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FKA twigs

AmbientHip HopR&B

FKA twigs

LP1

Young Turks / ホステス

Tower HMV Amazon iTunes

竹内正太郎   Sep 01,2014 UP

 「今年はゼロ年代がちゃんと終わった」などという生意気を、『ele-king vol.12(BEST OF 2013特集)』のマイ・プライベート・チャート10に書き込んだのは、アルカの『&&&&&』(self-released)を1位に、そしてそのアルカがプロデュースしたFKAツイッグスの『EP2』(Young Turks)を6位に選んだことで説明責任は果たせるだろう、と思ったからだった。そう、かつて『remix』マガジンが副題に掲げていた「THE SHAPE OF MUSIC TO COME」というコピーがいまでも僕は好きだが、そういったものがいまでももしあり得るなら、『&&&&&』を聴いたときの戸惑いこそを信じてみよう、と。
 そして、一部の好事家はその得体の知れない音楽を便宜的に「ディストロイド(ディストピック・アンドロイド)」と呼んだわけだが、そのイメージを決定づけたのはやはり、FKA ツイッグスの『EP2』によるところが大きい。FKAツイッグスをめぐっては、通常、コクトー・ツインズやポーティスヘッドの名が出がちだが、むしろ『EP2』は、あそこまで人間臭い音楽はとても聴いていられない、という人向けに遺伝子操作された極めて人工度の高い音楽だったハズであり、それはアルカとの異次元的なコラボレーションで知られ、この『LP1』にもヴィジュアル面の担当で参加しているジェシー・カンダの作り出す世界観が背景にあるのも大きいだろう。
 音楽の中から人間の気配を極力消し去ってしまうこと。『EP2』までのFKAツイッグスとArcaの試みを比較すべきは、だから、〈フェイド・トゥ・マインド〉のケレラではなく、正しくは〈リヴェンジ〉のホーリー・ハードンだったのだろう。同じ2012年に“ブリーズ”なる同名曲を各々リリースしているのが興味深いが、声の質感やトラックの中での配置「だけ」を楽しむ世界というか、そこではヴォーカルとオケのどちらが偉いというわけでもない。いわゆる「インディR&B」的な機運を準備したのがジ・ウィークエンドだったにせよ、インディ・ロックの側からその機運に応えていたのがハウ・トゥ・ドレス・ウェルだったにせよ(彼を「BPM20ヴァージョンのマイケル・ジャクソン」と評したのはどこの海外メディアだったか)、僕に言わせれば彼らはいささか「歌い過ぎ」た。

 そういう意味で言うと、引きつづき〈ヤング・タークス〉からのリリースとなった本作『LP1』も、やや歌い過ぎといえば歌い過ぎの作品ではある。レーベル側の都合なのか、それとも正式なフル・アルバムを準備中のアルカとのスケジュール調整の都合なのか、あるいは彼女自身の要望なのかはわからないけれども、一転してアルカのプロデュース曲が激減した本作では、『EP1』から『EP2』に飛躍したときほどの距離を飛べてはいない。「10年早い音楽」が「3年早い音楽」くらいのポップ・バランスになった、とでも言うか。一方、アルカの代わりに主役級の抜擢を受けているのは、キッド・カディの『マン・オン・ザ・ムーン』シリーズや、ラナ・デル・レイの『ボーン・トゥ・ダイ』等々で知られる、「暗いのに売れるUSダウンテンポ」の名手であるエミール・ヘイニーだ。〈ヤング・タークス〉も恐ろしいことを考えるもので、要は「マーキュリー賞とグラミー賞の両方を狙え」というわけだろう。
 もちろん、この狙いが必ずしも裏目に出ているとは言い切れない。エミール・ヘイニーのプロデュースをアルカが演奏/打ちこみ面でサポートする“トゥー・ウィークス”と“ギヴ・アップ”は本作の目玉で、ヴォーカルとオケのどちらを聴けばいいのかわからなくなるような戸惑いや、未来を窃視しているような緊張感は薄まったが、なるほど、未来のトップ40チャートから迷い込んできたような変種のR&Bとしてうまくコントロールされている。“ペンデュラム”をプロデュースしている大御所、ポール・エプワースも同様で、『EP2』までに築かれたツイッグスの世界観を壊さぬよう、慎重に音を選んでいる配慮が伝わってくる。あるいは逆に、『EP2』の世界観に囚われ過ぎでは、という気がしないでもないが。
 逆に、アルカが唯一プロデュースを手掛ける“ライツ・オン”は、最後の1分間の展開には唸らされるが、アルバム全体からすればややインパクトに欠けるか。まあ、自分のアルバムを準備中の人間に“ハウズ・ザット”や“ウォーター・ミー”レベルのものを10曲用意しろ、というのはさすがに無理な相談のようである。そしてこれは僕の耳がひねくれ過ぎているのか、エミール・ヘイニー、デヴォンテ・ハインズ(a.k.a ブラッド・オレンジ)、クラムス・カジノ、アルカの名がズラリと並べられた“アワーズ”のプロデュース欄には驚いたが、いろいろなものを足し過ぎた結果、全員の個性がうまい具合で相殺されてしまっているように感じられたのは残念だ。意外なところで面白いのは、UKの新人R&Bシンガー、ジョエル・コンパスが作曲の共作者に名を連ねる、おそらくは本作の中でもっともふつうのR&Bに近い素材であるハズのクローサー・トラック“キックス”が、意外とドハマりしていて、ツイッグスのセルフ・プロデュース力の高さというか、どんな曲でも自分色に変えることのできる圧倒的な声の力をむしろ実証する形になっている。

