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朝に起きて、仕事へ出る。仕事を終え、夜に帰る。これを週5回くりかえす。このありふれた生活がスタートしただけで、平日の夜に聴く音楽が変わった。激しいのはちょっと勘弁。なるべくならメロウな方へ。あまりにもわかりやすい変化だけど、本当なのだからしょうがない。
このアルバムを聴くなら、平日の夜が似合う。有給をつかわなくても、イメージの小旅行をすればいい。それだけでずいぶんと気が楽になる。
作者の小谷洋輔はHARVARDやAVALONというエレクトロ・ポップのバンドで活動していたミュージシャンだが、そうした経歴がレーベル・コピーではいっさい明かされていない。どうやら本作『ANYWHERE』は、それらとはちがう耳のモードで聴いてほしいようだ。
個人名義から生まれてくるパーソナルな印象は、「どこか」というタイトルの抽象的な情景に溶けてなくなる。うまいとはいえない不明瞭な英語の歌も、異国で感じる孤独を思いださせる。僕自身、得意な方だと思っていた英語が現地ではなかなか伝わらず、ぼんやりとしか聴き取れず、もどかしい思いをしたものだ。イギリスでのぞいた鏡に映ったのは、自分個人でも日本人でもなく、猫背気味のアジア人だった。あの感覚が甦る。
小谷は海外の都市10箇所を20日間で旅行し、滞在先のホテルで本作を録音したそうだ。曲間のフィールド・レコーディングが示すように、小谷はところどころで自身の漂着点とその足取りを記録している。目的地はない。目的地がないから、旅が終わればチケットをもって家に帰るだけだ。その気楽さと安心感、あるいは、寂しさと物足りなさがアルバムに吹き込まれている。
全編ポップだが内省的で、イリシット・ツボイによってひたすらメロウに、そして綺麗なヒップホップに仕上げられている。なかでもニューエイジ風でメロディアスなインスト“Night In The Virginal”が魅力的で、1分半で終わってしまうのが惜しい。
夢にみたストロベリー・フィールズの風にのって窓から軽やかに飛び立つようなイントロ(ただしタイトルは“ステーキとフライ”)にはじまって、“星に願いを”をおもわせる“My Ideal(僕の理想)”でアルバムが終わるまで、たったの20分。よくできた作品だ。くどくない。すこし足りないくらいが、現実に帰るにはちょうどいい。
アーテイストHP:
YOSUKEKOTANI.COM
http://www.yosukekotani.com
斎藤辰也