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八代亜紀

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野田 努   Nov 15,2012 UP

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 2012年を振り返ったとき、年の前半に胸を打たれたのはトラウマ化した街頭を彷徨っている若いロック・バンド、きのこ帝国だった。そのことひとつ取っても「若者」や「青春」はいまも確実に息をして生きている......わけだが、今回は、まずは、「若者」とは呼べない年齢の方々にオススメの邦楽を2枚紹介したい。どちらもカヴァー集で、1枚はジャズ、もう1枚はレゲエ......などと言うとマニアックな音楽かと思われるかもしれないが、そんなことはない。

 小西康陽がプロデュースする八代亜紀『夜のアルバム』は、いかにも場末のジャズの、暗く美しい夜の音楽だが、これをいま消えつつある夜の世界の抵抗の話に還元するのは早とちり過ぎるだろうか。
 個人的な郷愁がそんな思いを促すのかもしれない。僕が育った環境は虫の声よりも酔っぱらいの鼻歌や痴話喧嘩、演歌が毎晩がんがん鳴り響くようなところだったので、猥雑さはある種の生活音であり、環境音だった。自慢すべきことでもないが卑下すべきことでもない。ただ子供の僕はその手の夜に心底うんざりしていたので、大人になってそちら側の夜に足を踏み入れることはなかった。ところが、長いあいだずーーーーーっと嫌悪していた夜も、いつの間にか、どこかへ行ってしまったように思うときがある。実際僕の実家周辺はほどほど小綺麗になって、その手の喧噪はこの10年でいっきになくなった。寂しい話だ。それが自分の趣味と違っていて、たとえ自分には縁のないスナックやパブの物語であっても、夜は存在し続けるべきである。
 『夜のアルバム』は小綺麗なラウンジ・ジャズではない。演歌の世界観を草食系文化への当てつけのように面白がるわけでもない。この音楽は、もっと真っ向から、酒と涙にまみれたジャズの妖しい輝きを抽出する試みのように思える。超大物演歌歌手の声は、夜の深い底から上昇することなく、ゆっくりと低空飛行を続ける。悲しみは静かに解放されて、失われつつある夜は回復される。デザイン、写真ともにレトロ調にパッケージされている『夜のアルバム』は、洒落た意匠を崩すことなく、最後まで闇のなかから出ようとしない。そして、スリリングな演奏によるダウナーな光沢のなか、さりげなく反社会的な愛の香気を差し出すのである。
 昔クラブの店員を取材したときに「夜には何でも起こりうる」と言われたことがいまでも忘れられない。望んでもいない明るい光によって夜は奪われつつあるのだろう。泣いてもわめいても何をやってもいい夜が。
 そういう意味ではザ・スミスの名曲とは真逆の......いや、好むと好まざるとに関わらず、演歌的なるものは今日の日本のロックやヒップホップにも偏在しているものだが、本作はそこを強調するというよりも、翻訳文化としての邦楽を追求しているように思える。なにせライナーノーツは片岡義男、英語歌詞の訳者は奥田祐士というそのスジの大先達なのだ。

 もう1枚、『青春レゲエ』は、この身も蓋もないタイトルに引いてしまう人にこそ聴いて欲しい、日本のラヴァーズ・ロック・アルバムだ。
 ラヴァーズ・ロックとは、80年代、UKのジャマイカ系移民向けに作られた大衆的なラヴ・ソング・レゲエを指すのだが、『青春レゲエ』は、リトルテンポの土生剛(Tico)と元デタミネーションズのイッチー(icchie)のふたり──つまりレゲエのベテランによるニュー・ミュージック/歌謡曲のレゲエ・カヴァー集で、大衆的なラヴ・ソング・レゲエという点において、「日本のラヴァーズ・ロック」と呼びうる内容になっている。
 チエコ・ビューティー、中納良恵、武田カオリ、高木一江といった実力派の女性ヴォーカリストを招いて、70年代から80年代にかけて荒井由美、松田聖子、中森明菜らが歌った王道の青春ソングを、美しいレゲエ・アレンジと演奏でカヴァーしている。僕は、荒井由美にも松田聖子にも中森明菜にも、まーーーったく何の思い入れもないクチだが、今回は土生剛とイッチーの芸の前に屈服した。ミキシングは内田直之で、ギャビー&ロペスの石井マサユキやザ・Kも参加。水森亜土のイラストも個人的には苦手だったけれど、そうした趣味の違いをすっかり乗り越えて、彼らのラヴァーズ・ロック解釈に僕はやられた。原曲のメロディが良いということもあるのだろうけれど、ふたりのアレンジとキャスティングでなければ好きになれなかったことは間違いない。

野田 努