Home > Interviews > interview with Lex Blondel (Total Refreshment Centre) - すべて新録、UKジャズのトップ・プレイヤーたちが集結したコンピレーション
シャバカ・ハッチングスの誕生日に、〈ブルーノート〉のドン・ウォズが来たことがきっかけだった。たしかジャイルス・ピーターソンが彼を連れてきてくれたんだけど、中を案内して自分たちの活動を説明しスタジオで作った作品を聴かせたら気に入ってくれたんだ。1970年代のデトロイトにあった音楽を作っていた空間を思い出したって言っていた。
■スタジオ運営と並行して、ヴェルス・トリオ、ニュー・グラフィック・アンサンブル、マカヤ・マクレイヴンなどの作品リリースもおこなっていますね。こうしたレーベル運営のディレクションはどのようにおこなっているのですか?
LB:いろいろなやり方でやってきたんだよね。ヴェルス・トリオは全部自分たちでやったね。これらのリリースにおける僕の役割は基本的にA&R、つまりミュージシャンや楽曲のアイデアを現実のものにすること。プロデューサー、ミックス・エンジニア、マスタリング、クールなアートワークの発掘、ヴィデオの作成、ディストリビューションなどで、様々な人と仕事をしてきた。
僕の仕事は基本的にTRCにミュージシャンやバンドを迎え入れて、その音楽で最高の結果を出すために周りにいる人たちと協力すること。もうひとつ、1年半前に出た作品があって、ダン・リーヴァーズとアラバスター・デプルームのもの。彼らはやはり長年に渡って一緒に仕事をしてきた仲間。いざアルバムを作るとなると、スペースにスタジオがあるから、半年間ノンストップで自分たちのものを作れる。スタジオに入って3日間で全部レコーディングするというようなことはそんなにない。スタジオで一気に録音するよりも、2日間くらいかけて録音したものを分解して、オーヴァー・ダブして再レコーディングするなど、プロセスが長い。いろいろなやり方があるんだ、それぞれアーティストによって違うけど。
いままた取り組んでいるプロジェクトで、今月レコーディングするニュー・リージェンシー・オーケストラという20人編成のバンド、アフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラがあるんだけど、それはまた全く違うプロセスだね。チャートを作って、リハーサルをして、セクションごとに全てのミュージシャンを録音して、それを編集して、リミックスする必要があるんだ。どのプロジェクトも、実現する方法が違う。
■こうしたレーベル活動の一環として、今回コンピレーション・アルバムの『トランスミッションズ・フロム・トータル・リフレッシュメント・センター』をリリースします。このアルバムをリリースする主旨や目的について伺えますか?
LB:シャバカ・ハッチングスの誕生日に、TRCに〈ブルーノート〉のドン・ウォズが来たことがきっかけだった。たしかジャイルス・ピーターソンが彼を連れてきてくれたんだけど、中を案内して、自分たちの活動を説明し、スタジオで作った作品を聴かせたら気に入ってくれたんだ。1970年代のデトロイトにあった音楽を作っていた空間を思い出したって言っていた。話していく中で彼は、「君たちはいい仕事をしているようだから、一緒にアルバムを作ろう」と言ってくれたんだ。彼は僕たちがやりたいことを何でもできるように自由にやっていいよって言ってくれた。それから新型コロナウイルスが起こり、ロックダウンが起こったことで、どうしたいかを考える時間がかなりあったんだ。
基本的には長年にわたるヴァラエティ溢れる折衷的なタイプの音楽、そして様々なタイプのサウンドを持つバンドを紹介したかった。それが実現できたと思う。7つのトラックは、一度は一緒に仕事をしたことのある人たちによるもので、どれも全く違うものだ。サッカー96とラッパーのキーラン・ブースは初めて一緒に仕事をしたんだけれど、彼らにとってコラボレーションという要素がとても大きいんだよね。僕が彼らを互いに紹介し、ちょっとうまくいくかもしれないってなった。レザヴォアはシカゴ出身だけど、彼らがロンドンに来たときに一緒に仕事をしたことがあった。じつは僕らが企画したボイラー・ルームのセッションのために来てくれたんだ。で、それが終わってからこのアルバムのためにトラックをレコーディングしようということになった。チャールズ・トリヴァーの “プライト” という曲のカヴァーを提案した。彼らはスタジオに来たとき、技術的にできないんじゃないか、トラッキングが非常に難しいという疑念を抱いていたんだけど、スタジオに入ると基本的に一回目を完璧なピッチでこなした。結局彼らはそれを取り上げて分解し、全く異なるヴァージョンに仕上げた。なぜなら、彼らは自分たちのスタイルを入れたかったからだ。ミュージシャンやバンドがコラボレーションする中で、その場で何かを再現してしまう、信じられないような光景を目撃できた。4、5時間かけて曲を書き換えて、新しい作品に仕上げたんだからね。
