リキ・ヒダカと佐藤奈々子とのコラボレーション・アルバムである。それは、元祖渋谷系とも言われる伝説のシンガーと21世紀ボヘミアンとのサイケデリックな邂逅である。" />
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Nanaco+Riki Hidaka

Indie RockJ-Pop

Nanaco+Riki Hidaka

Golden Remedy

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柴崎祐二   Jul 02,2018 UP

 囁き声、ウィスパー・ヴォイス。声帯を震わせることを逃れた空気は、音から求心性と核を奪い、むしろ拡散させる。拡散された音は、まるで垂らし落とした蜜が水の中に希釈さていくように、どこまでも膨らんでいく。だから、ウィスパー・ヴォイスは「小さな囁き声」だとしても、どこまでも、遠く我々の内部にも浸透してくる。クロディーヌ・ロンジェの声…、シャルロット・ゲンズブールの声……。そして佐藤奈々子の声。

 今作『Golden Remedy』は、前若手ユニット「カメラ=万年筆」とのコラボレーション作『old angel』以来約5年ぶりとなる新作である。
 アーティスト名表記も「Nanaco」と改めた彼女が今回コラボレーターに選んだのは、アヴァンギャルドからヒップホップまでジャンル横断的な活躍を見せるNY在住の若手鬼才ギタリスト、Riki Hidakaだ。
 一見意外と思われるこの組み合わせだが、これまでの佐藤奈々子のキャリアを振り返るならば、ごく納得のゆく共同作業だとも思える。70年代屈指のシティ・ポップ名盤とされるファースト・アルバム『ファニー・ウォーキン』ではソロ・デビュー前の佐野元春との共作だし、80年に結成したニューウェイヴ・バンド「SPY」では加藤和彦をプロデューサーに迎えていた。また、2000年作『sisters on the riverbed』ではR.E.M.を手がけたプロデューサーであるマーク・ビンガムとも邂逅するなど、その時代時代において自らの鋭敏な感性の元旺盛なコラボレーションを行ってきたのだから。
 かつて70年代後半同時期にデビューしたベテランたちに、ドメスティックなポップスを再生産する道を選んだ者たちが少なくないなか、佐藤奈々子の身軽さ、そして時々の音楽へのシャープな眼差しは傑出していると言えるだろう。

 今作は、まずRiki Hidakaによって作られた楽曲に対して、Nanacoがメロディと詞をつけていくという作業によって制作が進めれたという。Riki Hidakaによる楽曲は、そのギター・プレイの独創性はもちろん、メロディー/歌詞先行による制約が無いからであろうか、非常に奔放だ。マリアンヌ・フェイスフルによる名作『ブロークン・イングリッシュ』における特異な音響処理とシューゲイザー的世界が融合したようなM1“Old Lady Lake”、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコによる“オール・トゥモローズ・パーティ”を思い起こさざるを得ないドローン揺らめくM4“I Will Mary You”、硬質且つストイックなフォーキー世界がまるで森田童子を思わせるM5“美しい旅人”、堅牢にして靭やかなバンド・サウンドがコートニー・バーネットの楽曲にも通じるM7“未来の砂漠でギターを弾く君と私”など、これまでの佐藤奈々子の音楽を大胆に更新し、NanacoとRiki Hidakaによる音楽を新たに作り出そうという喜びに溢れている。
 しかしそれでもなお、いやだからこそというべきか、我々聴くものの耳、そして内部にもっとも広く深く浸透してくるのは、Nanacoの歌声とその言葉なのだ。聞き手がどれだけ様々な音楽と重ね合わてみようとも、やはりそのウィスパー・ヴォイスによって、Nanacoが特異な存在であるということが明示されるのだ。
 
 そう、Riki Hidakaによる楽曲は、あくまでNanacoの歌声が浸透圧を上げることに一番の作用を発揮している。ウィスパー・ヴォイスに含まれた空気成分が、汎空間的な音像と一体になるとき、歌声はいよいよその到達範囲を広げていく。
 その声は、空気に絆されホロホロと芯を解体していき、我々の内奥に浸り来ることになる。そして時に慄然とするほどに言葉が意味を運び込みもする。だからこの作品は、その先鋭的な音楽的相貌に反して、第一級の「ヴォーカル・アルバム」であるとも言えるだろう。もしかすると、囁き声ほどに我々が心をそばだててしまう音は無いのかも知れない。

柴崎祐二