Home > Reviews > Album Reviews > Mr. Scruff- Friendly Bacteria
映画で描かれるクラブの場面といえば、いたって淫らで、不健康で、クラバーは、享楽を貪っているだけの、おおよそ道徳心などない人間として描かれる。そのお決まりの構図は、ある意味では当たっているが、まったくはずれてもいる。
僕が20代後半のとき、この文化を好きになったのは、友だちとスピーカーや機材を運んでDIYのパーティをはじめたことが契機となっている。音楽好きが週末のフロアを借りてやっただけのことだった。ナンパもなかったし(内心はしたかったが、度胸がなかっただけのことだ)、暴力もなかった。純粋に音楽を楽しむ若い男女がいただけだった。
そんな出自を持っている人間からすると、映画で描かれるクラブ・シーンは腹立たしいものだが、僕と同じ気持ちの人間はたくさんいて、たとえば音楽を作っている人なら作品によって「違い」を訴える。そうじゃない。これは、純粋に音楽に恋している音楽なんだ。マンチェスターのミスター・スクラフもそうした潔癖派のひとりである。
6年ぶりの彼の新作『フレンドリー・バクテリア』は、ネオソウル系の、穏和な中年(といってもまだ40代とも言えるのだが)DJによる充実のダンス・ミュージック集である。ハウス・ミュージック界の大ベテランのロバート・オウエンズをはじめ、デニス・ジョーンズやヴァネッサ・フリーマンといった歌手を招き、大幅に生楽器(チェロ、サックス、ピアノ、トランペット、ダブルベース)を取り入れつつ、大人なダンス・ミュージックを展開している。
僕の家の壁には、昔彼が来日した際に手書きで書いてくれたイラストが長いあいだ飾ってあった。よく知られた可愛らしい絵で、それはいままで彼のアートワークに使われてきたし、彼の音楽のユーモラスな側面を表象してもいた。が、『フレンドリー・バクテリア』に可愛らしさはまずない。明らかにダークだ。かつてはイアン・デューリーのパブ・ロックから古いジャズ/ブルースまでと、様々なレトロな音源をネタにしてきたスクラフだが、今回はその手のわかりやすいサンプリングもない。先述したように、生演奏を大きくフィーチャーしている。
とはいえ、今回は微妙にスクウィーもどきのエレクトロが入っているし、ベース・ミュージックをまったく気にしていないとは言えないウォブルなベースラインも入っている。ちょっとずれている気もするが、若いトレンドも気にしているのかもしれない。
それでも、2曲目の“Render Me”のように、ときには重たい雰囲気のなか、ジャズの響きと力強いビートをブレンドしつつミスター・スクラフらしいエモーションが顔を出す瞬間が『フレンドリー・バクテリア』の醍醐味だ。綺麗なアコースティック・ギターとピアノの演奏とキレのあるファンクのベースラインが重なる“Thought To The Meaning”も悪くない。雄大なトランペットが耳にこびりついて、たまらなくビールが飲みたくなる“Feel Free”も僕は好きだ。
四十路を越えたDJがこの先どんな音楽を作るのだろうと考えたことがある。どんなに体調管理をしても、人間40も越えれば身体は動かなくなっていく。若い頃と違って身体を動かして音楽を楽しむことに無理を覚えるようになるのだ。それでもダンス・ミュージックは聴いていて楽しい、ということを50を越えた僕は知ったばかりである。ちなみに、当時は(宇川直宏調で)ヤバイ!!!と言われた、モダンDJの始祖であるフランシス・グラッソと彼の〈サンクチュアリー〉の光景は、1971年のジェーン・フォンダ主演の映画『コールガール』で見ることができるのが、いまの感覚では大人しく見える。本作とはぜんぜん関係のない話だが。
野田努