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Home >  News >  RIP > RIP Paul Bley - 追悼:ポール・ブレイ

RIP

RIP Paul Bley

RIP Paul Bley

追悼:ポール・ブレイ

文:松村正人 Jan 12,2016 UP

 弁護士にしてエスペランティスト、バーナード・ストルツマンが1964年にたちあげたESP-Disk――ESPはエスペラント語の頭文字に由来――はオーネットとセシル・テイラーが拓いたフリージャズの耕地からの最初のまとまった収穫といえるもので、ビル・ディクソンがしかけたジャズの十月革命とともに、60年代なかばのニューヨークはフリージャズの夢に浮かされることになるが、ESPの66年あたりに俗に「顔ジャケ」と呼ばれるアルバムがかたまっているのを読者のみなさんはおそらくご存じあるまい。というのも、俗もなにも、そう呼んでいるのは私だけだからであるが、目くじらを立てずにもうしばらくおつきあいいただくとして、カタログ番号1021を皮切りに1026のヘンリー・グライムス・トリオ『The Call』(1026)までをひとかたまりに、番号とんで、チャールズ・テイラー『Ensemble』(1029)、ノア・ハワード・カルテット(1031)とサニー・マレーの『s/t』(1032)もこの括りにはいる。パティ・ウォーターズの『Sings』(1025)は王道顔ジャケだが、1055番の『Collage Tour』のカヴァー写真の影になった眼窩によく見るとうっすら目玉がすけているに気づいたときは、夜中だったもんでさすがにギョッとしました。ジャケの呆けた笑みと、低温で燃焼するようなヴォーカリゼーションをジュゼッピ・ローガンのフルートが煽るこのアルバムを私は顔ジャケの横綱に推挙したい。それに対抗できるのは、洞穴のような狂気を思わせるフランク・ライト・トリオ(1023)のジャケットしかないと思うのだが、こっちはいくらか「顔負け」した典型的なフリージャズ――なに? 典型的なフリージャズ? ジャズの枠組みを外すことを目するフリージャズに様式を認めるこの形容は、ジャズの即興を問うなかで何度も蒸しかえされた命題でもあり、いまもって正解はない。しかも時代がくだるごとにアーカイヴが膨らめば、あらたな即興の可能性はそれと反比例して縮減する。もちろんこれは単純化した数字の話にすぎないし、当時を現在の観点で論ずる誤謬もあるにしても、ジャズの前衛から欧州の即興者を中継し音響の文脈のウラに貼りつき、隙あらば前景化したがるこのテーマに私たちは何度もたちかえってきた。ベイリーであれ間章であれ、実践であれ批評であれ、原理に降りるには意思の力は欠かせない。私はその厳しさが内在させる美しさを否定する気は毛頭ないが、形式に内容を充填することで、さらに上位の形式を、普遍の域までとはいわないまでも、高めたがるものもいなくはない。

 ポール・ブレイはジャズで、ジャズという様式そのものを問いつづけることでそれをおこなった数少ないミュージシャンだった、と私は思うのである。

 ESPの「顔ジャケ」シリーズはカタログ番号1021、彼の精悍な顔つきを大写しにした『Closer』(66年)を嚆矢とする。もっともブレイはその前に『Barrage』(1008 / 65年)をESPにのこした。リリース前年に吹きこんだこのアルバムはミルフォード・グレイヴスとエディ・ゴメスのリズムにデューイ・ジョンソン(tp)と、ちょうどニューヨークに出張っていたサン・ラーのアーケストラからマーシャル・アレン(as)の二管を加えた布陣で、カーラ・ブレイのオリジナルを演奏しているのだが、曲も音もオーソドックスなフリージャズの域を出ていない。それが翌年録音の『Closer』では曲の尺はこの手のものにしては極端に短く、作曲者の意図に沿い、ときにそれを超えるところまで音楽をいかに飛躍させるか、アドリブはそのためのスプリングボードとなっている。と書くと、あたかも即興を軽視したようだが、1932年、カナダのモントリオールに生まれたブレイがビバップを知悉したピアニストとして――チャーリー・パーカーとの共演歴もある――当地のシーンを牽引し、ミンガス、マックス・ローチとデビュー作でわたりあったように、ブレイのプレイは巨人たちにひけをとるものではなかった。おしむらくは、生来の耳と手と頭のよさが身体性の突出をさまたげたところはなくはなかった。とくにフリージャズという情動の発露の側面のある方法ではポール・ブレイは異質だった。怒りもなければ抒情に流れすぎない、アイラーのような楽天もなければ、セシル・テイラーの鋭さともちがう、ビル・エヴァンスの系譜に連なるかもしれないが、彼のピアノは彼よりも、ただ音楽をあらわす。それはひとえに音楽への、ひいては他者を感受する力がもたらすものであり、ポール・ブレイは生涯をかけてそれを貫いた。

 余談になるが、いや余談ではないのだが、60年代なかごろ、ポールの盟友にして伴侶だったカーラ・ブレイは『Closer』をリリースしてほどなく、彼のもとを去り、ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラのマイケル・マントラーと暮らしはじめる。ロバート・ワイアットの『Cuckooland』(2003年)でも名前を見かけたカレン・マントラーはふたりの娘で、かわりにポール・ブレイは60年代初頭よりしばしば共演したゲイリー・ピーコックの妻であり、ジャズ・コンポーザーであるアネット・ピーコックと親密になり、アネットはゲイリーのものからポールにはしった。ポールとゲイリーはこのこともあって一時疎遠になったが、60年代後半にふたたび合流し、ブレイのたちあげたImprovising Artists Inc.から発表した『Virtuosi』(67年)ではアネット作の「Butterfly」と「Gary」の2曲をレコードの両面たっぷりに吹きこんでいる。後者は(元)夫の名前をとったのだろう。その抑制と解放はECMの作風をさきがけているが、私は逸話にことかかないジャズ史のなかでもこのエピソードに長年興味をそそられてきた。ゲスの極みといわれても仕方ないが、対話に比せられるジャズという演奏形態において、演奏者同士、あるいは作者とプレイヤーは音で対話するとき、そこに一瞬でも私情の過ぎることはなかったのか。イアン・マキューアンが長篇に仕立て、フランソワ・オゾンあたりがやおらメガホンをとりそうな、音楽家たちのこみいったロマンを、しかし音楽以上に一意に直截にあらわす方法は地球上にありえない、とポールは確信していた。そのためにもまず音という抽象物の背後にある作曲者と共演者のすべてに、その厚みにこそ耳を澄まさなければならない。推論というよりほとんど妄想だが、そうでなければ、100を超える多彩な作品とジャズ史を通観するような共演者にめぐまれるわけがない。ところが十日ばかり前、彼はたえることのなかったリリースをいったんきりあげることにした。ECMがリリースした『Open, To Love』の続々編ともいえる一昨年の『Play Blue (Oslo Concert)』をもって、その感受する力をそそぎつづけた音楽活動に終止符を打った。私はねぎらいのことばをかけられるほど熱心なリスナーではなかったかもしれないが、それでも、針を落とせば、ポール・ブレイのすべてに耳を傾けることができる。(了)

文:松村正人

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