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Tricky

Tricky

Mixed Race

Domino/Hostess

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野田 努   Oct 13,2010 UP
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 子供の頃から朝起きるとまず吸って、そして寝る直前まで吸い続けていたという彼は、新作のジャケットでも思い切り吸っている。......が、最近は、喫煙をやめているらしいのである。「3週間止めているんだ」、そういう彼に『ガーディアン』(9月19日付)の記者は驚き、そして確認する。「止めたいと思っている」、とトリッキーは答える。明らかな変化だ。
 42歳のトリップホッパーは、そして同紙のインタヴューで、(まさに濃い煙の賜物であり、煙そのもののカオスの具現化とでも喩えられるであろう)自らの初期の作品を「醜悪に聴こえる」とまで言っている。実際に新作は、数多くの賞賛を浴びた過去のどれとも違っている。アイルランドの歌手、フランキー・ライリーとデュエットするスローなファンク"エヴィリー・デイ"、エレクトロ調のダンスホール"UKジャマイカ"、アルジェリアのギタリストをフィーチャーしたソウルフルな"ハキム"、スウィングするリズム&ブルース"カム・トゥ・ミー"、ロッキンなダンス"マーダー・ウェポン"......より多彩で、よりダンサブルで、誤解を恐れずに言えば、よりポップだ。
 
 トリッキーのアルバムはファンのあいだではよく指摘されるように、とにかく1曲目が最高である。2年前の『ノウル・ウエスト・ボーイ』の冒頭の咳き込むようなブルース"プピー・トイ"、『ジャックスタポーズ』の突き刺さるナイフのような"フォー・リアル"、そしてもちろん『マキシンクェイン』のトリップホップの頂点と言えるであろう"オーヴァーカム"......それらは、そこにいるだけで目が痛くなりそうな、モクモクと煙の充満した地下世界の魅惑的な入口として機能している。甘美な魔物が耳元で囁き、手招きしているのだ。
 そうしたトリッキーのある種サタニックな響きは、彼の特異なバイオグラフィー(母親の自殺、育ての親である叔父の家での親戚同士の血まみれの喧噪といった幼少期の記憶、あるいはドレスを着てドープを吸ってクラビングしていた日々、あるいは兄弟たちの非業の死)を知らなくても、リスナーを深いネガフィルムの世界へと沈ませる魔力を持っている、が、しかし、彼の音楽から彼の自叙伝を排除することは不可能でもある。有名な"ヘル・イズ・アラウンド・ザ・コーナー(角を曲がればそこは地獄)"は言うにおよばず、2枚目のアルバム『ニアリー・ゴッド』も彼の記憶とその恐怖の妄想の産物だったが、マッシヴ・アタックと違ってトリッキーは、ブリストルから逃げるようにまずはロンドンに住み、次はニューヨークへと、で、その次はロサンジェルスへと移り住んでいる。そしていまはパリ、新作は初のパリ録音でもある。
 
 「進むためには振り返らなければならない。過去について書かなければならない」、トリッキーは『ガーディアン』の記者にそう語っている。たしかに、『ノウル・ウエスト・ボーイ』によって長いあいだ逃げ続けてきた故郷に目を向けた彼は、マッシヴ・アタックの「デイリーミング」から20年後に発表された9枚目のアルバムにおいてもブリストルを見つめている。アルバムの題名である『ミックスド・レース』(ミックスされた人種)とは、トリッキーの説明によれば彼が経験したブリストルのマルチ・カルチュアラルな音楽シーンから来ている。このアルバムの驚くほどの多彩な音楽性は、彼の記憶のポジティヴなところによるものなのだ。アルバムには、刑務所から戻ってきた実弟マーロン、キングストンのポリティカルな女性"ハードコア"ラッパーのテリー・リン、あるいはボビー・ギレスピーらが参加している。
 政治と宗教を同等に憎むという彼は、その理由を「何も変えないからだ」と話している。ストリートワイズとはそういうところで身に付くものであり、トリッキーにとってターニング・ポイントになるであろう『ミックスド・レース』には歳を重ねたストリートワイズの寛容さが出ている、と言えるだろう。なにせアルバムにはクラブでプレイできるような曲が初めて収録されているのだ。もちろんそれらがいままでのファンをがっかりさせるようなことはない。

野田 努