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Expo 70

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Where Does Your Mind Go?

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三田 格   Feb 21,2011 UP
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 ジャスティン・ライトによるスペース・ロック系ドローンの(Rを除けば)7作目(最近になって初期作『センター・オブ・ジー・アース』がアナログ化されているので8作目とも)。

 ダブ処理を施したように聴こえる瞑想的なドローンにギターを被せたスタイルで、いってみればサン・アローから明確なリズム・パターンを取り除いたクラウトロック・リヴァイヴァル。もしくはアシッドからハッパに乗り換えたソニック・ブームか。本人のサイトではアシュ・ラ・テンペルやサンO)))の影響下にあるといったようなことが書いてあり、いずれにしろ09年に〈ベータ-ラクタム・リング〉からリリースした『ソニック・メッセンジャー』がさまざまな意味で試行錯誤を感じさせるものだったので、それ以前の「静」を基調とした方法論に回帰したものだと思われる。ミステリアスでときにゴシック・ムード、あるいは優雅でどっしりとしたサウンド・トリップが4パターン。そう、間違っても最近のバリアリック傾向に与するものではない。

 このところ、クラウトロックが再受容されるプロセスには驚くべきものがあり、フジヤ&ミヤギやエンペラー・マシーン、あるいはタイム&スペース・マシーンにボディカクテル、マシアス・レイリングにフィル・マンリー......と、リヴァイヴァリストたちは後を絶たない。ヒップホップでも変り種といえるディムライトもサード・アルバム『プリズミック・トップス』では巧妙にクラウトロックを織り交ぜ、ステレオラブからレティシア・サディエのソロ・アルバムでもその片鱗は窺えた。これらはしかし、マーク・マッガイアー(エメラルズ)のギター・ワークに象徴される反重力的なセンスがほとんどで、タッセル~ジ・アルプスからアープのセカンド・ソロ『ザ・ソフト・ウェイヴ』などはその集大成ともいえる価値観に貫かれていた一方、70年代当時から指摘されていたジャーマン・プログレッシヴ・ロックに特有の「重さ」を受け継ぐミュージシャンはほとんど出て来ないともいえる。カンからPiLへと橋渡しされた「重さ」は80年代のアンダーグラウンドをほぼ支配したともいえるほど影響力があったにもかかわらず、この部分はカットしようというのが現在のリヴァイヴァルなのだろうか。
 あるいは、そのようなヘヴィネスはドゥーム・メタルによって、むしろ先行していたと考えることは可能だろうか。ナジャやサンO)))がアモン・デュールやカンの役割を果たし、バーニング・スター・コアやKTLをその発展形とするなら、ブラック・トゥ・コミュやマスター・ミュージシャン・オブ・ブッカケがフリー・フォークとの接点を探し当てていったのとは違う道筋を経て、ドゥーム・メタルから「重さ」を取り除き、重々しさだけをアピールするドローンへと辿り着いたのがエキスポ70だったと考えるのは。実際、『ブラック・オームズ』(復刊エレキングP70)でも『ウェア・ダズ・ユア・マインド・ゴー?』はムードが重々しいというだけで、いわゆる重量感はなく、ものものしいなトリップ・ミュージックとして完成度が高いといった方がいい。それこそノイ!『75』のように......(エレクトロクラッシュでいえばブラック・ストロボやリワークと同じか?)。

 ジャスティン・ライトにはこれまで固定的なサポート・メンバーにあたるミュージシャンは存在しなかったようだけれど、『ウェア・ダズ・ユア・マインド・ゴー?』には彼と同等の扱いでマット・ヒルの名がクレジットされている。ヒルも昨年末にノット・ノット・ファンからウンベルトの名義で初のソロ・アルバム『プロフェシー・オブ・ザ・ブラック・ウィドウ』をリリースし、ゴブリンを思わせるホラー・エレクトロがそこでは縦横に展開されている。ドゥーム・メタルが形骸化していけば、なるほど、このようなダンス・ミュージックに辿り着くのは必然かもしれない。

三田 格