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デンシノオト   Feb 10,2016 UP
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 本作は、フェネスがグスタフ・マーラーの交響曲をリ・コンポジションしたアルバムである。もともとは2014年にフェネス自身のバンドキャンプからデータ配信されたアルバムだが、2016年になり、フェネスの『ヴェニス』(2004)や『ブラック・シー』(2009)などもリリースしている英国の老舗音響レーベル〈タッチ〉からダブル・ヴァイナル/データとしてリ・リリースされた。
 収録された音源自体は、2011年5月にウィーンのラジオ・クルトゥール・ハウスで行われたライヴ録音である(当日はベルリンのヴィジュアル・アーティスト・リレヴァンの映像とともに公演)。この「マーラー・リミックス」のプロジェクトはその後も継続され、ニューヨークのカーネギー・ホール、イスタンブール・ボルサン・アート・センターで公演・演奏された。また、2014年の新作アルバム『ベーチュ』収録曲“リミナリティ”のプロトタイプがすでにプレイされていることも聴き逃せないポイントといえよう。

 それにしても、フェネスの音楽は、いつも濃密なロマンティシズムに満ちている。ときにグリッチ・ノイズの向こう側に。ときにエレクトリック・ギターのコードの中に。それらは夏の夕暮れのような濃厚な芳香のような、もしくは真冬の凍てつく雪景色のようなサウンドなのである。
 その「響き」の源泉はどこにあるのだろうか。ひとつは、彼のルーツのひとつといえるプログレッシブ・ロックなどのロック・ミュージックとは容易に想像がつく(フェネスはピンク・フロイドの『狂気』をフェイヴァリット・アルバムに上げていたこともある)。しかし、いわゆる「クラシック音楽」由来のそれではないはずだ。では、このロマンティシズムの正体は何だろうか。私には、彼が生まれ育ったウィーンの地の影響が大きい気がするのだが……。
 ともあれ、彼の音楽は、たしかに「エレクトロニカ/電子音響時代の後期ロマン派」とでも形容したいほどの黄昏色の情感が鳴り響いている。まるでブラームスの「間奏曲集」のように。もしくはマーラーの交響曲の穏やかな部分のように。その意味で、この『マーラー・リミックス』プロジェクトは、フェネスの音楽性から考えれば、もはや必然ですらあったのだろう。

 もっとも、テクノやエレクトロニカ・電子音響・ポストクラシカルのアーティスト/音楽家とクラシック音楽(の演奏家など)とのコラボレーションは、マシュー・ハーバードやカール・クレイグ&モーリッツ・フォン・オズワルド 、マックス・リヒターやオーラヴル・アルナルズの例を振り返るまでもなく、現在まで活発に行われているプロジェクトであり珍しいことではない。
 しかし、本作は、そのどれとも趣が違っている。既存の音源のサンプルを用いてはいるのだが、交響曲などが丸ごと使われることはなく、演奏の中で断片的にサンプリングされ、音色も変化させられ、フェネス的なグリッチや演奏の中に溶け合うように存在しているのだ。フェネス的な音響の向こう側で、マーラーの黄昏色の響きが、ノイズまみれの記憶の層の中で不意に再生される音のように鳴り響く……。
 
 アルバムは、全曲“マーラー・リミックス”という曲名で統一され、全4曲が収録されている(曲ごとに1、2、3、4とナンバーがふられている)。どの曲もフェネス自身の演奏や楽曲もところどころに表出し、淡い音響の中で溶け合っていく構造になっている。とくに“マーラー・リミックス3”以降の淡い音響の連鎖は、フェネス×マーラーの個性・音楽が完全に融合し切っており、穏やかな音響ながら音楽のもっとも深い深遠へとたどり着いているように思えた。“マーラー・リミックス3の”終盤近くで展開するノイズと霧の中に解けたような交響曲の響き!
 そう、本作は、クラシック音楽の再解釈的演奏でも編曲でもない。マーラーとフェネスのロマンティックな響きが互いの境界線を溶かすように交じり合う「サウンドの再生成」なのである。「マーラーをリミックスすること」と「マーラーとリミックスされること」の実践とでもいうべきか。まさに「時空間を越境するコラボレーション」に思えてならない。
 同時に、2000年代末期以降、エレクトロニカがアンビエント/ドローン化していく中で、それらに内包されていたロマン派的な響きへの偏愛を、意識的にコンポジションした(ほとんど)唯一の成功例にも思えた。

 最後に私見をもうひとつ。2014年に〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた『ベーチュ』がアフター『エンドレス・サマー』の系譜を継ぐ「豊穣な夏の記憶」とするなら、自主配信を経て〈タッチ〉からリリースされた本作こそ、アフター『ブラック・シー』とでもいうべき「冬の音響」の系譜を継ぐ作品ではないか。なにより『ブラック・シー』は彼のアルバム中、もっとも「ロマン派」的な作品であったのだから……。

デンシノオト