 すっかり長くなってしまったが、ここまで来たので風呂敷を広げてしまおう。米メディア『ピッチフォーク』は今から2年前、インディとメインストリームのあいだに広がる第3の道を「スモール・ポップ」と呼んで何組かのアーティストを(おもにブラッド・オレンジ以降という文脈で)紹介していたけれども、そうした二項対立そのものがはたしていまでも有効なのか、ということを執念深く検証しつづけているのが今年の『タイニー・ミックス・テープス』だ。不得意な英語に目を通しながら、僕がアルカとFKAツイッグスの登場に受けたあの拭いがたい衝撃を思い出したのは、『タイニー』のコラムで次の一文を読んだときだ。「同時代に生み出される最新・最良の音楽は、いつだって私たちが想像するよりもはるかにスマートで、かつ生産的なものである」。なるほどたしかに、『EP2』や『&&&&&』は「気付けば到来していた未来」としていつの間にか眼前に迫り、ミュージック・フリークたちを中心とした決して小さくない市場を生んでしまった。そう、心配することなど何もないのだろう。
 ついでに言えば、クィア・ラップのプロデューサー陣からは、アルカと同じくミッキー・ブランコのプロデュースでブレイクしたベルリンのデュオ(?)のアムネシア・スキャナー(Amnesia Scanner)が、それこそ『&&&&&』の2014年ヴァージョンのようなディストロイド系のミックステープ『AS LIVE [][][][][]』(自主盤)をリリースしているし、そのミッキー・ブランコは自身の正式フル・アルバムを準備するかたわら、トリッキーの2014年作『エイドリアン・ゾーズ(Thaws)』にも参加、オーディションを開いてまで選び抜いたネクスト・ディーヴァ、フランチェスカ・ベルモンテと“ロニー・リッスン(Lonnie Listen)”で共演している。あるいは、メロウなR&Bに落ち着いてしまうのか、と心配されたケレラはご存じ、BOK BOKとの“メルバズ・コール(Melba's Call)”でグリッチR&Bと呼ばれるネクスト・レヴェルを披露、さらには、筆者が個人的に贔屓にしているラッパー、リーフと“OICU”で共演、彼方のR&Bを目指している。
 これらはあくまで一例に過ぎないが、とにかくクィア・ラップ、インディR&B、そしてディストロイドと、筆者がここ数年でなんとなくおもしろいと思ってきた変わり種の音楽が、インターネットを介して少しずつ折り重なってシーンのようなものを形成しつつある。トップ40との両立でも、もちろんいい。そのとき、FKAツイッグスにも「こちら側」にいてほしいと思うのである。あくまでもそうした先端部の動きと比べれば、という前置きは絶対に必要だが、FKAツイッグスは『LP1』でポップ・シーンへの配慮が過ぎたかもしれない。守りに入るには、いくらなんでも早すぎるだろう。「来たるべき音楽」が鳴る場所というものは、既知の情報がもたらす安らぎのなかで団らんする場所ではけっしてあり得ない、ということを、あなたは教えてくれたじゃないか。

竹内正太郎