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The Black Dog

The Black Dog

Music for Real Airports

Soma

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野田 努   May 13,2010 UP

 ここ数年はいろんな理由が重なって海外に行っていない。最後に行った海外が3年前の南シナ海の島で、ちなみにアメリカに最後に行ったのは......2006年の1月だ。われわれ一行は税関で厳密な審査に遭うばかりか何人かは取調室まで連れて行かれ、非常に不快な思いをしたものだった。9.11以降に初めてアメリカに行ったときには指紋をスキャンされ、顔写真を撮られ、そのときもずいぶんと不快な思いをしたものだったが、そういえば9.11以前でもデトロイトの空港でバッグの中身をすべて調べられたことがあった。たしかにザ・ブラック・ドッグが告発するように、いまやブライアン・イーノの『ミュージック・フォー・エアポーツ』の楽天性など70年代という過去の絵空事、虚構である。

 ザ・ブラック・ドッグはUKテクノのベテランだ。1989年、当初3人組のプロジェクトとして登場したザ・ブラック・ドッグは、〈ワープ〉から2枚のアルバムと〈ジェネラル・プロダクションズ〉から1枚のアルバムを出すと、プラッド(エド&アンディ)とザ・ブラック・ドッグ(ケン・ドウィン)のふたつに分裂した。プラッドはその後、周知のように〈ワープ〉を拠点としながらビョークとの共作や映画音楽などにもにも挑戦するなど順調に活動を続け、いっぽうザ・ブラック・ドッグはよりアンダーグラウンドで、よりアーティな道を選んだと言える。それは、もともとテクノの匿名性を強く意識して、ミステリアスな存在を望んだザ・ブラック・ドッグらしいあり方だ。彼らが1995年に〈ワープ〉からアルバムを出したとき、イギリスの雑誌『The Face』で顔は出させずにインターネットのチャットのみで取材を受けた話は有名で、それほどまでに彼ら、いや、彼(ケン)は匿名性を望んだ。また、分裂後に出した1996年のアルバム『ミュージック・フォー・アドヴァーツ(宣伝のための音楽)』が良い例だが、ザ・ブラック・ドッグは、プラッドにはない批評性(トゲ)を持っている。

 本作『ミュージック・フォー・リアル・エアポーツ』は、分裂後のアルバムとしては5枚目となる。この2~3年、ザ・ブラック・ドッグはふたたび評価を高めている。2007年にはオリジナル・メンバー時代の音源を編集した『ブック・オブ・ドグマ』を発表しているが、〈ダスト・サイエンス〉を主宰するマーティン&リチャード・ダストが加入してからの『レディオ・スケアクロウ』(08年)や『ファーザー・ヴェクサションズ』(09年)といったアルバムは、聴き応え充分のデトロイティッシュなテクノ・サウンドで満ちている。ここ数年のあいだで、ザ・ブラック・ドッグは自らの音楽性をあらためて定義したと言えるだろう。何枚かの魅惑的なシングルも記憶に新しい――「フルード」(07年)、ロバート・フッドをフィーチャーした「デトロイトvsシェフィールドEP」(08年)、オウテカのリミックスを収録した「ウィ・アー・シェフィールドEP」(09年)等々......。

 『ミュージック・フォー・リアル・エアポーツ』はこの2~3年の作風とは趣を異にしている。メロウでダンサブルだった『レディオ・スケアクロウ』とも違うし、IDMスタイルを美しく豊かに展開した『ファーザー・ヴェクサションズ』とも違う。これはダーク・アンビエントの作品だ。このアルバムでザ・ブラック・ドッグは、未来への苛立ちをスケッチしているようだ。いわゆるディストピア・ミュージックである。ダブステップからの音楽的な影響を聴き取ることもできる。収録曲の半分はアート・インスタレーションのために作られたというが、"偽情報デスク""パスポート・コントロール""この線の向こう側で待て""空席計算""遅れ""睡眠遮断"......トラック名が暗示するように、悪夢としての空港体験が描かれている。

 車の音、ざわめき、音の断片の集積とともにわれわれは空港の「出発」のラウンジに座って、曇った空を眺めているようだ。ザ・ブラック・ドッグのもうひとつの拠点であるシェフィールドの〈ダスト・サイエンス〉は、同郷のキャバレ・ヴォルテールを精神的支柱としながら自分たちの作品とともにデトロイト・テクノ(アンソニー・シェイカー、ダン・カーティン等々)やリチャード・H・カークの作品も発表している。『ミュージック・フォー・リアル・エアポーツ』はブライアン・イーノというよりはキャバレ・ヴォルテールに近く、デトロイト・テクノというよりもブリアルやコード9と同じ匂いを持っている。

野田 努