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Dilla Dog

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野田 努   Jul 20,2012 UP
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 好むと好まざるとに関わらず新自由主義の社会で暮らしていると、自分のなけなしの金をどこに落とすのか、それ自体が政治的な一票となる......ということに自覚的だったのは、デトロイト・テクノだった。1998年、初めてデトロイトを訪れたとき、マイク・バンクスは僕に「デトロイトの人間は日本車が好きなんだよ」と言った。クリトン政権下で日本車の輸入が規制されている時代の話。ずいぶんと大人な社交辞令である。
 ケニー・ディクソン・ジュニアは音楽がデジタルとして消費されることに批判的な立場を貫いていることでも知られる。2007年のシングル「Technologystolemyvinyle(テクノロジーが俺のヴァイナルを盗んだ)」が有名だが、それ以降も彼はこの手の主張を自分の作品に記している。彼がヴァイナルにこだわるのは、音質ないしは手触りなどのフェティシズムの問題ではない。デジタルはヴァイナルという個人商店を駆逐するという政治的な理由からだ。
 そういうケニー・ディクソン・ジュニアのレーベル〈マホガニー・ミュージック〉から、すでに伝説化されているデトロイト出身のヒップホップ・プロデューサー、ジェイ・ディラの未発表音源がヴァイナルのみで発表されるということは、現代の音楽シーンにおけるある種のデモストレーションと言える。実際この作品は、リリース情報が出た時点の予約の段階でショートした。レディオヘッドは自分たちの音楽の値段をファンに決めさせたが、ムーディーマンは自分たちの音楽が誰にも公平に買えるわけではないということを強調する。

 ことの発端はジェームズ・ヤンシーすなわちジェイ・ディラの母(マー・デューク)が中心になって立ち上げたレーベル〈ラフ・ドラフト〉。2006年2月、32回目の誕生日に『ドーナッツ』をリリースすると、その3日後、200万人にひとりの確率で存在する難病を抱えたジェイ・ディラは他界したが、翌2007年には彼の母親を立ててピート・ロックがサポートした『Jay Stay Paid』が、そして未発表曲を大量に加えた『Ruff Draft』が〈ストーンズ・スロー〉からリリースされている。今回の「デラトロイト」は〈ラフ・ドラフト〉から発表された『リバース・オブ・デトロイト』(未発表トラックにラップや歌などを乗せて作ったアルバム)とは曲名は同じだが内容は異なっている。『リバース・オブ・デトロイト』に収録された曲の、いわばダブ・ミキシングとも呼べるような、MCや装飾性を剥いだ、インスト部分を強調したヴァージョンとなっている。

 スラム・ヴィレッジのDJだったアンドレスは〈マホガニー・ミュージック〉から2枚のアルバム(ともに名作)を出しているので、実はサプライズとしてそんなに大きなことではないのだけれど、興味深いのはムーディーマン色がどのように反映されているのかという点にある。『リバース・オブ・デトロイト』では、音楽の町モーターシティ再生のトーテムと化しているジェイ・ディラだが、彼の作風の特徴にひとつは、MPCでチョップしたときのサクッサクッとしたビート感覚にある。『ドーナッツ』に31曲も収録されているのは、彼が長ったらしいトラックを作っていないからだ。そして、ブラック・ソウル・ミュージックのサンプル・マニアも大好きなソースありきの音楽が、デトロイトのブラック・カルチャーを誇りとするムーディーマンのダイレクションによってリリースされるということは、良くも悪くも、あらかじめ品質が保証がされているようなものだ。アートワークを見ればわかるように、音楽的に言えば「デラトロイト」はブラック・ミュージックの逆襲だ。

 12曲が収録されたこの「EP」は、笑い声からはじまる。ファンクのブラス・セクションのループとなかば強引で、やかましい電子音の挿入......チョップされ、エフェクトがかけられらファンクのガラクタ......さりげなく注がれる黒人訛り......渋い、というよりも、モノの見事に〈マホガニー・ミュージック〉らしい質感となっている。
 アンプ・フィドラーが歌う"Lets Pray Together "は、歌を活かしたヴァージョンとなっているが、歌のパートはEQで絞られ、粘っこいディラのビートが際立ち、よりアンダーグラウンドな質感となっている。" Dillatroit"でもラップのパートをほとんどそぎ落とし、ピアノのループを強調しながら、『リバース・オブ・デトロイト』のヴァージョンにはない美しさを打ち出している。
 逆に"Detroit Madness"ではラップを活かし、路上のファンク、デトロイト・ヒップホップの活力を聴かせる。メロウなソウル・ヴォーカルが印象的な"Possible"では、曲の後半ねっとりとしたベースラインを絡みつかせ、セクシャルなグルーヴを打ち出し、フルートの甘美なメロディを最大に活かした"Mind Yo Business"へとつながる。続く"Rebirth Is Necessary(再生は必然)"は、DJミックスで言えばクライマックスである。その曲はぶった切られるように終わり、クローザーの"Pitfalls"が待っている。それも最後の曲ではあるが、曲時間はひどく短く、アンチ・ドラマ的に、感情移入を拒むように、素っ気なく、ばっさりと終わる。

 あらかじめ品質が保証がされていたとはいえ、やはり良いものである。ヒップホップのトラックにさり気なくハウス・ミュージックのセンスが注がれている。『リバース・オブ・デトロイト』の賑やかさが好きなリスナーには地味に思えるだろうが、地味であることの良さをムーディーマンは意識している。このレコードが買えて本当に良かった。デトロイトの人たちは口癖のように言う。音楽は食物と同じだ。なければ困る。この作品の売り上げはジェイ・ディラの遺族、そして地元に還元されることになっている。

野田 努