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Kamasi Washington

New Generation of Spritual Jazz

Kamasi Washington

Heaven And Earth

Young Turks / ビート

Amazon

小川充   Jun 29,2018 UP
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E王

 アルバム単位で音楽を聴く人は昔に比べて減ってしまっているのかもしれないが、そうした中で2枚組CD、アナログ盤で4枚組という、これまでのレコードの歴史の中でも異例な、極めて大きなヴォリュームで作品をリリースするというのは、何ともものすごい。しかも、パッケージには隠しCD(もしくはレコード)が1枚付属されていて、作品を通して聴くと3時間はかかる。だいたいの映画を1本観るより長く、サッカーの2試合分にも相当する時間だ。2015年の『ジ・エピック』も相当な大作だったが、カマシ・ワシントンはさらにそれを上回るような超大作を作り上げた。これを聴くにはかなりのエネルギーを要するわけだが、それを作る方はとなると、想像を絶するようなエネルギーが必要となるだろう。それだけの熱量と、全体をまとめあげる構想力が注ぎ込まれた『ヘヴン・アンド・アース』は、レコードにおけるアルバムという形を改めて問うものであり、ジャケットやパッケージのアートワークも含めて、音楽芸術を極めていったものである。

 『ジ・エピック』から3年ぶり、昨年〈ヤング・タークス〉に移籍して放ったEP『ハーモニー・オブ・ディファレンス』(こちらもミニ・アルバムくらいのヴォリュームがある)を挟んでリリースした『ヘヴン・アンド・アース』は、すでにリリース前から大きな話題となっていた。『ジ・エピック』の成功によって大きな期待がかけられ、またケンドリック・ラマーやフライング・ロータスの作品への客演により、ジャズ以外の幅広いリスナー層からも支持を集めていたからだ。それ以外にもイベイー、エヴリシング・イズ・レコーディッド、ジョン・レジェンド、セイント・ヴィンセントなどと共演し、ますますジャンルを越境した活躍を見せるカマシだが、そうした中でも自身のバンドであるザ・ネクスト・ステップの結束は深まり、数多くのツアーやライヴを重ねる中でバンドとして成熟していった。『ジ・エピック』から3年の間、カマシとザ・ネクスト・ステップが成長し、さらにレベル・アップしたものがまるまる『ヘヴン・アンド・アース』に収められている。ザ・ネクスト・ステップの面々、テラス・マーティン(アルト・サックス)、サンダーキャット(エレキ・ベース)、ライアン・ポーター(トロンボーン)、キャメロン・グレイヴス(ピアノ)、ブランドン・コールマン(キーボード)、マイルズ・モスリー(ベース)、ロナルド・ブルーナー・ジュニア(ドラムス)、トニー・オースティン(ドラムス)たちに、シンガーのドゥワイト・トリブルやパトリース・クインといったラインナップは、『ジ・エピック』の参加メンバーがほぼそのままとなっている。父親のリッキー・ワシントン(テナー・サックス、フルート)も演奏に加わり、スポット的にクリス・デイヴ(ドラムス)が参加した曲もあるが、基本的にはカマシが昔から仲間のミュージシャンと一緒に作ったアルバムである。従って、音楽的には『ジ・エピック』から大きな変化はなく、その延長線上にあるものである。カマシらしいスピリチュアル・ジャズの“ショウ・アス・ザ・ウェイ”や“キャン・ユー・ヒア・ヒム”は、『ジ・エピック』の世界観をパワー・アップさせたものと言えるだろう。

