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Whitney

Folk RockIndie Rock

Whitney

Light Upon The Lake

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デンシノオト   Jul 27,2016 UP

 レイドバックしているのに「棘」がある。 ホイットニーのファースト・アルバム『ライト・アポン・ザ・レイク』を最初に聴いたとき、そう思った。ホイットニーといっても人名ではなくバンド名である。しかもその音楽性は、ザ・バンドのようだ、と書くと洒落か冗談みたいだが、たしかにそうなのだ。しかし真に重要な点は、ザ・バンド的70年代風のフォークロックなのにまったく懐古趣味的ではないという点にある。彼らの演奏や音楽には「いま」の空気が、あふれている。そしてそれは2016年現在の「いま」であって、最先端のモードであるとかないとかなどは関係がない。「いま」はいつの時代でも「いま」である。ついでにいえば、彼らが元スミス・ウエスタンズのドラマー、ジュリアン・エールリヒとギタリスト、マックス・カラセックであることも(それほど)は関係ない(と、あえていってしまいたい)。ホイットニーは、2016年の音楽であり、この夏に鳴り響くべき、いまのフォーク・ロックだ。じじつ、彼らの音楽にはそんな力がある。未聴の方は、まずは“ゴールデン・デイズ”を聴いてほしい。

 曲の、というよりサウンドに不思議な棘を感じないだろうか。70年代的な曲調・演奏なのにリラクシンする直前のなにか。この「棘」と「いま」を、「若さ」という言葉に置きかえてもいいだろう。が、しかし、それは同時代的な現象でしかない「若者」ではない。むしろ時代や歴史を超えても存在する普遍的な「若さ」に思える。そして「若さ」とは、たいてい傷を付けられているものだ。その「若さ」を、より音楽に近づけていえば、たとえばペイル・ファウンテンズなどの80年代ネオ・アコースティックな音楽のような「若さ」ともいえるだろう。かつて80年代のペイルはブリューゲルホーンとゼブンスのコードにのせてバート・バカラック調の曲を歌っていた。2016年のホイットニーはザ・バンドやコリン・ブランストーンのようになろうとしているのだろうか。

 むろん、だれもが知っているようにネオアコ的な「若さ」には、不思議な「老成」もつきまとうものだ。それは歴史が終わったという諦念によるものだろう。しかし、ホイットニーの彼らには「終わった歴史を生きている」という諦念は希薄に思える。現在は2016年なのであって、1983年ではない。1996年でもない。2004年でもない。進化・停滞するリニアな歴史はとうの昔に終焉をむかえた。フラット/平面的な時間軸に置かれた歴史をわれわれは生きはじめているのだ(80年代リヴァイヴァルが終わって次は90年代の番かと思いきや、1971年と1978年が混在し、1983年と1996年が同時にきている感覚。なぜか。たぶん、20世紀が終わったからだ。フォルダ的な、反復的な、リヴァイヴァルが無効になった)。

 では彼らの「棘」はどこにあるのか。音楽的な部分でいえば、肝はジュリアンのドラムにある。全体的にリラクシンな演奏だが、ドラムだけがやや前のめりで、まるで楔を打ち込むような演奏をしているからだ。“ゴールデン・デイズ”を聴けばわかるが、レイドバックした演奏の中に、まるで棘のように打ち込まれるドラムによって、ホイットニーは80年代ネオアコでも90年代のギタポでも00年代のインディでもない「2016年のいま」の音楽になっている。このドラムの「硬さ」が、70年代的レイドバック感覚の音楽に、ヒリヒリとした現在性を注入しているわけだ。ドラムが音楽に同時代性の輪郭線を与えている、とでもいうべきかもしれない。この「若さ」特有のヒリヒリした感覚、つまりは「棘」と「傷」が、もっとも全面化している曲が唯一のインスト曲“レッド・ムーン”ではないかと思う。この前のめりのドラムと、つたないジャズのようなホーンが胸をうつ。

 つぎに重要なエレメントはエレピの響きである。アルバム1曲めはエレピのイントロによる“ノー・ウーマン”ではじまるのだが、このコード感に、かすかに70年代中期のAOR/ディスコ感覚を聴きとることができるはず(彼らの世代でいえばダフトパンクの『ランダム・アクセス・メモリー』の存在が大きいのかもしれない)。その意味で、エレピが全面にフィーチャーされている“ポリー”の「ダンス・ミュージック感」は重要だ。この曲の存在によって、本作は70年代初期と後期をつなげているのだ。

 そしてなにより重要なのは、ドラマーであるジュリアンがヴォーカルをつとめている点にある。ライヴ映像を見れば一目瞭然だが、ドラムを中心としたステージ・フォーメーションとなっている。ザ・バンドやYMOなどの系譜を置くことは簡単だが(思わず高橋幸宏氏ならば本作をどう聴いたのかと知りたくなってしまったほどだ)、私はむしろヴォーカリストを中心とするロックバンドの形式に対して、カジュアルにノーを突き付けるパンク感覚ではないかと思った。そう、棘とは傷と反抗である。レイドバックした演奏に込められた傷と棘。だからこそ、アルバムのラスト曲にして、多幸感にあふれたカントリー調の“フォロウ”が胸に深く突き刺さるのだ。

 むろん、こんな理屈など彼らの音楽を前にするとどうでもよくなる。マックスのギターに、ジュリアンのコリン・ブランストーンを思わせる声と「棘」のようなジュリアンのドラム。そして、瀟洒なエレピ、ネオアコの記憶を想起するホーンなどなど、すべてが奇跡のように、「いま」の「インディ・ロック」として鳴っているからだ。ただ、この夏に聴けばいい。棘と反抗と、ポップ・ミュージックが醸す美しい瞬間のために。などと思って、ジャケに目をむけると美しい赤い薔薇のアートワークであった。薔薇と棘。ああ、まさに、と深く納得するほかはない。

デンシノオト