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Tigran Hamasyan / Arve Henriksen / Eivind Aarset / Jan Bang

AmbientImprovisationJazz

Tigran Hamasyan / Arve Henriksen / Eivind Aarset / Jan Bang

Atmosphères

ECM

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デンシノオト   Oct 12,2016 UP
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 アルメニア。かの国は、西暦301年にキリスト教を国教に定めた国家であった。これはローマ帝国以前のことで、世界最古のキリスト教国といわれている。そのアルメニアの教会音楽は、西欧的な合唱やオルガンなどを用いつつも、どこか東洋的な響きをもっている。まさに歴史と音楽の交錯地点。
 アルメニア出身のティグラン・ハマシアンは、アルメニアの宗教音楽を現代的なアプローチで演奏しているピアニスト/音楽家である。アルバムは〈ノンサッチ〉などからリリースされ、世界的に高い評価を獲得している。その音楽性には魅力的な「複雑さ」があるように思える。ハマシアンの音楽はジャンル的にはジャズに分類されるだろうが、しかし、その音楽の射程は宗教音楽、古楽、クラシック、現代音楽からポップスに至るまで非常に広い。そこに彼の越境的な(アルメニア的な?)音楽観が色濃く反映されているのは間違いないだろうが、もちろん、それは(浮ついた?)消費社会上の「越境」などではなく、音楽への深い信仰心のようなものであろう。それは音楽への強い探究心と同義でもあるはずだ。そう、「歴史」と「音楽」が交錯する地点に自分自身を置くこと……。

 2015年に〈ECM〉からリリースされた『ルイス・イ・ルソ』は、アルメニアの宗教音楽を、合唱団と共に録音したアルバムだった。5世紀から20世紀までの宗教音楽や賛美歌を、ティグラン・ハマシアンが編曲している。アルバム名「光から光へ」が意味するように、まるで霧の中に輝く光のように、もしくは光を希求するかのような清冽な演奏/録音がとにかく美しく、一聴後、耳と心が洗われる思いがしたものだ。いわゆる〈ECM〉的な静謐な質感とあいまって、モノクロームの光景の中に、不意に光が溢れ出てくるような感覚を与えてくれた。
 本作『アトモスフィアズ』は、『ルイス・イ・ルソ』から続く〈ECM〉作品である。前作とは対照的に、アルヴ・アンリクセン、アイヴァン・オールセット、ヤン・バングら、現代有数の演奏家/音楽家たちが、アルメニアの正教音楽を中心に演奏している。録音は2014年の6月におこなわれた。
 それにしても、さすが、この4人の饗宴である。アルメニアの正教音楽から2016年的なアンビエンスを抽出・生成変化することに成功している。むろん「原典」の響きを、「残像」のように響かせつつ。
 そう、まるで「残像」のような音楽なのである。すでに消え去ってしまった音の痕跡を耳が追い求めてしまうような。アルバムは“トレイシイズ“という連作を中心に構成されているのだが、この「形跡」を意味するこの言葉を曲名に用いている点も、本作の「残像」的なるものを象徴しているように思える。
 私は、本作特有の残像的サウンド生成において、ギターのアイヴァン・オールセットとターンテーブル/サンプリングのヤン・バングの功績が大きいのではないかと考えている。むろん、4人によるセッションだから素晴らしいというのは前提だが、しかし、アイヴァンのギターはときにドローンのような音響効果を生み、音響空間をかたち作る重要な役割を果たしているし、バングの見事なリアルタイム・サンプリングは、このアルバム特有の残像的な音響空間を生み出している。彼らの紡ぎだす音の「テクスチャー」こそ、「アルメニア」と並んで、本作のもうひとつのキーに思えてならない。ジャズ的な演奏を音響化=アンビエント化するうえで重要な役割を果たしているのだ。1曲め“トレイシイズ I”冒頭の密やかな持続音・ドローンのアンビエンスにまずは耳を澄ましてほしい。
 ちなみに、ヤン・バングは、ディヴィッド・シルヴィアンとのコラボレーション作『アンコモン・ディアティーズ』(2012)も素晴らしい作品だ(このアルバムにはアルヴ・アンリクセンも参加している)。また、〈ECM〉からリリースされたアイヴァン・オールセットのソロ・アルバムにも、バングはコラボレーターとして全面協力している。そして2013年にリリースされたバングのソロ・アルバム『ナラティヴ・フロム・ザ・サブトロピクス』も傑作であった。このアルバムはバングのサンプリングの音響美学の粋とでもいうべきアルバムなのだが、ティグラン・ハマシアン、アルヴ・アンリクセン、アイヴァン・オールセットらも一同に参加しており、『アトモスフィアズ』の音響構築・交錯を考察する上で重要なアルバムといえよう。
 じじつ、本作『アトモスフィアズ』において、バングやオールセットによる残像的サウンドに呼応するように、ハマシアンのピアノは、アルメニアの宗教音楽から現代音楽(アルバム名からしてリゲティを意識しているはず)を遡行しつつ、ピアノの「一音」の響きから「現代のアンビエンス」を鳴らしているように聴こえるし、 アンリクセンはまるで雅楽のようなトランペットを演奏し、聴き手の国境・歴史・時間感覚を超えさせてしまう。じっさいはバングがリアルタイム・サンプリングなどをしているので、僅かに「後」の現象なのだが、しかし聴覚上は残像の感覚が逆転するように「前」に聴こえてしまうのである。

 なぜだろうか。本作における4人の演奏は、「歴史」と「時間」という消え去った残像を、丹念に、音のタペストリーで追い求めているからかもしれない。しかし、残像であっても、彼らの息が聴こえてくる生々しい音楽でもある。自然ではあっても呼吸はしている。それは作為の最小限度化だ。本作の演奏は、とてもヴァリエーションに富んでいるが、しかし、どれも自然であり、不要な作為は感じられない。本作に瞑想的なアンビエント/アンビエンスを感じてしまう理由は、そこにあるのだろう。このアルバムは、アルメニアの歴史、宗教、音楽、響き、光、残像、息、音響、空間、歴史、個人、環境を、音楽の霧と光の中に美しく溶かしていく。光から残像へ。霧から空気へ。淡い時間の色彩が変化するようなアンビエント/アンビエンス。
 終曲である3分35秒ほどの“Angel of Girona / Qeler tsoler”における静寂な空気のごときサウンドスケープ/レイヤーの美しさは筆舌に尽くしがたい。私は、この2枚組の美しいCDを聴き終えたとき、あの武満徹ならば、このアルバムを、どう評したのだろうかと考えてしまった。かつてキース・ジャレットやディヴィッド・シルヴィアンの音楽を絶賛した武満ならは、この音楽の本質を美しい言葉で、しかし的確に評したのではないか……、と(奇しくも、本年2016年は武満徹没後20周年であり、去る10月8日は彼の誕生日なのであった)。

デンシノオト