このアルバムは、スタジオでのサウンドもそうだけれど、僕たちと繋がりのある人たちや過去にたくさん一緒に仕事をしたことのある人たちにも参加してもらって、スタジオに入ってもらって、僕たちのごちゃ混ぜのこのスタイルをうまく見せられていると思う。
サッカー96とキーラン・ブース
スタジオはもうひとつの楽器のようなものだと思うんだ。僕たちのスタジオに人が集まる理由は、音にこだわりがあって、その前後でエンジニアがクリエイティヴなサウンドを作ってくれるからだと思う。
■録音に参加したアーティストはどのような観点から選んだのですか? バイロン・ウォーレンのようなジャズ・シーンのヴェテランから、サッカー69のようなジャズや他の音楽をまたぐ活動をする新しいアーティスト、ニュー・グラフィックのようなジャズの中でもクラブ・ミュージック、ストリート・ミュージックに近いタイプのアーティストと、いろいろな種類のアーティストが参加しているのですが。
LB:先ほども言ったけど、折衷主義であることが大きいね。ここ数年は、このシーンの中の特定の若いミュージシャンにしか脚光があたってこなかった。もちろん、それはとてもいいことだと思うよ。それがきっかけとなって、新しい世代のミュージシャンが、こんなことができるんだ、こんな新しいジャズの見方があるんだと、刺激を受けるようになったからね。また、チャーチ・オブ・サウンドというライヴ・イヴェントも開催している。僕たちはジャズの大ファンだけど、若い世代だけを通してジャズに親しんだ訳ではない。僕たちはずっとジャズを聴いてきたジャズ・ファンだから、新しいシーンが爆発する前からそのシーンを知っていたんだ。バイロン・ウォーレンのように、知識の宝庫で本当に優秀な作曲家もいる。彼らはひと通りやりつくしてきたし、伝説的な存在で、その音楽は本当に素晴らしいけど、彼らのことを知らない人たちに彼らを改めて紹介しなければならないと思っている。
どのバンドにも言えることだけど、トラックを依頼したり、アルバムを作ったりするときって、「彼らなら素晴らしい仕事をしてくれるだろう」という大きな信頼があるんだ。だから端的に言うと、それが基準だったと言えるかもしれない。この人たちは素晴らしい音楽を作るだけでなく、何かを構想し、素晴らしいものを作り上げることができるんだと。あとは機会を与えるということでもあるよね。誰もが知っているような有名アーティストを起用することもできたし、露出という点で各バンドの利益にもなるし、そこが繋がるっていうのも素晴らしい。バイロン・ウォーレンなんてある意味伝説的な存在だから、アルバム5枚作りたいくらいだ。とても意味のあることだと思うし、彼がアルバムに参加してくれて本当に嬉しい。基準は基本的に素晴らしい音楽を作るために信頼できる人たち、それだね。
バイロン・ウォーレン
まさにジェントリフィケーションだね。だから場所に関しては、僕たちは永遠にはあそこにいられないとはわかっている。残念ながら300万ポンドは持っていないから、誰か持っている人がいれば教えて欲しいね。
■メルボルン出身のジギー・ツァイトガイストによるツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ、シガゴのレザヴォアなど、ロンドン以外のアーティストも参加しています。マカヤ・マクレイヴンのときもそうでしたが、TRCがロンドンに限定することなく、より広い視野で世界中のアーティストたちの活動の受け皿になっている事を示していると思います。こうした点についてはどのようにお考えですか?
LB:僕たちは多くの国際的なアーティストがロンドンに来て演奏するときの拠点としてとても重要な役割を担っている。(レザヴォアやマカヤ・マクレイヴンなどが所属するシカゴのレーベルの)〈インターナショナル・アンセム〉の皆は、基本的にロンドンにいるときはリハーサルのためにスタジオでレコーディングしたり、純粋に遊んだり、スタジオで一緒に時間を過ごすんだ。ジギー・ツァイトガイストはいまはベルリンに拠点を置いているけど、TRCはロンドンにあるから、ライヴをしに来るときもここに来てリハーサルをする。つねにコラボレーションの機会があるし、アーティストたちは、新しいバンドが結成されたり、新しいプロジェクトやレコーディングがおこなわれたりする可能性があることに価値を見出しているんだろうね。
これらのことはすべて、アーティストとして非常に価値のあることだし、それ以上に人びとが利用できるネットワークがあるんだと思う。というのも、このスタジオで何かが作られると、結構興味を持ってもらえるんだ。10年前からやっているから、このスタジオから面白いものが生まれるということを皆知っているんだ。でもその先にあるのは、「入ってきてくれたら、皆友だちになれる」という考え方だと思う。つまり、「たまり場」という要素がとても重要なんだ。シンプルにリハーサル、レコーディング、コラボレーションができる可能性があることだよね。
ツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ
■スウェーデンとエリトリアをルーツに持つミリアム・ソロモンをフィーチャーしたマターズ・アンノウンというグループが参加していますが、これはどのようなグループなのですか?
