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Red Hot + Bach

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岡村詩野   Aug 04,2014 UP
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 幼少時にヴァイオリンを習っていた。最初は子どもでも弾けるモーツァルトやシューベルトの小品をあてがわれ、ピアノ伴奏に合わせて発表会などで演奏したものだったが、次第にバロック時代の作品、わけてもバッハに興味を持つようになっていった。小学生低学年の頃の話だ。なぜなら、音楽室にズラリと並べられていた作曲家たちの肖像画のもっとも先頭部分にバッハが鎮座していたからである。もしかしたらヘンデルが先頭だったかもしれないが、なんにせよピンときたのだろう。バッハはチェンバロやオルガンを用いた器楽曲の方を音楽の時間でも先に聴かされていたが、その後、『ドカベン』を愛読するようになっていたことも奏功し、G線だけで弾ける曲ならすぐに弾けるようになるのではないかと、どうしても「G線上のアリア」を弾いてみたくなりヴァオリン教室の先生に頼んでトライをしてみたのだ。だが、本作では12曲めでダニエル・ホープがとりあげているこの曲、無論のことながら、テクニックがあれば何とかなるような、譜面通りに弾いて形になるような曲ではなかった。まあ、なんだってそうではあるのだが、余韻とか情緒とか行間とか、そういう目に見えぬ何かがなければどうにもならないわけで、けんもほろろにバッハの壁に跳ね返されてしまったのだった。

 さて、その“G線上のアリア”、一般的にバッハでもっとも知られた曲とされているわけだが、元はといえば、“管弦楽組曲第3番BMV1068エア”(BMV~というのはバッハ作品を整理するための記号番号)として作られたもの。その後、1800年代にアウグスト・ウィルヘルミというヴァイオリニストによって、G線1本で演奏可能にするべくニ長調からハ長調へと移調されてこのタイトルになった。つまり、今日われわれが“G線上のアリア”として聴いているのは「ウィルヘルミ編曲版」という次第。バッハ死後に後続の演奏者や作曲家たちによって改題、アレンジされていった曲はこの他にも多く(本作でとりあげられている“アヴェ・マリア”もそうだ)、言ってみればフーガを初めとするバッハの作品における対位法などは時代とともにさまざまなジャンルの中で取り入れられることとなっている。ブルーズのペンタトニック・スケールや、ロックンロールの3コード・スタイルがいまなお応用されているのと同様に、じつはバッハの作曲技法は確実にポピュラー音楽の中にも消化されていると言えるのだ。その最たる例がグレン・グールドによる“ゴルトベルク変奏曲”だろう。
 そうした観点から本作を紐解いてみると、たしかにこれはエイズ・ベネフィットでお馴染みのレッド・ホット・シリーズの、長い歴史の中でも異色のクラシック作曲者をとりあげた作品であることに疑いはない。クロノス・クァルテットやフランチェスコ・トリスターノ、ダニエル・ホープのように、現代音楽とクラシック音楽を股にかけているアーティストが要所要所をしめているし、あからさまなロック・アーティストも参加していない。だが、マックス・リヒター、ロブ・ムース、ミア・ドイ・トッド、シャラ・ウォーデン(マイ・ブライテスト・ダイアモンド)、アミーナ、ジュリアナ・バーウィック、ガブリエル・カハーンといったアーティストたちのここでの解釈を聴いてハッと気づかされたのは、彼らの多くはすでにそれぞれの作品でバッハに倣った和声による対位法をとりいれているではないか、ということだ。アミーナの4人に取材をしたとき、クラシックの有名曲をガラスのコップなどで音階を辿り解析したがあると話してくれたことがあるが、もしかするとそうした経験を他の本作参加アーティストも多かれ少なかれやってきたからこそ、本作ではまるでカヴァーというよりバッハの技法を生かしたオリジナル曲を集めたもののように聴こえるのではないだろうか。
 そうした解体をダイナミックに堪能できるのが、ジェフ・ミルズとクロノス・クァルテットの邂逅による“コントラプンクトゥスII”から、クロノス・クァルテットだけによる弦クァルの“コントラプンクトゥスII”という流れ。間違いなく本作のハイライトと呼べるものだが、これを聴けば、2本のヴァイオリンの他に、通奏低音としてチェロ、弦バス、チェンバロなどが用いられていた“G線上のアリア”改題前のオリジナル演奏がうっすらと透けて聴こえてくる。そして、思うのは、このフォルムこそは、よくあるバンド・フォーマットにも通じはしまいか、と。2本のギター、ベース、ドラム、鍵盤……。

 よって、本作はいわゆるポスト・クラシカルの作品などではない。ポピュラー音楽の変遷の中でいかにバッハの技法が大きなファクターとなって大きな道筋をつけてきたかに気づかされる一枚だ。レッド・ホット・シリーズ、またしても良い仕事をしてくれた。次はアーサー・ラッセル編が届くのを心待ちにしていよう。

岡村詩野