。90年代からはラップトップが普及して、そこから専門業界でしか使えなかったツールが私たちも使えるようになったんです。お陰様で音楽の方向性が大きく変わりましたよね。

通訳:探し求めていたリズムを見つけることができたってことですか?

ラルフ:そうです、そうです。1976年に使っていたひとつのアナログ・シーケンスがあったんですけど、すごく大きなノブが付いていて、じつに不安定でした。いちどパリでのライヴ中にパリ内の大きな工場が次々と閉まっていて、エレクトロ・システムにショックが起きてしまい、私のアナログ・システムが全部消えてしまい、テンポもめちゃくちゃになってしまったことがありました。いまはすべてがパソコンのデータにあり、安全に機能しています。

赤塚:数年前に〈クラフトワーク 3D CONCERTS 12345678〉の日本ツアーを拝見しました。2016年はロンドンで3Dコンサートを拝見させていただきました。今回のライヴは3Dというカタチのコンサートの集大成なのでしょうか?

ラルフ:いや、まだまだ発展しますよ。すべてがライヴですから。赤坂で披露したパフォーマンスは2012年にニューヨークのMOMAではじまったものでした。「Ktaftwerk catalogue」としてのライヴです。6枚のアルバムたちに捧げる形を6時間かけて披露しようと考えたんですよ。しかしひと晩ではとても無理があったので、ひと晩で1枚のアルバムを演奏することにしました。とはいえ、『レディオアクティヴィティ』はヴァイナルで40分しかないレコードだったので、さすがにそれは短かすぎるということで、他の作品からの曲を混ぜてやりましたけどね。
 この形のライヴはホッケンハイムやLAのディズニー・ミュージアム・コンサートホール、ニュージーランドやベルリン美術館、シドニー・オペラハウス、そして赤坂Blitzでやりました。ミュージアム・カタログが終わった後はまたコンサートホールやフェス、ツール・ド・フランスでもやるようになりました。サラウンドサウンド・スピーカーを設置できるところではサラウンドサウンドを使って、同時にまた3Dヴィジュアルも使いました。
 今回はいろんなアルバムからいろんな曲を持ってきて、混ぜて2時間のライヴをやっています。いまのところ2回しかやっていないんですけどね。最後にやったのがベルリンのオリンピック・スタジアムでした。オリンピックには反対しますが、ライヴのために会場は使っています(笑)。

ライヴをやっていくなかで、曲に込められた意味は、それが作曲された当時から変わることはあるのでしょうか? たとえば、“レディオアクティヴィティ”はあの曲が作られた1975年のときとは違った、よりシリアスな問題提起になっていると思いますし、“ロボット”という曲が作られた1978年は、AIがいまのように普及し、“ロボット”が身近に感じられるようになる今日よりも、ずいぶん前の時代でした。

ラルフ:気持ちは確実に違います。“ロボット”の歌詞は1977年~78年に書きました。あの歌詞では、ロボットは私たちが求めることをなんでもやってくれると歌っています。しかしこの場合のロボットという表現はマシーンの暗喩ではなく、クラフトワークにはロボットのような資質があるという意味を込めています。ロボットはチェコ語で「労働」、「働く」という意味です。それが語源です。この曲は労働について歌っていて、ゆえに少しブラックユーモアも込められています。
 私たちは踊るメカニックです。クラブに行けば人はロボット・ダンスを踊っていますよね。ある種の社会学的素質みたいなもの説明しているような感じです。前回の赤坂ライヴではロボットを披露していませんでしたが、今回はしっかりプログラムして持ってきていますし、今夜から披露できます。昨日は不備があって使えなかったんです。税関でチェックされてるときに壊されてしまったんです。しかしなんとか再プログラムができたので、今夜はしっかり見れますよ。
 曲に込められた意味がよりリアルになることもあります。(その主題は)時間と人間と関わりがありますから。ときに成長をしたり、ときに減少したりもします。ヨーロッパや日本、韓国、来月行く予定の香港など、行く国によって曲のテーマがよりリアルになることもあります。
 質問の後半ってなんでしたっけ?

“レディオアクティヴィティ”もそうですよね?

