Home >  Reviews >  Album Reviews > Derrick May- Heart Beat Presents Mixed By Der…

Album Reviews

Derrick May

Derrick May

Heart Beat Presents Mixed By Derrick May× Air

Heartbeat / Lastrum

Amazon

渡辺健吾   Mar 17,2010 UP
このエントリーをはてなブックマークに追加

 もう随分と前にリリースされたこのデリック・メイの13年ぶりのミックスCD。すでにele-kingでもデリック本人のインタヴュー記事が掲載されているし、推薦文書いてるのが野田編集長であるからして、もう大半の人が購入して聴いていることと思う。だったら、なんでいまになってレヴューを? ということだが、その推薦人に「たまにはケンゴのデリック・メイ論を読んでみたいじゃないか」などと言われてしまったからだ。いやぁ、論などというほど立派なものをもちあわせてるわけじゃないんだけど。そう、でもそれで思い出したのは、1993年5月、ロンドンで体験したデリックのDJのことだった。

 あのころ、UKではレイヴがどんどん巨大化してきちんとスポンサーが付いたり許可を取って開催されるものが増えて、なかでもシカゴ・ハウスからジャングル、そして当時急激に注目されはじめてたジャーマン・トランスまでとにかく全部集めたというようなラインナップでいちばん人気だったのが〈Universe -Tribal Gathering〉だった(〈Rising High〉が公式コンピやテーマ曲出したりしてた)。その金曜には郊外で2.5万人を集めたそのレイヴがあり、僕はチケット買えなくてそっちは行けなかったんだけど、翌日の晩にブリクストンのVOXって巨大なハコでやったテクノの伝説的パーティ〈LOST〉も、UKに集結したトップDJたちを集めたという感じで普段より豪華だった。そこにヘッドライナーとして名前を連ねていたのが、デリック・メイだった。

 当時の僕はといえば、もうハードコアやジャングルからトランスに夢中になりかけていたころで、正直言ってデトロイト・テクノとかもう古いっしょ的な生意気な若者にありがちな勘違いをしていた。が、その晩のデリックはデトロイトがどうとかテクノの歴史がこうだとかそういうことはもういっさい粉砕して、異国の体育館みたいな誰ひとり知り合いもいない真っ暗で汗と埃の臭いのするだだっぴろいフロアでひとり寂しく踊る僕の頭上に天使を舞い降りさせた。いや、実際には天使は隅のほうでうろうろしてた黒人のカラフルなウエストポーチの中から飛び出してきたのかもしれないけど、いずれにしてもそのときのデリックは本当に神がかっていた。

 デリック・メイの選曲が一概にテクノではない、いやむしろハウスと言ったほうがしっくりくるというのは、実際に彼のプレイを聴いたことある人なら誰でも思うだろうし、これまで彼が世に出したたった1枚のミックス盤『Mix-Up vol.5』を覚えていれば納得するはずだ。このときもデリックは古いアシッド・ハウスからアムスあたりで掘ってきた最新のトラックまで、ファンキーでセクシーでアグレッシヴなグルーヴを紡いだ。なにより驚かされたのは、次々に曲を繰り出して、バックスピンやせわしないフェーダーさばきなど手数多く出音をいじって彼流のリズムをDJプレイに与えていく、あのスタイルだった。もちろん、それは彼ひとりで作りあげたスタイルではないのだが、日本でデリックがプレイして以降それを見たDJたちがこぞって同じようなトリックを自分のプレイでも取り入れていったことは疑いない。ある程度「デリック・メイっていうすごいやつが来る!」っていう事前情報があってもそれだけ衝撃的だったのだから、そのときの僕のやられ具合を想像してみて欲しい。リル・ルイスの"French Kiss"という、ブレークで喘ぎ声だけになってスローなビートがだんだんスピードアップしていって元の激しい4つ打ちのビートに戻るという曲がある(デリックの十八番でもある)。このときデリックは、あれみたいなことを手動でやっていた。でかいブレークを作って、しばらく無音にして、そのあとレコードを手でゆっくりゆっくり回転させはじめた。しかも、逆回転で。片方の手でテンポが128くらいになるまでレコードを回し続け、もう片方のターンテーブルから正回転の、ずぶといキックの音が重なってきたときの絶叫に近いフロアの盛り上がりは、一生忘れられないだろう。

 ......ほんと、このときの話は新書一冊分くらい書けるんだけど、またそれは別の機会に。今回のミックスCD、アナログ盤を使って昔ながらの手法と技法で録音された25曲は、いかにもデリックというスタイルと音をしている。彼がここ数年東京では一番頻繁にプレイしている代官山のAIRとのコラボレーションという形をとっているからか、ダイナミックで多少の失敗はものともしないライヴ感溢れるミックスだ。おもしろいなと思ったのは、かなりボトムの強調されたキックが目立つ曲が多くて、いまどきの線の細いミニマルやクリックを聴き慣れた耳にはちょっと驚くほど重いビートが襲ってくることだ。ベン・クロックとかベン・シムズとかキラー・プロダクションズあたりに象徴的だが、デリックがそういう音をジャジーな旋律がいかにもな曲と並行してチョイスしているのは意外にすら思った。一方で純粋にデトロイトの曲となると、恐らく冒頭のアンソニー・シェイカーたった1曲だけなのだから。

 実際のところ、今回のCDが「作品」として後世に残るようなモノでないことは誰の目にも明らかだとは思うが、逆にそれがデリックの「俺はまだまだこんなところで終わるつもりはないぜ、DJ活動の総決算を作るのはずっと先」っていう宣言にも感じられて頼もしい。理想を追い、あれやこれやと考えすぎて結局形にならない、ということをこれまでずっと繰り返してきた気がするデリック・メイ。それは、彼が自己を含めて客観視できるプロデューサー的視点を持っているから起きた不幸とも言えるだろうし、彼が非常に優秀なリスナーであるゆえに自作のペースや質が理想に追いつかなかった結果生じたとも言える。しかし、リスナーとしての貪欲さとかセンスというのは、DJとしては決して失ってはならないもので、それはデリック同様、かつてダンス・ミュージックの歴史に永遠に刻まれる革命を起こしたトッド・テリーやベルトラムといった連中が、自分の曲ばかりをかけるという罠にはまってそこから抜け出せなくなってしまったことからも見て取れる。そういう意味で、デリック・メイは間違いなくいまでも現役トップのDJのひとりだろうし、ハコでのライヴ録音をそのまま切り取ったようなこの盤にしても、精緻に作り込まれたミックスでは失われがちな律動や空気感みたいなものをしっかりと備えている。デジタルVSアナログというのは、本来利便性や技法の問題なはずなのに、結局いつも精神論やオカルト的なところに話が落ち着いてしまうのがどうも納得いかないが、その土俵に敢えてのるなら、やはりプロにはできるだけアナログ盤を使ってほしいなと思う。そして、デリックには、とにかくセクシーでかっこよくあるためにヴァイナルを使い続ける責務があるし、無条件にそれを擁護する権利もあると、このCDを聴いて再確認した。

渡辺健吾