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Iron & Wine

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Ghost on Ghost

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木津 毅   Aug 21,2013 UP
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 今年の爆音映画祭はメインがマイケル・チミノ特集であったから、中学生のときの僕のヒーローだったロバート・デ・ニーロが若々しい『ディア・ハンター』をはじめて映画館で観ることができた。むろん映画は素晴らしかった、が、それとは別のところで妙に感慨深かったのは、そこで描かれているような鹿狩りをする男たちがいまだにアメリカの田舎にはたくさん......とまではいかなくても、一定数いることに気づかされたことだった。そう言えばボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンはコネティカット州での銃乱射事件のあと、遺憾の意を示しながらも、自分は自分が属する狩猟文化を、そのコミュニティを捨てられないともこぼしていた。『ディア・ハンター』はヴェトナム戦争によって瓦解する男たちの絆とそのコミュニティを描いていたが、しかしそこで描かれていたような70年代やそれ以前の続きをいまも生きている人びともたしかにいるのだ。
 アイアン&ワインもまた音楽的な意味において、あるいは表現する風景においても、70年代の続きのアメリカを生きているようだ。彼、サム・ビームの歌う歌には生きた動物が登場し、月と星が空にかかり、草が生い茂り風がそよいでいる。古きよき、と言うよりは時代の変化すら飲み込んでそこに厳然と残り続ける自然と、それを前にした叙情を見つめ続けている。

 サム・ビームのように生きられたら......『ele-king vol.10』の部屋聴きチルアウトのディスクを選びながら、僕はぼんやりと考えていた。チルアウトのためにフォーク・アルバムを探していたのは、せわしい毎日を忘れさせるような行ったことのない雄大な風景を幻視したいからだ。考えてみてほしい......あごヒゲをあんなにも生やしたビジネスマンがどこにいるだろう。そう、彼はボヘミアンだ。妻と5人の娘に囲まれながら、ギターを弾き、絵を描き、詩を書いて、優しく歌っている。あんな風に生きられたら、と思うのはもちろん前提としてそれができない現実の日々が目の前にあるからだが、だけど、それが絶対に不可能だなんてどうして言い切れるのだろう。アイアン&ワインの音楽のどこかあっけらかんとした「漂泊感」は、いつだってそこに行けるのではないかと思わせるような風通しの良さがある。

 5作目となる『ゴースト・オン・ゴースト』はアコースティック・ギターによるフォーク・ミュージックと言うよりは、もはやジャズ・アルバムであり、前作の方向性を推し進めた極めてアダルトな内容となっている。上品にエッセンスになるAORや70sソウル。"ザ・デザート・バブラー"や"ニュー・メキシコズ・ノー・ブリーズ"の涼風のようなコーラスとストリング・アレンジの洗練はどうだろう。もしくは、"ラヴァーズ・レヴォリューション"のアーバンなジャズ・インプロヴィゼーション。たしかに出世作『アワ・エンドレスナンバード・デイズ』のようにそこはかとなく漂う危うさはもうないし、すっかり落ち着いてしまったと感じるファンもいるにはいるだろう。

 けれども、根本的なところで彼は何も変わっていないのではないか、とも思う。いや、たしかにモチーフとして年を重ねていくことの責任がより目立つようになっていて、それが音の変化に表れたとも読み取れるかもしれない。ラスト・トラックの得意のスウィートなバラード"ベイビー・センター・ステージ"は明らかに、子どもたちやを家族を守りながら生きていく決意についての歌だ。だが、その相手は社会システムでも時代でもなく、ハリケーンなのだ。この自然のなかで生きていくこと。物悲しいメロディを持ち、「12月の雪のミルウォーキー」を歌う"ウィンターズ・プレイヤーズ"も出色だが、ベストは甘く切ないコーラスが空間を満たすジャジー・ソウル"グラス・ウィドウズ"だろうか。「僕らは木々の間で風に吹かれてお互いを見つけたんだ/欠けてゆく月は海に飲み込まれたがっていたよね/まるでようやくこの世界の色を目にしたように」......。

 アイアン&ワインの歌にはスマートフォンの小さい画面もなく、インターネットもSNSもない。その時代錯誤感が、いいことなのか悪いことなのかは僕にはわからない。けっして「現代的」ではないだろう、が、この歌は遠い場所の美しい風景を目の前に出現させる。それはひょっとしたら、この窮屈な毎日からふっと抜け出すヒントになるのかもしれない。
 春に出たアルバムだが、この夏の終わりにこそ情感豊かに染み入ってくる。

木津 毅