Home >  Reviews >  Album Reviews > Twinsistermoon- Then Fell The Ashes

Album Reviews

Twinsistermoon

Twinsistermoon

Then Fell The Ashes

Primary Numbers

Amazon

橋元優歩   Jul 27,2011 UP
このエントリーをはてなブックマークに追加
E王

 昨年の秋に小谷元彦展でみた「インフェルノ」を思い出した。半径5メートルもあっただろうか。8角堂のそれぞれ8面を滝のように勢いよく水が流れ落ちるインスタレーション。なかに入れば我々は水の壁に囲まれる形になる。といっても本物の水ではなくハイヴィジョン映像なのだが、であるがために奇妙に抽象性を帯び、日常空間をぐっと異化する装置としてひと際存在感を放っていた。カットアップされた奔流はそれぞれの平面を一定の時間落ちつづけ、その間8角堂の内部は持続的な上昇音で満たされる。厳密に音階が上がっていたのかどうか覚えがないが、落下する水音とは逆に、その電子音は息苦しいほど昂揚し、やがてその頂点で一瞬の無音を迎える。すると背後に追いやられていた水音が解放されたかのように溢れ出すのだが、今度は視覚的に、水が上昇していくような錯覚に陥るのである。錯覚ではなく、実際にそのような映像だったのかもしれない。水が上昇しはじめると、こちらの身体は落下するように感じる。しかも映像であるため水流には始まりと終わりがなく、身体の落下にもまた終わりがない。落ちているのか昇っているのか、それが水の方なのか身体の方なのか、五感を揺すぶられるというのはこんなに心許ないものかというくらい、自分が麻痺してしまう。筆者はアニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』のジャケですら本当に酔ってしまうほど錯覚に弱いのだ。

 "ゼン・フェル・ジ・アッシィズ"はこれととてもよく似ている。「インフェルノ」は垂直方向のイメージだが、こちらは水平方向と言えばよいだろうか。進んでいるのか戻っているのかわからなくなる。軋むような弦のノイズがレイヤーを形成し、ちらちらと降りかかるクリアなピアノの高音がロマン派の名曲を彷彿させる、叙情的なドローン。25分におよぶこの長尺トラックでは、ただでさえはじまりと終わりの観念が麻痺する。やがて水音のサンプリングが挿入され、その流れがトラックの時間を牽引していく。この時間のなかで、あるテンションが持続し、昂揚していくのだが、その極点で突如歌がはじまり、時間と風景が一変する。荒涼とした丘にたつ墓標、そこに吹きつける風を思わせるすさまじき(=ものさびしい)歌は、ヴァシュティ・バニヤンと比較されたりしているが、この歌ははたして歌と呼んでよいものかどうか、言ってみるならば純度の高い「念」といったふうであって、それまで22分もピアノとギター・ノイズで覆われていたその「念」が噴き出してくるや、時間は後ろへ後ろへとものすごいスピードで流れはじめる。そのように感じられる。ちょうど「インフェルノ」の空間性を時間性に置き換えたかのようなのだ。

 ジャケットに記載された詩を読んで、この感覚が気持ち悪いほど詩の内容と符合することに驚いた。24分の楽曲において22分を過ぎてはじまるその唄は、これまでには見たことのないような暗くさびしい丘の描写からはじまる。その場所はしかし、親しきもののもとを去ってから幾度となくいた場所である......このトラックの音そのものだ。詩をみるまえに丘を思った。その意味でとても映像的だとも言える。そして唄はつづける。「いまあなたはあなたの人生の灰の上を歩く。食べるものも、自分が天にとどくという望みもなく」
 唄の出現とともに時間が逆に流れはじめるような錯覚は、この「人生の灰の上を歩く」という表現に対応するだろう。これまで過ごし、流れてきた時間が燃えていくのである。本当に悲しい、やるせない、なんのために唄われるのかわからない、「念」のかたまりだ。
 こんなものを唄い、奏でるのはいったいどんな人物なのか。ナチュラル・スノウ・ビルディングスというフランスのフォーク・デュオの片方だということだが、もうこれで3枚目となるソロ作。2007年の『レヴェルズ・アンド・クロッシングス』は日本でも注目を浴びたようだ。暗く陰鬱な狂気が渦巻くギター・ドローンには、音へのフェティシズムではなく、本当に純粋な思念が感じられる。サイケデリック・フォーク、アシッド・フォーク、フリー・フォークなどと呼んでも差し支えないと思うが、幻覚作用や覚醒作用をパフォーマティヴに意図する音ではない。思いを解放する、その意味で真に叙情的な音楽だと思う。彼の声もまたすさまじい。これが女性の声でないと、誰が思うだろう? か細く、高く、集音機にどうしても混じってしまう風のノイズのように、よりどころのない声だ。ツインシスタームーンを聴いていると、音や唄は作るものではなく、生まれてくるものだというふうに感じられるが、そのように音が生まれてくることが幸福なことかどうか考えてしまう。"ゴースト・ザット・ワズ・ユア・ライフ"や"トレイラー"など素朴なスタイルのフォーク・ソングは人生に捧げられたレクイエムだ。黒地に白い文字の詩でびっしりと覆われたジャケットも、そういう意趣かもしれない。
 ボーナス・トラックの"ア・フォールアウト・シェルター・フォー・メモリーズ"だけがすこし明るい。男声とオルガンとギターが渾然となったドローンで、その層の上に響くクリーン・トーンのギター・アルペジオが、風前のくもの巣のようにはかなく、美しい。五感を揺すぶられるように魂が揺すぶられる。それとも魂とは結局五感のことだろうか?

橋元優歩