ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  2. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  3. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  4. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. interview with Mount Kimbie ロック・バンドになったマウント・キンビーが踏み出す新たな一歩
  7. 『成功したオタク』 -
  8. Jlin - Akoma | ジェイリン
  9. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  10. Mars89 ──自身のレーベル〈Nocturnal Technology〉を始動、最初のリリースはSeekersInternationalとのコラボ作
  11. bar italia ──いまもっとも見ておきたいバンド、バー・イタリアが初めて日本にやってくる
  12. Chip Wickham ──UKジャズ・シーンを支えるひとり、チップ・ウィッカムの日本独自企画盤が登場
  13. Ben Frost - Scope Neglect | ベン・フロスト
  14. exclusive JEFF MILLS ✖︎ JUN TOGAWA 「スパイラルというものに僕は関心があるんです。地球が回っているように、太陽系も回っているし、銀河系も回っているし……」  | 対談:ジェフ・ミルズ × 戸川純「THE TRIP -Enter The Black Hole- 」
  15. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  16. KARAN! & TToten ──最新のブラジリアン・ダンス・サウンドを世界に届ける音楽家たちによる、初のジャパン・ツアーが開催、全公演をバイレファンキかけ子がサポート
  17. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  18. 忌野清志郎 - Memphis
  19. Jungle ──UKの人気エレクトロニック・ダンス・デュオ、ジャングルによる4枚目のアルバム
  20. Savan - Antes del Amanecer | サヴァン

Home >  Reviews >  Album Reviews > RUMI- Hell Me Nation

RUMI

RUMI

Hell Me Nation

Popgroup

Amazon iTunes

水越真紀 Nov 15,2009 UP
E王

 『Hell Me Tight』『Hell Me Why?』に続く、Hell Me三部作の最終章だという。ポップになった前作は踏襲され、詩の内容は、周囲から社会全体への批評性に富んだ前作をさらに深化させている。テーマはそうした批評性に加え、表題のNATONを冠した「RUMINATION」というタイトルがほのめかすとおり、MC、RUMIのアイデンティティ宣言が印象深い。
 はじめに急いで言っておきたいのだけれど、"RUM"Iだのヒップホップというカテゴリーやイメージを越えるようなものすごい名曲も複数含まれている!(詳しくはまたあとで)

 トラックはKaoru Miura、YOUICHI、DJ MARTIN、SKYFISHらが作り、SHINGO☆西成、MACDDY、漢をフィーチャーしたものもあり、スタンダードなヒップホップが中心だがバラエティに富んでいる。が、どの曲も、とくに歌詞がすばらしい。高校時代に音楽キャリアをスタートさせ、"OL生活"をしながら音楽活動をしてきたRUMIも三十路を越え(というフレーズもちゃんと出てくる)た。というわけでいま一度、音楽で生きて行くことを選びなおし、そういう自分はどんな人間であるのかを、シリアスさと茶目っ気の絶妙なバランスで告白している。

 前作がリリースされた04年というのは、終わったといわれた戦争が泥沼への一歩を踏み出し、国内では集団ヒステリーのような小泉フィーヴァー収まりやまず、戦場で誘拐された若者たちの"非国民ぶり"を政府もマスコミもあげて攻撃していたころだ。合言葉は「空気を呼んで勝ち馬に乗ろうぜ!」で、それが「熱意と能力」の必須条件だった。しかし時は過ぎ。
 当時のすべてが否定的評価を受けていよいよ政権交代が起きた"チェンジの秋"に新作をリリースする(制作はそれ以前である)ということはある種のリスクが伴うかもしれない。この数年、30代を中心に批判してきた日本社会のある面と、40代後半以降の逃げ切り世代が懐古し始めた社会像とのギャップが切なくも微妙な瞬間的共闘を結んだ結果にも見えるこの政権交代は、中期的にはともかく短期的には、昨年までの常套的な批判的言説を陳腐に感じさせるだろうから。
 けれども、RUMIの社会批評はその陳腐化をまったく免れた。
 「成果には報酬を」を一つ覚えにした小泉政権が確信犯的に推進した政策に疲弊した社会では、「真面目に働く人に人間らしい生活を!」という"要求"が最大の項目に成り果てている。ずいぶん謙虚な願いだ。「真面目に働かない人間にも人間らしい生活を! 真面目に働いたらそれ以上を!」と、それが20世紀の"先進国"がようやく到達したシュプレヒコールだったというのに。
 RUMIの宣言は、ある意味で00年代の"要求"を超えている。ハローワークの窓口で啖呵切ってるような「公共職業安定所」という曲では、「年齢制限越えてるけど心は19」だのと求人条件不適合の自分を売り込みながら、「ツアーに出るから長期休暇が必要」などとこっちから条件を突きつけはじめ、ついには「職安にないわ、私の職業」という結論にたどり着く。安定も儲けもない、未来なんて何も見えないけど、「限りない自由」だけを求めて、あたしはマイクを選ぶんだと宣言する。
 自己責任? そうじゃない。RUMIは社会にたくさんのことを要求する。社会が、自分のやり方、生き方で生き易いところになるようにたくさんのことを提案して、社会(の人たち)に変われば?、とアジってる。自由と引き換えに不安は引き受けるけど、それ以上のこと――たとえば空気を読んではみ出さないようにすることや他人の価値観を素直に受け入れることなんか――を強要されるのははっきりと拒絶する。それどころか、そんな生き方つまんないよと、「生きづらい」と縮こまる人たちを鼓舞して、巻き込んでいく。
 けれども彼女の煽りが素朴な「励ましソング」にはならないのは、彼女の自意識のクールさゆえだろう。「RUMINATION」というアルバム・テーマでもある自己認識、自意識への距離感がとても成熟している。

 子どもは生まれる場所、生きる場所を選ぶことは出来ない。どんな子どもも与えられた場所から生来的に生まれる苦痛を訴える。おとなになるということは、自分の立ち位置を自分で選びなおすことができるようになるということだ。経済的階層のことではなく、価値観というものを自分の意思で選んだという意識が人を大人にしていくのだと思う。自意識との対峙はその過程で試行錯誤され、自分にとっても周囲にとっても適正な距離感をとることができていくのではないか。その意味でRUMIの成熟はその可愛らしさにもかかわらず大人びている。分別ぶったり正論に屈したりするわけではなく、ポップと茶目っ気と他者への思いやりあるまなざしを発揮することで、結果的に自身を最大限に主張するといった巧妙さといえばいいのか。
 どの曲も捨てがたくリピートしたいが、「傑作!」と唸らされたのは"ゆけむり風呂ダクション"。妙齢の女が、妙齢ならではの疲れを癒しに行った風呂屋の大きな鏡の前でお腹をへこませたり、体重計に乗ったり、癒されたり文句言ったりしているんだが、スチャダラパーもかくやの多層なイマジネーションを喚起させる。
 もう字数制限を越えてるぞ、もう一つだけ、といわれたら"迷子"を挙げようと思う。自分で選んだ道でだって人は迷子になることがある。むしろ自分で選んだ道だからこそ迷うんだ。弱気にもなるし、引き受けたはずの不安や孤独だって放り出したくなることもある。そんな覚えのある女の子なら泣いちゃうよね。

水越真紀