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Molly Nilsson

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橋元優歩   Jul 30,2014 UP

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 モーリー・ニルソンの低い声、知性的な声は、エラ・オーリンズを思い出させる。「低い声」というのは、虚飾のないヴォーカルと言いかえてもいい。「知性的な声」には、高い精神性が感じられるとつけ加えてもいい。ただ歌うことに長けているというのではない、人間の深さが歌の姿としてあらわれてくるような、そんな迫力の押しこめられた歌が彼女の歌だ。ニコに比較されているのを見かけるけれども、較べるべきはエラ。冷戦期のポーランドの貧困を目の当たりに育ち、ペンデレツキの幽霊とダーティ・ビーチズとが交差する地点でヒス・ノイズとたわむれる、あの徹底して理性的で懐古的なエラの白昼夢こそ、ニルソンのコアに共鳴するものではないだろうか。絶対に翔ばない、酔わない、嬌態を見せない、どこか男性的ですらある彼女のスタイルには、しかし抹香くささではなくクールさとよぶべき魅力がたしかにそなわっている。

 スウェーデンのシンガー/プロデューサー、モーリー・ニルソン。2008年のデビュー・アルバム『ディーズ・シングス・テイク・タイム』がこのたびアナログ盤でリリースされた。もともとは自主盤のCD-Rのみで流通していたもののようだ。
 エラとの違いで言えば、ニューウェイヴィな、あるいはヴィンテージなシンセ・ポップがトラックのベースとなっているところだろうか。電子音楽の黎明期を連想させるような音色からリヴァービーなスネアの響くエイティーズ調まで、審美的に、ストイックに選ばれ配置されていて心地がいい。同時期に登場し活躍した宅録シンセ/ドリーム・ポップの才媛たち──エラをはじめとして、マリア・ミネルヴァ、U.S.ガールズ、メデリン・マーキーにナイト・ジュエルまで──の種の優れた部分ばかりが抽出されたような……彼女たちのイイトコどりが、きわめて抑制的に行われているような、じつは、じつに、洗練された作品なのではないかと思う。寡聞にして当時はスルーしていたが、2010年の『フォロー・ザ・ライト』や2011年の『ヒストリー』からは、ちょうどそのあたりのタイミングでジョン・マウスのアルバムにソング・ライターとして参加していたりという活躍もあり、彼女の存在感も徐々に増してきた。一連の流れが俯瞰され整理され、彼女たちの「次」を見守る時期にあるいま、このデビュー作があらためて認識され直すことは、ニルソン自身や作品自体にとっても幸福なことだと言えるだろう。
 本作中もっとも浮遊感のあるものはと問われれば、まさにそのジョン・マウスへの提供曲である“ヘイ、ムーン!”だろうか。このシンセのアルペジオが作中マックスのテンションだ。まったく月影のようにおだやか。ルー・リードを思わせるようなフレージング、そして「ヘイ、ムーン」という歌いぶりもかっこいい。女であることをうち捨てるのではなく、するっと抜けていく感覚とも言おうか。概してチルアウトなシンセ・ポップ・アルバムだけれど、根底にはブルーズもある。そのあたりは遠い軌跡を描きながらセント・ヴィンセントにも接続していくかもしれない。

 もう一作はその名も『ザ・サマー・ソングス』。こちらは新作だが、まったく変わらない低体温ぶりで恰好の避暑盤となるだろう。“サマー・キャッツ”は跳ねているが、ビートはごくタイトで、ベースのグルーヴも艶消しプロダクションによって相殺されている。“ブルー・ダラー”なども同郷エール・フランスやタフ・アライアンスを換骨奪胎する、バレアリックと呼べなくもない「サマー・ソング」だけれども、やっぱり地べたと木陰を離れない。
 これは「ソロ・パライソ」なのだから。夏を支配するどのようなムードにも中てられない、わずらわされない、ひとりの楽園をこのEPとともに築いたらいいのだ。ジャケットに浮かび上がる猫の影。影こそは光の強烈さをもっとも正確に写しだす。このアートワークにおいてそれは、一匹でいることの自由さともなり、また、おぼろに、いずれは過ぎ去ってしまうだろう楽園の時間の喩ともなり、際立った印象を残している。昼には、装飾の少ないこの空間的な音と楽曲は涼しく思われるだろうし、夜には砂地に残る熱も感じられるだろう。当人はこの夏ブエノス・アイレスにいるとかいないとか、かの地の山並みにインスパイアされたりされていなかったりするだろうということだが、そんな彼女にチャネリングしてみるというデュエットな聴き方もいいかもしれない。