Home > Reviews > Album Reviews > Nick Chacona- Love In The Middle
最初にニック・チャコーナの存在を知ったのはゼロ年代も半ばのこと。彼の出世作となった作品「バンドプラクティス!」と、そのイジャット・ボーイズによるリミックスは僕のまわりの好事家たちのあいだでちょっとした話題盤になっていた。ニック本人の手による楽器演奏、とりわけレゲエの影響を色濃く感じさせるギター・フレーズとベースラインが印象的な曲だ。DJがこの曲をプレイすると、ダブワイズされたその音像とミックスされるように、好き者たちの「煙ぃー!」とか「ワリぃー!」といった嬌声が聞こえてきたことを良く覚えている。
「バンド・プラクティス!」をすっかり気に入ってしまった僕は、彼の名前を見かけるたびにとりあえずチェックするようになった。すると、このアーティストの特異性がみるみる明らかになってくる。あるときは生音主体のダビーなコズミック・ディスコ、またあるときは〈インナー・ヴィジョンズ〉一派を彷彿とさせるテック・ハウスと、とにかく引き出しが広い。そして決してひとどころに留まらず毛色の違う多数のレーベルから次々とシングルをリリースし、しかもそのどれもがよく出来ていた。同一人物とは思えないほどの器用さだ。
今作は、そんな彼が10年のキャリアのすえにようやくリリースしたデビュー・アルバムだ。ある意味では12インチ・シングル文化の申し子のような活動をしていた彼が、如何にして1枚のアルバムというアート・フォームに作品をまとめ上げたのか? アルバムを聴く前にこんなにワクワクした気持ちになったのは久々のことだ。そもそもアルバムを聴くときにきちんとその作品と正面をきって対峙する機会自体が、思えば最近は随分と少なくなってしまっていたかもしれない。iPodに音楽を入れても大体シャッフルして聴いてしまうし。例えばビートポートあたりでデータを買ってる人のなかで、アルバム1枚分丸々購入する人って、いまどれくらい居るんだろうか? そんなことを考えながらCDの再生ボタンを押すと聴こえてくるのは、初めて彼のサウンドを耳にしたあの夜を思い起こさせるようなイーブンキックと、そして重く、煙たいベースラインだった......。
お得意のコズミック・ディスコ・サウンドのなかに、ほんのりとリエゾン・ダンジェルーズあたりのジャーマン・ニューウェイヴからの影響を匂わす"ターニング・アンド・トッシング"を筆頭にして、ニュージャージー・ハウスの重鎮ブラザーズ・ヴァイブとコラボレートした"ウェイト"、ミスター・フィンガーズを彷彿とさせるアンビエント・ハウストラックにTB303のアシッド・ラインが絡むモロにオールドスクール・マナーな"ビー・ライク・オリーブ"など、全編を通してこのアルバムは彼の音楽的出自への深い愛と尊敬で溢れている。
そしてなにより強固に打ち出されているのは、数ある音楽的ルーツのなかでも彼にもっとも強い影響を与えたであろう、レゲエ・ミュージックへの愛だ。アルバムのちょうど中央に位置する6曲目に収録されている"エスカイェレーター"は、この作品においてたった1曲のイーブンキックが鳴らないド直球なレゲエ・ダブ・トラックだ。『ラヴ・イン・ザ・ミドル』というタイトルを冠したこのアルバムの真んなかにこの曲を配置したことは、彼がどれだけ真摯に自分の原体験と向き合いながらアルバムを制作したのかを物語っているように思える。深読みかもしれないが、こういう深読みもまた、1枚のアルバムを通しで聴くことの楽しみだったりする。
アボカズヒロ