LB:マターズ・アンノウンは、ヌビアン・ツイストというバンドのトランペット奏者であるジョニー・エンサーが率いるバンドで、彼の新しいプロジェクト。〈ニュー・ソイル〉というレーベルからアルバムをリリースしているよ。ロックダウンの直後に、僕たちのスペースでミュージック・ヴィデオを撮影したことがきっかけで知り合ったんだ。セッティングのためにバンド・リーダーのジョニーがかなりの頻度で電話をかけてくるうちに、すぐに仲良くなった。彼らと一緒にさっき話したチャーチ・オブ・サウンドというライヴ・イヴェントをやったんだけど、僕は最初から彼らの音楽の大ファンで、かなり大々的なサポーターだったこともあって、けっこうライヴに出しているんだ。
入っているミュージシャンは皆すごいよ。ミリアム・ソロモンは今回スポット的にフィーチャーされているけど、彼女はここロンドンで様々なバンドと一緒にやっている。彼らの他の作品をチェックするといいよ。アルバムを出していて、それもとてもいいんだ。
■マイシャのジェイク・ロングが “クレッセント(シティ・スワンプ・ダブ)” という曲をやっています。マイシャのようなアフロ・ジャズとは異なり、重厚なダブ・サウンドを聴かせてくれるのですが、このようにエレクトリックなダブ・ミックスを収録したのは、TRCがたんにライヴの生演奏だけではなく、スタジオのポスト・プロダクションにおいてもアーティストたちの活動をサポートしていることを示す一例なのでしょうか?
LB:もちろん。ダブの要素はスタジオ・プロデューサーのキャピトルKが得意とするところ。全体のダブ要素、全体のミックスとダブの要素は、かなりスタジオでやっていることだ。スタジオはもうひとつの楽器のようなものだと思うんだ。僕たちのスタジオに人が集まる理由は、音にこだわりがあって、その前後でエンジニアがクリエイティヴなサウンドを作ってくれるからだと思う。それが大きな理由だと思うけど、それ以外に長年に渡ってライヴで演奏される音楽の種類や参加しているバンドの影響からダブの要素もあるのかもしれないね。空間とプロダクションが関連づけられているっていうのもあるかもしれない。
スタジオにいるプロデューサーはよく、1980年代初頭のアナログ機器が手頃な価格で手に入り、しかも本当に良いものだったころの夢のホームスタジオのようなセットアップだと言うんだ。いま、スタジオは確実に進化していると思う。24トラックのオープン・リール・テープ・マシンがあって、あらゆる種類のアート・ボードやシンセサイザーなどがあるんだ。すべてが完全にアナログで、80年代のポスト・パンクやダブ、エレクトロニック・ミュージックで使われていた機材があるっていうことがいいんだろうね。そうしたものを使うと、そこに音の個性が出るんだ。アコースティック・バンドをレコーディングして、スタジオに入ってミックスすると、機材やプロデューサーのスキルによって、まったく違うものができあがる。だからこそ、音を形作るにあたってスタジオが大きな役割を果たすと思うんだ。
■最後に、今後TRCをどのように発展させていきたいかお聞かせください。
LB:いまいるビルが永遠に使えるかどうかはわからない。こんなに長くいられたっていうのだけでも恵まれている。注目されている地域にあるとても古いビルなんだ。地価が上がって誰かが建物を買い取り、壊して、新しいマンションを建てちゃうって、ロンドンではよくあることだからね。まさにジェントリフィケーションだね。だから場所に関しては、僕たちは永遠にはあそこにいられないとはわかっている。残念ながら300万ポンドは持っていないから、誰か持っている人がいれば教えて欲しいね。
そこで、次のステップとして、TRCのデジタル・フットプリントのようなドキュメントを作りたいと考えている。できる限りレコーディングを続けながら、この空間を多くの人に見てもらうためにドキュメンタリー風に記録して、音の背後にあるものをヴィジュアル的に示すようなコンテンツをオンラインで作成する、ということだ。そしてその先には、コンサートをしたり、デジタル・コンテンツを持ってなるべくいろいろなところに行って、コラボレーションも生み出したいね。レーベルについては、一緒に仕事をしたいバンドや、進行中のプロジェクトがたくさんあるから、まだまだ続くだろうね。
今年はとにかく、ドキュメントを作り、TV番組のようなイメージで、コンテンツのようなものを作っていこうと思っている。ライヴを収録したり、ライヴ・バンドにインタヴューしたり、観客をデジタル空間に招待して、あそこにいる人たち、彼らが何をしているのか、どうやっているのか、舞台裏をたくさん紹介するつもりだよ。
質問・序文:小川充(2023年3月30日)
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