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“絶叫”が後退、滲出する官能性 久保正樹
1993年。沸点を迎えた(そして、間もなく終息する)グランジ/オルタナティヴ・ロック・ムーヴメントを横目に—──まるでお役目ごめんと言わんばかりに──そそくさと解散したピクシーズ。とくにここ日本では向井秀徳がナンバーガール時代からその影響を公言していることもあり、彼らのことをリアルタイムで知るものも、知らないものも、オルタナティヴを志すものにとってはひとつの大きな憧れとなり、みんなの意識のとんでもなく高いところに鎮座していたわけだが、2004年に突然オリジナル・メンバーで再結成。その後もコンスタントに活動を継続し、いまや仰々しい伝説から僕たちのピクシーズとしてすっかり身近な存在となっている。というか、みんなピクシーズが存在しているというだけで満足してはいないかい?
昔の名前で出ているピクシーズもいいけれど、あんなにもふてぶてしい面格好をした連中に華やかなお祭り騒ぎはもういらない。そう、僕たちは新しいピクシーズがほしいのだ! 誰もがそんなことを感じはじめていたであろう2013年。彼らから不意に4曲入りEPが届けられた。5000枚限定の10インチ・アナログ盤&ダウンロードという形で発表されたこのEPは、第3弾まで連続的にリリースされ、ピクシーズ完全復活の狼煙を上げる。残念ながらその間にバンドの看板女将、ベースのキム・ディールは脱退してしまったが、そのEPすべての楽曲をコンパイルしたピクシーズ23年ぶりのアルバムが、本作『インディー・シンディー』というわけだ。長かった。再結成からじつに10年めのことである。
のっけからかき鳴らされるディストーション・ギターにじりじりと立ち現れる絶叫。1曲めの“ホワット・ゴーズ・ブーム”を再生してからほんの5秒。もうこれだけでピクシーズ。センスの塊としか言いようがない、ジョーイ・サンティアゴのフィードバックを活かしたギター・リフ。じつはマジシャンだったりするデイヴィッド・ラヴォリングのタイトなドラム。ブラック・フランシスのふらふら漂い遊ぶハイトーン・ヴォイス。どこまでもストレンジで孤高なのに、すんなり耳に入ってくるメロディ。かゆいところをくすぐる絶妙なコーラス・ワーク。思いっきり切ないのに思いっきり力強い。そんなピクシーズ節がこれでもかと畳み掛けてくる。ああ……あと足りないのは、キムの可愛らしく伸びのあるコーラスだけではないか。キムのいないピクシーズなんてクリープの入っていないコーヒーみたいな……いや、待て、みなまで言うな。そんな野暮はここではまったく無用だ。巧妙に組み立てられた曲の構成、いつ爆発するのかわからない破壊力を隠しもった緊張の持続は、キムの不在を忘れさせるには十分すぎるものだ。そして、YouTubeなどでチェックしてもらいたいのだが、キム・ディール脱退後に加入したキム・シャタック(元ザ・マフス)の解雇(!)を経て、現在ツアーにも同行中の新ベーシスト、パズ・レンチャンティンにも注目だ。ア・パーフェクト・サークル〜ズワンにも在籍していた彼女の凛とした存在感。すらり容姿端麗にしてひらりガーリーな魅力も放ち(ベースのヘッドにはお花が!)、低く構えた大きなベースをクールに弾き倒す姿は、世に多い女性ベーシスト・フェチの心をがっちり掴んで離さないであろう。もちろんコーラスもばっちりだから最高ではないか。
閑話休題。内容に戻ろう。『ドリトル』から『トゥロンプ・ル・モンド』まで、往年のピクシーズ・サウンドを支えたギル・ノートンをプロデューサーに迎えた『インディー・シンディー』。ギターとヴォーカルが、自由に漂泊して哲学するための空間を残したドラムとベースの8ビート。サビに向かいながら、ぐしゃっと潰れた音が密集するバンド・アンサンブル。そのサウンドの緩急と分離のよさは、まさにギル・ノートンの仕事だ。アコースティックな響きとエレクトリックな艶が絶妙にブレンドされた名曲“グリーン・アンド・ブルース”。リズムマシンのビートを採り入れた“バグボーイ”。フランシスの咆哮がマックスに達するヘヴィ・ロック・チューン“ブルー・アイド・ヘクセ”。見た目からは想像もつかない(失礼!)異様に美しくグラマラスな“インディー・シンディー” “スネイクス”。優しく柔らかに浮遊する“シルヴァー・スネイル” “アンドロ・クイーン”。シュガーコーティングされたとびきり甘いギターポップ・チューン“リング・ザ・ベル”、そして、切なさがいつまでも尾をひく本編ラストの“ジャイメ・ブラヴォ”などなど、楽曲のヴァリエーションの豊かさはこれまでの作品のなかでもピカいちで、最新型のピクシーズを堪能するにはこの上ない内容となっている。
しかし、どこから聴いてもピクシーズなのに、これまでのどの作品とも違う肌触りはなんだろう。エキセントリックな展開や地の底から湧いたような絶叫が後退し、ひねてねじれたメロディとアレンジの妙が、楽曲の大部分に侵食してきたからだろうか。シンプルにして中毒性のある構成に焦点をしぼり、これまで巨体のインパクトが邪魔をして(フランシス少しやせた?)表に現れにくかった色気、一度ハマったら二度と抜け出せないねっとりとした官能が誘惑して、こちらの悦楽中枢をじんわりと濡らしてくれる。また、度重なる昂揚の裏に、これまでピクシーズに感じることは少なかった涙腺をくすぐる瞬間もたくさんあったりして。何度聴いても、何度も新しい。
鈍い光を放ち、攻撃の手はゆるめず、しかし、随所にロマンチシズムをちらつかせるパイオニアの大きすぎる一歩がいま踏み出された。「らしさ」を残しつつ、過去の焼き増しとはまったく別のところに技巧をこらしたピクシーズが帰ってきたのだ。結成から29年。どこまでもストレンジなのに、どこまでもイノセント。まるで世界の奇観を眺めているような風変わりな透明感は、ますます度を増して、ある意味暴力的。これをファンタジーと呼ばずして、何と呼ぼうか?
久保正樹
■過去の名盤を聴いてみよう。
代表作レヴューはこちらから!
・『カム・オン・ピルグリム』(1987年)
・『ドリトル』(1989年)
・『トゥロンプ・ル・モンド』(1991年)
・『サーファー・ローザ』(1988年)
・『ボサノヴァ』(1990年)
・『ピクシーズ・アット・ザ・BBC』(1998年)
黒田隆憲、天野龍太郎、久保正樹