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St Germain

Deep House

St Germain

St Germain

Warner Music France

小川充   Nov 26,2015 UP

 このレヴュー本編を書いたのは11月13日のパリ同時多発テロ前のことなので、意識的に取り上げたわけではないことを最初に断っておく。今回の事件については、さまざまな植民地を作るとともに多くの移民を受け入れてきた多民族国家としてのフランス共和国の背景、フランスとイスラム教徒やイスラム国家との関係などさまざまな要素が関わってくるのだが、政治だけでなくフランスの文化や芸術には多様な民族性が存在している。本作そのものは事件とはまったく無関係だが、イスラム圏の音楽を融合したフランスの作品ということで、結果的には何とも複雑な想いを抱かずにはいられない。その後、フランス政府はISとの戦争を始め、予断を許さない状況へ突入している。事件は終わったわけではないのでここでのコメントは差し控えるが、そのかわりにサンダーキャットが事件直後に発した「パリ」という追悼曲のリンクを以下に貼ることにした。
https://www.youtube.com/watch?v=GIMHOM2VSz8
http://ja.musicplayon.com/play?v=361659
https://soundcloud.com/brainfeeder/thundercat-paris

 1990年代からダンス・ミュージックを聴く人にとって、サン・ジェルマン(ルドウィック・ナヴァーレ)と言えばフレンチ・ディープ・ハウスの雄という答えが返ってくるだろう。ローラン・ガルニエ主宰の〈Fコミュニケーションズ〉、及びその前身の〈FNAC〉から、「アラバマ・ブルース」はじめ良質な作品を次々とリリースする90年代半ば。『ブールヴァール』シリーズに顕著なように、ジャズやラテンからの影響が強く、中にはDJカムに通じるようなジャジーなダウンテンポ作品もあった。当時のイギリスやドイツを筆頭としたヨーロッパでは、ジャズをキーワードにアブストラクト・ヒップホップやトリップ・ホップ、ドラムンベースからディープ・ハウス、デトロイト・テクノなどまでもが結び付いた時代だった。フランスでそうしたクロスオーヴァーな役割を担ったのが〈イエロー・プロダクションズ〉〈ヴァーサタイル〉〈Fコミュニケーションズ〉〈ディスク・ソリッド〉などで、それらを総称してフレンチ・タッチとも呼んでいた。

 そうした中、サン・ジェルマンはジャズ・ハウス・スタイルの洗練化にどんどん磨きを掛け、2000年には〈ブルーノート・フランス〉と契約し、名曲“ローズ・ルージュ”を含むアルバム『ツーリスト』を発表する。いまもジャズ・ハウスの傑作として語り継がれる1枚だ。しかしながら、『ツーリスト』は世界的にヒットしたものの、その印象があまりにも大きく、それからの活動では必ず引き合いに出されることになってしまう。2003年に〈ワーナー・フランス〉からトランペット奏者のソエルとのコラボ作『メメント』を出すものの、内容としてはラウンジ調のアシッド・ジャズというようなもので、音楽的には『ツーリスト』から後退したとも酷評された。そうした長いスランプの時代を経て、『ツーリスト』から早や15年という今年、サン・ジェルマンが復活作をリリースした。自身のユニット名をアルバム・タイトルとしたところに、改めて初心に帰るとともに、新生サン・ジェルマンという意思の表れが強く見える。

 新生サン・ジェルマンという点で、本作の大きな特徴としてアフリカのマリ共和国の音楽からの影響が挙げられる。ベルベル人系のトゥアレグ族に伝わるタカンバなどの伝統音楽をルーツに、現代性を取り入れていったのがソンガイ・ブルースで(砂漠のブルースとも形容される)、アリ・ファルカ・トゥーレ、アガリ・アグ・アーミン、ティナリウェイン、シディ・トゥーレなどの活躍で、近年は世界中から注目を集めている。ロバート・プラントからデーモン・アルバーン、フォー・テットやハイエイタス・カイヨーテなど注目するアーティストも多いのだが、フランスには昔からアフリカ移民が多く、アフリカ音楽が栄えてきた土壌がある。フランスとマリのアーティストがコラボしたドンソというユニットもあり、サン・ジェルマンの本作もその線上に位置する作品と言える。ナハワ・ドゥンビアはじめアフリカ出身のミュージシャンが多数参加し、生半可ではない本物のマリ音楽を自身の中に取り込んでいる。「シッティン・ヒア」や「リアル・ブルース」など、自身のルーツであるディープ・ハウスとソンガイ・ブルースの融合が基本にあるが、「ハンキー・パンキー」のように単なるハウス・ビートではないより自由なリズム・アプローチがあり、「ヴォイラ」や「ハウ・デア・ユー」のように密にブルースに根差した作品もある。タカンバを掘り下げることによって、「ファミリー・トゥリー」のようにジャズへの取り組みもより深いところで行われるようになった。もはや、『ツーリスト』の憑き物は完全に剥がれ落ちたと言っていいだろう。

小川充