ラルフ:そもそも“レディオアクティヴィティ”はコンビネーションについての曲でした。エレクトロニック・ミュージックとラジオとの関連性はとても重要です。エレクトロニック・ミュージック自体がラジオ局やラジオのツールから生まれてきたものですからね。昔はフランスやドイツで深夜ラジオから流れるエレクトロニック装置の音を聞いていたんですよ。
 放射能は、ドイツと日本にとってよく議論されるテーマですよね。何年か前に東京で行われた(坂本龍一主宰の)〈No Nukes〉に出演しました。そのとき坂本龍一が私の歌詞を少し日本語に訳してくれたんです。いまでも訳してもらったまま歌っています。私たちの音楽はオープンでシンフォニックなコンセプトがありますから。おかげさまで、“レディオアクティヴィティ”には「日本の放射能」という日本語の歌詞が入りました。私は日本語は喋れませんが、音声的に歌えるように龍一が訳してくれたんです。だからいまは歌えています。
 私たちの音楽は時代とともに変わります。印刷をすればモノが完成するという出版物とは違います。(曲は)生きているし、時間とともに働きます。私たちはアートの世界から来たんです。人生のなかのハプニングがアートになり、60年代後期の出来事から生まれています。映像やヴィジュアルや言語とともに作り上げているんです。
 そうだ、あなたがたにあとでロボット見せましょうか?

一同:ぜひ!

ラルフ:ただ、ときどきロボットを見た途端、私たちに興味をなくす人たちがいるんです(笑)。ただ興味をなくすんです。じつに興味深いリアクションですよね。

『MIX』のころから、ライヴやアートワークで自分たちをロボットに見立てていますよね。

ラルフ:マシーンへの感嘆なんですよ。だから私はクラフトワークがマシーンであるという風に歌詞を書いたんです。音楽の世界では人間とマシーンのあいだにインタラクションがあります。ミュージック・マシーンと表現していただいてもいいです。マンマシーンは人生のなかの人間である証明になる心理やシチュエーションを表現しています。マシーンとともに生きるという表現もあります。さっきも話したように昔はパワー障害で音が使えなくなったというのに、昨日はリハーサルで一瞬トラブルがあり、2秒ほど音が止まってしまいました。が、すぐに何もなかったかのように元どおりになったんです。

ロボットに関して、デトロイトのマイク・バンクスが英『WIRE』の取材で、とても面白いことを言っています。自分たちの影響がクラフトワークで良かったのは、ロボットには人種も年齢もないからだと。こうした解釈をどのように思いますか?

ラルフ:マイク・バンクスは仲の良いデトロイトの友だちです。90年代にイギリスで行われたテクノのフェスティヴァルで共演したんです。

赤塚:私もそこにいました!

※1997年のトライバル・ギャザリング:フェスの開催中にクラフトワークのライヴがはじまると、デトロイト・テクノのテントはリスペクトを込めて自らそのテントを閉めた。また、今回のライヴにおいても、クラフトワークが21世紀に発表している数少ない新曲のうちのひとつ、“Planet Of Vision”(“エキスポ2000”のURリミックスが元になっている)を演奏し、ドイツとデトロイトとのテクノ同盟を主張している。ちなみにその歌詞のサビはこうだ。「Detroit Germany We're so electric」

ラルフ:マイクがいう、人種を越えているという解釈は真実だと思います。彼は正しいことを言っています。音楽になんらかの価値があるとすれば、それは音楽がオープンであるところ、音楽を使って通信ができるところ、音楽に波があることや音楽というもののイメージが分離されておらず、劣化もしないところだと思います。
 ベルリンの壁がまだ建っていた頃、私たちは東ドイツでライヴをすることが許されていませんでした。でもラジオ波は壁を越えました。そして壁の向こうにいる人たち、ロシアやポーランドやチェコにいた人たちが私たちの音楽を聴いていたんです。1989年に壁が崩壊したその年に初めてベルリンでライヴができたんですけど、お客さんがみんな私たちの音楽を知っていました。壁は物理的にその場所に行くことを防ぐことはできても音楽を止めることはできませんでした。音楽とラジオ波はグローバルなんです。
 そうそう、もうひとつ言わなければならないのは、私たちはもちろん60年代のモータウンやソウル、ファンクなどのデトロイト・ミュージックにインスパイアされていたということです(笑)。

ここ数年のクリング・クラング・スタジオにおける……

ラルフ:あ、もうひとつ言い足してもいいですか? 私たちはホアン・アトキンスとも仲がいいんです。彼はクラフトワークのシーケンスにインスパイされてサイボトロンを結成したアーティストです。こうして、音楽が人を繋げたり、お互いにインスピレーションを与え合ったりできるきっかけにることは、素晴らしいことですよね。あ、ごめんなさい(笑)。

取材:野田努/協力:赤塚りえ子(2019年5月13日)

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