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Illuha

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野田努   Apr 01,2014 UP
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 先日僕は、TMTの下山のレヴューを興味深く読んだ。暴論じみてもいるが、日本がどう見られているのか、のぞき見として面白い。もっとも、「日本のロックの歴史は、本質的に、アメリカの文化帝国主義に対する日本人の集合的意識の入口における苛立たしい承認の、アンビヴァレンスの歴史である」という前提は、日本のロック(大衆音楽)を見るときの外側からの視線として、何度か目にした覚えのある言葉だ。
 我々は、いくら『アンノウン・プレジャーズ』のTシャツを着ようが、どうしようもなくジャパニーズであり、そう見る視線からは逃れられない。そして、欧米の急進的なジャーナリズムは、往々にして、無邪気なコピー・バンドを文化的服従だと感じつつも、「日本で人気のあるジャンル──J-ロック、ジャパノイズ、音響系、ハードコア──は、強制的に輸入された欧米文化というテンプレートのうえで自分たちのルーツを(曖昧ながら、あまり意識せずに)持っている」と分析している。そして、ボアダムスやアシッド・マザー・テンプルから下山のような、欧米文化を受け入れながら服従(コピー)しない、日本は欧米の一部という幻想──まさにヴェイパーウェイヴが問うたように、何でも等価のウルトラ・フラッターな世界(1998年生まれのアイドルも石橋英子も見事に並列化される『CDジャーナル』的世界とでも言えばいいのでしょうか……)にも甘んじない、白い文化に一撃を加えるぐらいの何かを持っているバンドの肩を持つ。
 自分の内側の醜さを打ち破るには、内側にはないモノ=異文化に期待したいという衝動は、洋楽ファンである自分にも身に覚えのある話だ。が、この国の音楽がアンビヴァレンスの歴史であり、そして、なかば強引に与えられたモノへの齟齬感、ある種の服従と抵抗が具現化されている音楽が国際舞台における個性だと言うのなら、それはパンク的な記号のみに集約されるとは限らないと思う。それは、アンビエント・ミュージックのなかにこそよりよく見えるかもしれない。

 それはジョン・ケージだとか、鈴木大拙だとか、禅宗だとか、お香だとか、そういうことを言いたいわけではない。そもそも日本人は大人しいし、静かだし──正直、本当にそうなのか疑問を感じることが多々あるが──、とにかくそれを美徳としてきている。その気風は、民主主義的には、あるいはフットボール的には有効的ではない場合もあるが、抵抗となるときもあるだろう。
 アメリカの影響力あるレーベルのひとつ、テイラー・デュプリーの〈12K〉からリリースされるイルハ──伊達トモヨシとコーリー・フラー、日本人とアメリカ人からなるアンビエント・プロジェクト──の新しいアルバムに、静けさを追求するこの作品に、僕は衝突めいた感覚を覚える。2011年のデビュー作『シズク』には、とくにそれが明瞭にうかがえた。アメリカの古い教会で録音されたそのアルバムは、当時、デンシノトさんがブログで書いたように「いわゆる〈日本的なもの〉への適切な距離と美意識が同時に感じられる」作品だが、西欧的なるもの、たとえばモダン・クラシカル的響きがあるとしたら、それがと日本的エートスが仲良く並んでいるのではなく、細部でせめぎ合いながら、彼らの衝突/葛藤は、発狂、怒り、苛立ちといった過剰さから遠ざかり、静けさに戻ろうとする。その「適切な距離」こそが我々の美意識かもしれないし、それはアイデンティティのメンテナンスなのもしれない。

 『アカリ』は、イルハにとって3年ぶりのセカンド・アルバムで、録音は、かのZAK氏のST-ROBOスタジオでおこなわれている。最近の彼らのライヴを見ている人は知ってる話だが、ラップトップは使われていない。アナログ・シンセ、オルガン、ギター、小型エフェクターやアナログミキサーやカセットテープ、安価で揃えられる多くの機材を工夫して使っている。録音は手間暇をかけたであろう、ただそれだけ酔えるほど素晴らしい録音で、イルハならではの叙情性と言えるモノも広がっているには広がっている。「いわゆる〈日本的なもの〉への適切な距離と美意識」は今作にもある。
 僕は『アカリ』に、畠山地平とのオピトープによる新作『ピュシス』との連続性も感じるかもしれない。作っている人間もひとり違うし、『ピュシス』の録音は2008年から2011年なので、新作との連続性を言うのはこじつけがましいのだが、音の間の空き方で言えば、『アカリ』は前作『シズク』より『ピュシス』に近い。
 が、『アカリ』には、『ピュシス』の滑らかさと違って、やはり何か衝突めいた感覚が潜んでいる。わりとメロディアスで、メロウに浸れる過去の作品と違って、『アカリ』は、普通は印象に残るはずの旋律的な要素は目立たず、ときおり鳴り出す無旋律/ドローンめいた音響は耳に付く。ときには中心よりも背景が、表側よりも裏側が目立つように仕組まれているが、結局は、どちらかが一方的に際立つことはない。
 細かい音の断片──ピアノ、具体音、電子音などなど──は、いままで以上に細かく断片化されている。露骨ではないが、フリー/インプロヴィぜーションへのアプローチも今作の特徴だ。音は、それ自体が単調/モノトーン/フラットであっても、ゆっくり、やがてさざ波のようにたがいに干渉し合って、他の何かを醸成していく。
 また、“音の持続への重力の関係”だの、“共鳴音の身体的な解釈のダイアグラム”だの、曲名の意味は僕にはさっぱりだが、この作品は1曲目の最初から聴くことを強制しない。つまり、矛盾した言い方をするが、3分聴いても60分弱のアルバム全体はつかめないが、3分のなかに60分弱のすべてがあるとも言える。

 座禅の経験者や日常的に黙想をしていた人にはよくわかることだが、ゆっくり流れる時間感覚は、早いそれよりも順応しづらいものだ。黙想していると時間の流れは遅くなるし、大量の情報を浴びていると時間の経過は早く感じる。テンポの速い曲のほうがポピュラーだし、メインストリームだし、売れ線だ。疲れを知らない我が家の幼児もハイピッチの曲にはノるが、疲れを知っている遅い曲にはノれない。歳を重ねるごとに良くなってくるのがアンビエントだと言いたいわけではない。たんに僕は、あまりにも長いあいだ、疲れ知らずという美学に拘泥していただけの話である。
 伊達トモヨシとコーリー・フラーは、何気に、すでに新しい場所へと進出しているのかもしれない。彼らの音楽へのアプローチにならって言えば、イージー・リスニングとアンビエントとは、やはり別モノである。気休めの音楽としても楽しめるかもしれないが、本質はそうではない。繰り返すが、そこにはむき出しにはならない、確固たる衝突、ひいては抵抗があるように感じる。
 そして、あからさまに言わないだけで、いつもは、この忙しい日常生活では、なかなか振り向かない角度に我々の関心を惹きつけているように思える。それがアンビヴァレンスの歴史からの逸脱なのかどうかは僕にはわからないが、自分に夢中の人がやっている音楽とは明らかに一線を画している。

※最近は、アナログ盤のみのリリースだったアルゼンチン人のフェデリコ・デュランドと伊達トモヨシとのメロディア名義の作品『サウダーデス』のCDもリイシューされる。

※また、彼らはただいま絶賛ツアー中です

野田努