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Young Fathers

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Young Fathers

Cocoa Sugar

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柴崎祐二野田 努   Mar 14,2018 UP
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柴崎 祐二

 いきなり本論から外れた話になってしまうのだけれど、昨年公開された映画『T2 トレイン・スポッティング』について。
周りには賞賛する声が多かったのだけど、僕はどうもいまひとつ楽しむことが出来なかった。もちろん、捨て鉢的勢いをもった傑作青春映画たるあの一作目からは20年以上の時が過ぎ、経年の残酷が色濃く漂うものになるのだろうなという予感はしていたし的中もしたのだけれども。でもそれ以上に、その過去に対してどうも監督のダニー・ボイル自身もケジメをつけようとしているのになかなか叶わない、そういった藻掻きの息苦しさが、あの灰色にくすんだようなエディンバラの風景へ色濃く溶け込んでいる気がして、どうにもドンヨリした気分になってしまったのだ。
そして、その音楽の使い方。カウンター・カルチャーとポピュラー音楽の密接性を熟知しているダニー・ボイル(少なくとも一作目はそれが非常に有効に作用していた)だと思っていたのに、なんたる隔世の感! と思ってしまう自分がいた。というか、そもそもこの映画自体が先述の通り過去の呪縛をテーマにしている時点で、そういうライブリーなポピュラー・ミュージックの使い方を避けざるを得ない(というか出来ない)のは理解するんだけど、それにしたって、「ラスト・フォー・ライフのプロディジー・リミックス」、「ボーン・スリッピーのスロー・ヴァージョン」って……という。同窓会で久々に会った同級生が当人なりには若作りをしたつもりでSTUSSYの最新ウェアを着てきたときの感じ、みたいな……。いや、ごめんなさい。
だからこそ、とくに私と同年代かそれより少し上の(多分それが1作目のリアルタイマー世代でもある)観客が、わりと素直に「1と同じくぶっ飛んでて面白かったー!」や「相変わらずみんなクソで笑える!」や「やっぱりボーン・スリッピー最高!」みたいな感想を無邪気に投稿しているのをみて、結構な驚愕を覚えたりした。いやいや、わかるけど……そうじゃねえだろ! と。

 ──書いているうちに妙に映画を観た時の違和感が鮮烈に蘇ってきて前置きが長くなってしまったのだが……もちろん感心した点もあった。そう、それこそがこの『T2』で珍しく見出せる現代の新潮流との接点であるところの、ヤング・ファーザーズの起用だったと思うのである。Only God Knows“”はじめ彼らの提供した楽曲のインパクトは、他のコンサバティブなトラックの中にあって、圧倒的な存在感を放っていた。鮮烈なビート、挑発的なラップ、ヴォーカル、艶めかしいメロディーと音像……。一瞬の瑞々しさを提供することで映画を前方向に駆動させつつも、劇中で描かれるスコットランド〜エディンバラのダークな質感にストリート的リアリティを強く付与することとなっていたのだ。映画の舞台であるそのエディンバラで活動をはじめ、いまやファースト・アルバムのマーキュリープライズ受賞以来、UKでもっとも期待の置かれるアクトとなった感のある彼らが、このような仕事をこなした意味というのは、映画に与えた演出効果以上に大きいのかもしれない。つまり、彼らの作る音楽の持つコンテンポラリーな意義は、『T2』内で示されたような閉塞化しつつあるUK生活圏における写し鏡や、もしかしたら突破力としての役割が与えられているのかもしれない、ということにおいて。

