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Wild Beasts

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Boy King

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木津毅   Aug 05,2016 UP

 ワイルド・ビースツは、いまもっともロックに懐疑的なロック・バンドのひとつだ。自嘲的と言い換えてもいいかもしれない。それはたとえばポストロックにおけるロックの意味性の剥奪のようなものではなくて、相変わらず死滅しないロックのマッチョイズム、男性性に対してのものである。フェミニンあるいはクィアな男はR&Bシンガーとして自らを解放し、あるいはシルベスター・スタローンのようなひとでさえマッチョな男は『エクスペンダブルズ』(消耗品)だと言って自虐しているこの時代に、ロック・バンドをやろうなんて男(たち)はまだ幻想にすがっているのか? 2008年、「ニュー・エキセントリック」なんてタームが有効だった時代にアルバム・デビューしたワイルド・ビースツははじめからそうしたテーゼを内包しており、しかしあくまでフォーマットとしてはアート・ロックをやるという矛盾を抱えていた。そのねじれ方こそが彼らのおもしろさであり、批評家受けする所以でもあるのだろう。フォールズなどのごく一部の例外を除き、2008年前後にデビューしたアート・ロック・バンドの生き残りとしてワイルド・ビースツは、そうした問いを深めてきた。単純に、いまのUKロック・バンドが5枚めのアルバムを出せるということ自体が快挙だ。
 もちろん、ワイルド・ビースツの息の長さは何よりも音のユニークさによって獲得してきたものだ。とくにマーキュリー・プライズにノミネートされた『トゥ・ダンサーズ』(09)のイメージが強いだろう、金属的な質感ながら妙な粘りけを持った奇妙なファンク・ミュージック。エロティック、と言うよりはいかがわしさすら覚える強烈なファルセット・ヴォーカル。ワイルド・ビースツの纏う官能性は、いまどきのロック・ミュージックとしては生々しくフィジカルであることから来ている。知性的だがじつはバキバキに肉体派でもあり、それこそが自分たちを「野獣」と呼んだ理由にちがいない。

 プロデューサーに売れっ子ジョン・コングルトンを迎えた5作め『ボーイ・キング』は、プロダクションのメジャー感を強めたことによりまさに「ワイルド」な印象を前に押し出している。エレガントな風合いだった前作とは対照的だ。が、フォールズがハードロック化(マッチョ化)したのに対してワイルド・ビースツは、演奏と音色がハードになっても艶めかしさを失っていない。1曲めの“ビッグ・キャット”を聴いてみよう。ゆったりとしてシンプルなシンセとリズムのなか、シンコペートするメロディを歌うヘイデン・ソープの高音が聴き手の身体を撫でる。ビッグ・キャットとはイチモツのデカさに頼るしかない男への皮肉だそうだが、どこかしらその視線には憐憫も含まれているようだ。ぶっといエレキのせいかストーナーめいた質感もあるファンク・トラックの2曲め“タフガイ”もまた、逞しい男を演じることにすがる男の悲しみを異化する。ヘヴィなベースがドラムと地を這う3曲め“アルファ・フィメール”では群れの頂点に立つ女に屈する……。アルバムの前半はとくにそうだが、マッチョを装ったサウンドに乗せて、しかしフェミニンな歌を絡めながら男の存在意義を揺さぶっていく。
 転換となるのは6曲めの“2BU”で、この曲はアルバムのハイライトでもある。多くのひとがアノーニを連想するだろうトム・フレミングが深い声で、ロウなコミュニケーションを情熱的に求めてみせる。その様は両性具有的な佇まいを獲得していると言えるだろう。もう一曲フレミングがリード・ヴォーカルを取る“ポニーテイル”もまた、メランコリックに切実に愛を希求する狂おしいラヴ・ソングだ。そこではエフェクトのかかった声のループやシンセなどもかぶせながら、しかしたしかにヘヴィなロック・サウンドが鳴らされている。そしてラストのピアノ・バラッド“ドリームライナー”。はじめは男性性を対象化していたはずのアルバムは、やがて男(たち)の弱さや情けなさ、頼りなさを晒して幕を閉じる。

 『ボーイ・キング』は旧態然とした男の悲哀を皮肉りつつも、同時に共感と同情を滲ませながらゆっくりと浮かび上がらせていく。それは結果的に、中年化していくロック・ミュージックへの眼差しでもあるように僕には感じられる。そこで男たちはたしかに傷ついている。苦悩もしている。それがいまの時代におけるアート・ロックのアクチュアリティのひとつと言えるのではないか。それをたんなる観念の産物にすることなく、ファンキーかつセクシーなサウンドを遵守するのは野獣たちの意地のようだ。まったくもって独自の道を追求し続けるバンドである。

木津毅