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Kinfolk: Postcards From Everywhere

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小川充   Apr 13,2017 UP

 アメリカの〈ロープアドープ〉は、1999年に設立されて以来、ヒップホップやネオ・ソウルをはじめとしたクラブ・サウンドと、ジャズやアフロ、ラテンなどとの接点を探ってきたレーベルである。フィラデルフィア・エクスペリメント、デトロイト・エクスペリメントといった意欲的な企画も生み出した。2010年代以降は新しいジャズの潮流に乗り、スナーキー・パピー、マーク・ド・クライヴ=ロー、クリスチャン・スコット、ショーン・マーティン、テラス・マーティン、トマッソ・カッペラットたちの作品をリリースしている。ネイト・スミスのセカンド・アルバム『キンフォーク:ポストカーズ・フロム・エヴリホエア』もそうした位置付けにある作品だ。

 1974年生まれのネイト・スミスは、年齢的にはすでに中堅どころのジャズ・ドラマーである。ドラムだけでなくキーボード演奏やプログラミングもおこなうプロデューサーであり、近年出てきた新世代のミュージシャンというよりは、すでにそれ以前から輝かしいキャリアを積んできたと言える。最初は大御所シンガーのベティ・カーターのバンドに抜擢されて頭角を現し、2000年代半ばよりデイヴ・ホランド、クリス・ポッターといった大物たちのバンドで演奏してきたことが名高い。共演者もラヴィ・コルトレーン、ニコラス・ペイトン、ジョン・パティトゥッチ、アダム・ロジャース、レジーナ・カーター、マーク・ド・クライヴ=ローからジョー・ジャクソンと多岐に渡る。2008年にソロ・アルバム『ワークデイ、ウォーターベイビー・ミュージック vol. 1.0』を発表しているが、こちらはジャズよりR&B的なヴォーカル作品という印象が強く、トラックも生ドラムでなく打ち込みが主となっていた(ちなみに、「ウォーターベイビー・ミュージック」とは彼が興したプロダクションのことを指す)。そして、近年で特に注目すべきはホセ・ジェイムズのバンドに在籍したことだろう。このグループには同時期に日本人の黒田卓也ほか、コーリー・キング、ソロモン・ドーシー、クリス・バワーズがおり、黒田卓也のソロ作『ライジング・サン』(2014年)はこれらミュージシャンに、ゲストでホセとリオネール・ルエケが参加して制作された。ホセ・ジェイムズのバンドでの活動は、ネイト・スミスが自分より年下の新しい世代のジャズ・ミュージシャンたちとも積極的に関わっていることを示している。『キンフォーク:ポストカーズ・フロム・エヴリホエア』は、そうした近年の彼の活動の集大成的な作品である。

 キンフォークとはネイト・スミスの新しいプロジェクトであり、彼が本当にやりたかったこのバンドは、クリス・バワーズ(ピアノ)、フィマ・エフロン(エレキ・ベース)、ジェレミー・モスト(ギター)、ジャリール・ショウ(アルト&ソプラノ・サックス)を軸とする。ほかにネイトがいままで共演してきたデイヴ・ホランド(アコースティック・ベース)、クリス・ポッター(テナー・サックス)、アダム・ロジャース(アコースティック&エレキ・ギター)、リオネール・ルエケ(ギター)、グレッチェン・パーラト(ヴォーカル)らがゲスト参加し、ニューヨーク・ジャズ・シーンの豪華な顔触れが集まっている。内容も『ワークデイ、ウォーターベイビー・ミュージック vol. 1.0』に比べてずっとジャズ寄りで、その筆頭がデイヴ・ホランドとリオネール・ルエケのシリアスなプレイが冴えるダークでミステリアスなムードの“スピニング・ダウン”。ストリングスとサックスがノスタルジックな雰囲気に包む“ホーム・フリー(フォー・ピーター・ジョー)”は、アルバム・タイトルやジャケットのイメージに沿ったバラード曲。アルバム全体の印象としては、ラテン~ブラジリアン風のコーラスを生かしたフュージョン・ナンバー“スキップ・ステップ”、力強いビートに乗ってクリス・ポッターのサックスがグイグイとブロウするジャズ・ファンク“バウンス”、ネオ・ソウル的な要素の濃い“モーニング・アンド・アリソン”など、〈ロープアドープ〉ではスナーキー・パピーの路線に近いクロスオーヴァー・ジャズと言えそうだ。

 ワードレス・ヴォイスがフィーチャーされた“リトールド”は、前に紹介したカート・ローゼンウィンケルの『カイピ』のように、ブラジルのミナス・サウンドからの影響を思わせるドリーミーで清涼感に満ちた世界。クリス・バワーズのピアノも素晴らしい。グレッチェン・パーラトの暖かな歌が印象的な“ペイジス”はじめヴォーカル作品も充実しており、アマ・ワットが優しく歌う“ディセンチャントメント:ザ・ウェイト”は、ムーンチャイルドやザ・キングの作品あたりに匹敵するものだ。この曲では歌やストリングスはソフト・タッチであるが、それに対するネイト・スミスのドラムスはパワフルでダイナミックなもので、クリス・デイヴなどに通じる現代ジャズ・ドラム的なテクニックも見せている。そして、ソング・ライティングの面におけるネイト・スミスの才能の高さも見せるアルバムで、そうした一端がこれらヴォーカル曲に表われている。ネイト自身はこのアルバム作りにおいて、リズムとメロディにフォーカスし、なるべくシンプルな素材で作曲することを心掛けたそうだ。ドラム、ピアノ、歌のアイデアが浮かぶと、それをヴォイス・レコーダーに録音し、そこからミュージシャンやシンガーたちとのセッションを通して、バンド・サウンドとしてどう色付けや形成されていくかを楽しんだアルバムだったと述べている。ホセ・ジェイムズの新作はジャズから離れてしまい、トレンドに媚びたような妙なR&Bで、自分にとっては残念な作品となってしまっていたのだが、『キンフォーク:ポストカーズ・フロム・エヴリホエア』はそれを補って余りある作品となっている。

小川充