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The Soft Pink Truth

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The Soft Pink Truth

Why Pay More?

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木津毅   Jan 06,2016 UP
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 YouTube動画をはじめて見たときのことを覚えているだろうか。自分の場合、まったく覚えていないどころかそもそもいつ頃からYouTubeを使っていたかすら定かではない……が、たいていの人間にとってもそんなものだろう。それはいとも簡単に、恐ろしくスムーズにわたしたちのモダン・ライフスタイルに浸入した。が、マトモスの片割れのドリュー・ダニエルは「はじめてのYouTube動画」をはっきりと覚えていて、それはイラクの砂嵐だったという。YouTubeがはじまったのは2005年のイラク戦時中であり、のちに続く紛争とテロの10年において、つねに傍らにあったのはインターネット動画サービスだった……企業も政治家も大衆もテロリストも活用できる「サービス」だったというわけである。
 コンセプチュアル・アート作家としてダニエルはここで、政治的というよりは社会学的なアプローチでこの10年を支配したインターネット・サービスを調理する。まず、検索ボックスに「Step」「Looking」「Acapella」「Awesome」そして「Party」の語句を入力し、そこから導き出される動画の音声をサンプリング、そうして8年前にジョークとして1曲完成させる。それから動画カルチャーに嫌気がさしたこともあって放置していたそうだが、2015年の暮れに作業を進め楽曲を増やし、たんなるジョークの域をずるずるとはみ出した結果完成したのが本作である。

 ためしに僕は、最近は「ヤバい」ともよく訳される「Awesome」を入力してみた。素人なのか「ユーチューバー」なのかわからないが、多くは投稿された「驚き動画」の類のものが並べられている。スゴ技を披露する人びとの姿を見続けていると、感心しつつもすぐに気分が悪くなってしまった。なんというか、「自分」を世界に向けて無邪気に放流する人びとの姿の気の濃度にやられてしまったのだが、もちろん自分もその世界のなかにいるわけだ。そしてザ・ソフト・ピンク・トゥルースの“オーサム”を聴いてみる。誰とも知らない人間たちのはしゃぎ声がメタリックなベース音とともに野放図に広がっていく……。
 ドリュー・ダニエルの、ひいてはマトモスのタチの悪さはここからだ。ふたつめのトラック“アカペラ”の、おそらく多くは素人のものであるだろう声や歌がぶつ切りにされ、緊迫感のあるビートによってそれらが奇妙なカットアップ・ハウスへとなっていく様は不気味であると同時に快楽的だと思えてしまう。前作にあたる『ホワイ・ドゥ・ザ・ヒーザン・レイジ?』はブラック・メタルにおけるホモフォビアを異化することで逆照射的にお行儀のいいゲイ・カルチャーの現在をからかっており、そのためやや込み入った音になっていたが、ここではもっと素直にマトモスが得意とする愉快でユーモラスなエレクトロニカ、おかしなハウスが聴ける。この10年のインターネット・カルチャーの歪みをモチーフとしながら、しかしどうしようもなく愉しいアルバムである……先ほどと逆のことをあっさり言ってしまうが、ケース・スタディでありつつ、これはやはり音楽作品なのだ。これで踊れるひとだってたくさんいるだろう。
 「Pay」の検索から生まれたであろうタイトル・トラックはマトモスの『シュープリーム・バルーン』(08)を連想するようなシンセ・ポップが混ざったキッチュなエレクトロニカだが、この音の元になった動画では消費が謳われていたことだろう。が、ダニエルは「なんでもっと支払うの?」と意味を反転させる。続くトラックでアブストラクトなビートと電子音のなか「コンピュータって何だよ?」と叫ばれるのにもつい笑いがこみあげてしまう。ゲイ・カルチャーへの直接の言及は今回あまりないが、“アイ・ラヴ・ユア・アス”、すなわち「お前のケツが大好きだ」がエレクトロ調のセクシーなトラックとなっているのはまあ、彼らしい意地の悪い冗談だろう。そうしてアルバムは、パーカッションがファンキーに転がる、ソウルフルですらあるハウス・ナンバーで終わっていく。トレンディな音とは言えないが、むしろそのことがダニエルの余裕を感じさせる。

 ダニエルはこのアルバムを「YouTubeにおける才能そして/あるいは狂気」だと説明している。この10年のライフスタイルの風刺画でありながら、それを嗤うのではなく朗らかに笑っている……自分もその一部なのだから。SNSをどれだけ嫌おうとも、インターネットの弊害をどれだけ語ろうとも、わたしたちはもうそれがなかった世界には戻れない……なんて真面目な顔で言うより先に、このアルバムはグロテスクな時代を舞台にわたしたちを踊らせる。

木津毅