 ただし、『ジ・エピック』ではストリングスのみだったが、今回は吹奏楽団が加わり、オーボエ、チューバ、バスーン、フレンチホルンなどがフル・バンドで入り、ずっと厚みのあるオーケストレーションが形成されている。そのあたりの編成が『ヘヴン・アンド・アース』の特徴としてあり、カマシの書くスコアやオーケストラのアレンジも、そうした大編成を想定し、合わせたものとなっている。『ジ・エピック』でもコーラスなどを含めた大型編成用の作曲・編曲はあったわけだが、『ヘヴン・アンド・アース』はそうしたビッグ・バンド向けのアレンジがより目立ち、作曲家カマシ・ワシントンの才能にスポットが当てられた作品集である。カマシの地元ロサンゼルスのレイマイトパーク地区には、ピアニスト兼編曲家でパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラを率いた故ホレス・タプスコットがおり(ドゥワイト・トリブルはそのPAPAの出身)、その影響を受けてきた。また、UCLAでクラシックの作曲を学び、ビッグ・バンド・リーダーの故ジェラルド・ウィルソンからも作曲・編曲の手ほどきを受けている。そうしたカマシの作曲・編曲能力が『ヘヴン・アンド・アース』には注ぎ込まれている。『ジ・エピック』ではドビュッシーの“月の光”の素晴らしいアレンジを見せていたが、『ヘヴン・アンド・アース』ではブルース・リー映画の『ドラゴン怒りの鉄拳』の主題曲“フィスト・オブ・フューリー”を取り上げている。この曲や“ウィル・ユー・シング”での男女混成コーラスを交えたドラマティックなアレンジは、まるでエンニオ・モリコーネの映画音楽のようでもある。ほかにも“ザ・スペース・トラヴェラーズ・ララバイ”や“ザ・シークレット・オブ・ジンシンソン”などスケール感のあるオーケストラ曲があり、カマシにはクラシックや映画音楽からの影響もあることを伺わせる(ちなみに、カマシが好きな映画音楽の作曲家はバーナード・ハーマンとジョン・ウィリアムスで、ロシアのハチャトゥリアンからも影響を受けたそうだ)。コルトレーンやファラオ・サンダースなどの系譜を受け継ぎ、激情的で咆哮するサックス・プレイがトレード・マークのカマシだが、こうした作曲・編曲の腕前やビッグ・バンドの統率力を見ると、実は緻密で理知的なタイプの音楽家であることがわかるだろう。

 『ヘヴン・アンド・アース』は大作ではあるが、中だるみとか散漫さが出てしまうことはなく、一方で単調だったり、一本調子なところもない。ジャズという形をとってはいるが、いろいろな音楽の要素が見受けられ、それを消化して自身の音楽へと変えている痕が見られる。“テスティファイ”にはニュー・ソウルからAOR的な雰囲気があるポップな曲で、“ヴィ・ルア・ヴィ・ソル”はブラジリアンやラテン的な曲調にヴォコーダーを交えたユニークな曲。“インターギャラクティック・ラヴ・ソング”の頃のチャールズ・アーランドを彷彿とさせる感じだ。“ティファコンケイ”にもラテン的な軽やかさがあり、“キャン・ユー・ヒア・ヒム”やフレディ・ハバードのカヴァーの“ハブ・トーンズ”もアフロ・キューバン的なリズムを土台とし、そうしたミクスチャーな要素が『ヘヴン・アンド・アース』の随所から感じられる。ファンク・ビートの“ストリート・ファイターズ・マス”にはヒップホップやビート・ミュージックからの影響があるし、“ソングス・フォー・ザ・フォールン”の中盤のサイケデリックでコズミックな展開は、フライング・ロータスたちとの交流から生まれてくるものかもしれない。“ウィル・ユー・シング”のリズムなどはファンクともダブステップともなんとも言えないユニークな感じで、そうした点がカマシの現代性、先進性を示している。ライアン・ポーター作曲で彼のソロ・アルバムでもやっていた“ザ・サームニスト”も複雑な変拍子を持ちながらグルーヴする曲で、カマシやバンド・メンバーのリズムに対する敏感な嗅覚を感じさせる。一方で“ウィル・ユー・シング”や“ジャーニー”にはカマシの音楽の核のひとつであるゴスペルの影が見え、そうした自身のルーツ的な部分をとても大切にしているアーティストであることがわかる。シュレルズの“ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー”、ファイヴ・ステアステップスの“オー・チャイルド”と、1960年代から1970年代にかけてのソウルやドゥーワップもカヴァーしており、そうした古き良き時代の黒人音楽に対するオマージュも伝統的なものに対する敬愛の表れだ。“マイ・ファミリー”もオーソドックスなジャズ演奏で、オールド・スクールなジャズへの愛情が感じられる。

 アルバムは『アース』と『ヘヴン』のパートに分かれ、さらにボーナスCDは『ザ・チョイス』となっている。『アース』は自身の外側の世界、現実の世界、『ヘヴン』は自身の内なる世界、想像や理想とする世界を表わし、それらは表裏一体の世界であるとカマシは捉えている。同じひとつの世界だが、ものごとの見方によって人それぞれに違うものに映り、だからこそ理想の世界を想像することにより、現実はそれに向けて変わっていくというカマシの理念や哲学が込められている。作品に付けられた歌詞は抽象的なものが多く、世界や地球、自然や神、人類の平和やユニヴァーサルな愛などについて述べられている。具体的な政治思想などに言及しているわけではないが、ただし『アース』での“フィスト・オブ・フューリー”はブルース・リーの人物像を自身に投影し、人種差別や貧困などの社会問題と闘おうとするメッセージが込められている。そうした差別や貧困などが撲滅された世界が『ヘヴン』にある理想郷で、終盤に向かってその理想が広がり、希望や光に満ちたアルバムとなっている。

小川充