 この最新アルバム『ココア・シュガー』は、極めて良質の、しかも粒ぞろいの(彼ら自身がそう表現するように)類まれな「ポップ・ソング」集となった。前作からあまり目立たなくなってきたラップはさらに後退し、それに引き換える形で、よりシンギング志向で、且つソング・オリエンテッドな意識が強くなっているように思われる。相変わらずそのビート・メイクはかなりトリッキーで、Aメロ〜Bメロ〜サビ型のポップ・チューン的常識からは浮遊した地点にいるのだけれど、全体の聴感としてはよりソング重視型となり、小気味よく曲がはじまっては3〜4分で次々に終わっていく。(本人たちはインタヴューで特定の作品からの影響を否定しているが)音楽的参照の射程はさらに広範になったと感じるし、同時代のR&Bやヒップホップ、グライム、またはかつてのクラウトロックやアンビエント〜ニューエイジミュージックからの影響も指摘もできるし、トライバルな感覚もより強化されている。
そしてさらには……いや、やめておこう。そうやってどんなに音楽的特徵を逐語的に挙げていってみたとしても、どうやらこのアルバムの持つ「ポップ・ソング性」そのものについて肉薄することは難しいように思われるからだ。それよりもむしろ、こうして様々な音楽要素が開陳されているのにもかかわらず、匂い立つある種の統一感や、もっといえば「中庸性」といったものについて言葉を尽くす方が良いかもしれない。たしかにビートとリリックは刺激物としてのエッジを備えているが、どうやら彼らは、かつてカウンター・カルチャーの中で継承されてきた、1回性のある突飛さ(それはより一般的な言葉で言えば「オリジナリティ」ということになる)を絶対視して礼賛する心性にはあまり関心が無いように見えるのだ。むしろ、デジタル・ネイティヴ的感性が生みだした数多のコンテンツの乱雑な林立を引き受けた上で、その「オリジナル」や「作家性」といったものさえも押し流されていくような氾濫のなかに、極めて鮮やかな構造分析的な手際で同時代的な価値を見出していくといった感覚を携えているように思う。
デジタル的異形が日々氾濫し、音楽の多様性が日々自己増殖していくなかで、そのことを引き受け前提としながらもなお、記名性を持った一個のアーティストとしてクラフトされたアルバムを作ること。その意味を探ることとは、いまこそ様々な音楽を知的に探求しバランスを取りながら「ポップ・ソング」を追い求めることである、と彼らは無自覚に気付くことになったのかもしれない。様々な色を混ぜ合わせれば一色に帰するように、多様な音楽要素を煎じ詰めてれば、すべからくユニヴァーサルな存在(=ポップ・ソング)になる。様々なスタイルが現れては消え、現れては消えするが、収められた曲同士に断絶感はなく、あくまで「ヤング・ファーザーズ」というバンドの体臭を伴いながら統一され、ポップ・ソング集としての風格を湛える。
そもそも、翻ってみるとポップ・ソングとは、ブリル・ビルディングやビートルズ、モータウンの古きからして、音楽的な多様性を滋養として成立してきたものでもあった。そういった意味でヤング・ファーザーズは、現代にありながら、かつてとアプローチの方法は異なれどポップスのマナーの伝統を引き受ける、いまもっとも「ミドル・オブ・ザ・ロード」でプロフェッショナルなアーティストなのかもしれない。

 いまUKは、EU脱退国民投票以来、その社会全体が閉塞感を募らせている。それは、イングランドに対するカウンターとして機能されるかと期待されているスコットランドにしても逃れられない趨勢であると言える。映画『T2』では、それまで比較的クリーンとされていた地域(エディンバラ)の荒廃が容赦なく描かれている。いや、この衰微や閉塞の感覚は、ミシェル・ウェルベック的にいうなれば、ヨーロッパ全体の通低音であると言えるし、より拡張的に、日本も含めた先進国圏に共通するものと言っても良いだろう。右派であるにせよ左派であるにせよ、すでにその疲弊に気づかないものは居なくなりつつあるこのいま、文明の衝突やグローバリゼーションの弊害などの議論を経て、多様性の保存こそを仄かな指針として信望する趨勢のなかにあって、音楽シーンにおいてもヤング・ファーザーズのような新しいポップスのつくり手が登場したということは必然であったのかもしれない。
この最新作には、その必然性を裏付ける成果が頼もしく詰まっている。彼ら自身はアルバム作りにあたって社会的なイシューをあまり意識していないとインタヴューでは語っているが、だからといって社会が彼らに要請したことが少なかったことは意味しないのだ。いつだって、優れたポップスの担い手は、社会が無意識に望むことを形にしてきたのだし、しかもその作品自体が度々社会に力強いフィードバックを投げ返すことだってしてきたのだから。

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