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Peaking Lights

Peaking Lights

936

Not Not Fun

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野田 努、橋元優歩野田 努、橋元優歩   Apr 20,2011 UP

 禁煙してからすでに8年以上経っているが、このアルバムを聴いているとたまらなく吸いたくなる。いかんいかん。そう思っていると本当に煙が夢に出てくるから困る。だからこういうことを安易には言いたくないのだけれど、それにしたってこれは......スモーカーズ・デライトなアルバムである(『ピッチフォーク』はこれをアヘン・フレンドリーな作品だと評しているが、そうなのだろうか......)。いずれにしてもこの音楽はサイケデリックであり、ダブである。音の幻覚作用に関する優れた調合士として名高い、サン・アローを追いかけている三田格が何故このアルバムをスルーしたのか理解しかねるほどだ。

 アメリカはウィスコンシン州マディソンの男女によるピーキング・ライツ(頂点に達する灯り)は、2年前に1枚のアルバムをCDRやカセットテープといったメディアをメインにリリースしている〈ナイト・ピープル〉から発表している。彼らのセカンド・アルバムにあたる『936』はあたかもLAヴァンパイアーズのアルバムに続くかのように、〈ノット・ノット・ファン〉の最近の傾向を象徴する作品となっている。つまり、ダビーでサイケデリックだが、ポップなのだ。
 ピーキング・ライツのポップさは、彼らのわりとはっきりしたメロディラインにある。ローファイで、あたかもオブラートで包まれた半透明な世界で反響するような歌でありながら、ここにはメロウネスもある。ヴォーカルを担当するインドラの声はレイジーではあるけれど、ドラッギーなロマンが漂っている。ホープ・サンドヴァルほどエロティックではないにせよ、僕には魅力的だ。もっともベースラインはレゲエ・マナーを押さえ、スピーカーの低音領域を絶えず震わせている。ドラムマシンは始終ゆったりとしたテンポをキープしている。ニュー・エイジ・ステッパーズとLAヴァンパイアーズの溝を埋める......とまではいっていないかもしれないけれど、かなりいいセンまでいっている。曲の随所に挿入されるメランコリックな鍵盤のフレーズも悪くない。ベスト・コーストのような新種のビーチ・ポップと言っても差し支えないだろう。チルウェイヴに取って代わるかもしれない、至福のポップだ。

 オール・ザ・サン・ザット・シャインズ......輝けるすべての太陽よ、彼女はそう繰り返しているが、アメリカの西海岸にはいま、どう考えてもサイケデリックな光に照らされた場所がある。絞り染めのワンピースを来た女が海の家でもくもくになりながらダブミキシングをしている......もしくは、いまそこに陽光が降り注ぐ海がある。目を開けているのがつらいほど、世界は眩しい。ビーチバッグのなかには『936』がある。木陰を見つけて寝そべって、まぶたをゆっくりと閉じて、もう何もしなくていい、何も......。


(↓......そして、橋元優歩さんも同じネタで書いてきたのであった)

橋元優歩
Apr 20, 2011

 ソファーにもたれてキスをしたりしながら、彼氏はギターでノイズを出しつづけ、彼女は歌い、ハンディなシンセでオルガンのリフを奏でつづける。〈ノット・ノット・ファン〉から、ダビーでミニマルなサイケデリック・エクスペリメンタル男女デュオ、ピーキング・ライツの新作がリリースされた。キスをしながら演奏するのはヒッピー、と思っていたが、ピーキング・ライツがヒッピーから受け継ぐものは、そのディープなサイケデリアのみ。退廃的なキャラクターを持った音とは裏腹に、夫婦でもある彼らは、服とレコードとカセットを置く雑貨屋を営み、そこでショウなども行い、〈ノット・ノット・ファン〉をはじめとする音楽コミュニティの活性化に尽力している。
 2000年代後半のサイケデリック・ルネッサンスのなかでは、フリー・フォーク的な文脈からの接続を感じさせつつ、ポカホーンテッドやサン・アローのようなドロドロとしてダブ・ライクなサイケデリック・ファンクの流れに連なり、そしてL.A.ヴァンパイアーズやオーなどウィッチ・ハウスの変則型のようにも捉えることができそうだ。レーベル内の繋がりも強いようで、彼らは音と活動の両面においてシーンを刺激する新しい勢力を生んでいる。
 カセット・テープの音源こそを純粋なものととらえ、ヴァイナルをこの上なく愛するというウルトラ・アナログ志向もピーキング・ライツの特徴だが、この感性もまた最近の若いアーティストに広く共有されているものだ。アナログ音源の神秘化についての議論は措くが、CDを嫌い、mp3のダウンロードに代表される新しい音楽受容の形態に違和感や居心地のわるさを感じる人たちが相当数いるということがよくわかる。彼・彼女らにとって、ニュー・メディアによるフリーティングな音楽受容は、存在論的な不安にすら繋がっているのかもしれない。ピーキング・ライツのふたりは、目に見え、手の届く音楽仲間達と、ショウという体験共有の場を大事にしながら活動をおこなっている。この点、チルウェイヴの主たるアーティストたちとは対照的であって、おもしろい。

 さて、本作はエメラルズを透して見たタンジェリン・ドリームのような、多分にクラウトロックの要素を含んだアンビエント・トラック"シンシー"で幕を開ける。スペーシーで神秘的、そしてどこかしら身体を縛る緊張感がある音だ。2曲目の、ダビーで躍動的なベースに縁どられたアングラ・ダンス・ナンバー"オール・ザ・サン・ザット・シャインズ"でその緊張がほどよく解かれる。インドラのレイジーな唄もよい。先日CD化されて話題にもなった70'Sスペース・サイケ・バンド、ギャラクシーの女性ヴォーカルを思わせる。唄というか、ぐるぐると飽きることなくリフレインされる詞が退廃的で危険な香りを漂わせ、本当に、これを聴いているだけでは彼らの活動のポジティヴィティが理解できないほどだ。世間を無視し、他人の音には関心も寄せず、延々と薄気味のわるい温室でじゃれあって暮らすアダムとイヴ。そんな画が浮かんでくる。"バーズ・オブ・パラダイス"などもまさにそうだ。"ヘイ・スパロウ"などシド・バレットを煮崩したジャム、とでも喩えたい、不健康でバッド・トリッピンなナンバー。個人的には"マシュマロ・イエロー"のようなかっちりとしたビートのあるものが好きだが、このアルバムを統べているのは、そうした甘い腐臭とでもいうべきデカダンスのほうだ。
 こうしたデカダンスには、逆に未来を伐り拓くような、あるいは未来を滅ぼすようなエネルギーがあるのだろうか。彼らのような音とチルウェイヴとをどうしても比較したくなるのだが、それはチルウェイヴという逃避のマナーに私自身が新しいものを感じているからである。逃避は、あくまで逃避であって、現実世界を睥睨するような態度ではない。ひとたび世界に舞い戻ると傷ついてしまう可能性が残されている。それに比して、デカダンスは世界に対していち段上位で構えている。そういう強い態度が彼らのクールな佇まいを作っているのかもしれない。
 ピーキング・ライツが鳴らしているのは、めそめそしたり、傷ついたりしない、現在聴けるなかでももっともハードな部類の音だと思う。逃げながらも絶えず世界を意識せざるをえない、夢を見ながらも常に醒めざるをえないチルウェイヴ的な感性に、私個人はより多く共感する。だが、このストロング・スタイルのサイケデリックがこれからの10年にどのような遺伝子を残すのかは楽しみだ。

野田 努、橋元優歩