Home > Reviews > Album Reviews > Marc Ribot- Songs Of Resistance 1942-2018
ケンドリック・ラマーのカリスマティックなステージには痺れたし、ボブ・ディランの静かで豊かなバンド演奏にも嘆息した。だが今年のフジロック、僕がもっとも感動したのはマーク・リーボウのセラミック・ドッグだった。フィールド・オブ・ヘヴンのピースフルなムードを切り裂くように尖ったギター・サウンドの応酬で繰り広げられるポスト・パンキッシュなバンド演奏と、そこに獰猛に交配されるキューバ音楽とフリージャズによる熱さ・冷たさ。弛緩したところがひとつもない、限界までヤスリで砥いだように鋭く美しい音で、一切の躊躇もなく叩きつけられる暴君あるいは愚かな権力者に向けた「Why are you still here?」。ほとんど身がすくむ想いだった。僕はポリティカル・ソングにはユーモアがあったほうがいい、ほとんどふざけるぐらいでちょうどいいと思っている人間だが、そのまっすぐな怒りにはひれ伏すしかなかった。その日は奇しくも、マイノリティに対して差別的な発言をした国会議員に対しての抗議デモが東京でおこなわれていた日で、「なんで、お前は、まだ、ここに、いるんだ?」――その言葉が、そこに届くことを祈らずにはいられなかった。
ただ圧倒されていると、終盤、ほとんど喋らなかったリーボウが「これはcivil rights movementに捧げられた歌だ」とポツリと言って、それまでとまったく異なるトーンのギターを演奏し始めた。アコースティックな響きのソウル・カヴァー――1966年にレコーディングされた“We'll Never Turn Back”だ。それまで一切なかった甘いメロディがゆっくりとその場を満たしていく。「civil rights movement」だから60年代後半の公民権運動を指す意味でリーボウは使ったのだろうが、僕は最初、勝手に「市民運動に捧げられた歌だ」と解釈してしまった。先述のデモに対していくらか感傷的になっていたせいかもしれない、が、その優しい調べはすべての市民運動に捧げられているように聴こえたのだ。
『ソングス・オブ・レジスタンス 1942 - 2018』はリーボウが2016年ごろから始めたプロテスト・ソング集のプロジェクトであり、ダイレクトなアンチ・トランプという意味ではセラミック・ドッグの『ワイアーユー・スティル・ヒア?』からの連作である。様々な時代の様々な地域のプロテスト・ソングを蒐集しアレンジし、また、オリジナルの楽曲も並列することでマーク・リーボウ流の現代プロテスト・アルバムとなった。リーボウいわく、「勝利を収めたすべての運動には、歌があった」。
アルバムはトラディショナルの“We Are Soldiers in the Army”のカヴァーから始まり、フリージャズ的な無調を導入することで紛れもないマーク・リーボウの音楽として立ち上げてしまう。続く“Bella Ciao (Goodbye Beautiful)”はイタリア内戦の際に作られのちに反ファシズムの歌となったフォークロアだが、トム・ウェイツのドスの効いた声が乗ることで一気にアメリカへと空間を超えるようだ。とりわけ面白いのは「ドナルド・トランプ、お前に言ってるんだよ!」の語りのあとに急に軽快なラテンのリズムが入ってくる“Rata de dos Patas”だ。原曲はメキシコの革命家に歌われていたプロテスト・ソングだが、それがアメリカ人俳優のオーヘン・コーネリアスのラップが挿入されることで現代アメリカにも通じるものとして奏で直されるのである……それも、陽気な、踊り出したくなるようなリズムで。ミシェル・ンデゲオチェロが物悲しい歌を聴かせるフォーク・ナンバー“The Militant Ecologist (based on Fischia II Vento)”は、これも元々はイタリアのパルチザンに歌われていたものだが、地球温暖化を食い止めようとする女性の視点にアレンジしたそうだ。過去のレジスタンス――抵抗の記憶を、それはそれは多彩なアンサンブルで、現代の闘いのために召喚するのだ。
また、かなりソリッドな内容だった『ワイアーユー・スティル・ヒア?』とは異なり、大幅に叙情が入っているのも本作の魅力だ。偽キューバ人たちでの経験を生かしたラテンの風、フォーク、ソウルのエモーションが、リーボウを通過したものとして鳴らされる。サム・アミドンとフェイ・ヴィクターが参加した“How To Walk In Freedom”はストリングスとフルートが美しいフォーク・ナンバーとして始まり、やがてパーカッションの連打によって情熱的なラテン・ダンスへと姿を変えていく。このアルバムには怒りがあるが、怒り以外の感情――悲しみ、慈しみ、優しさ、不屈さ、勇敢さ、それに連帯の喜びといったものが、世界中に散らばった歌たちの助けを借りて表現されている。
『超プロテスト・ミュージック』を読んだときにも思ったし、最近さることから猛烈な怒りを覚えたときにも痛感したことだが、プロテスト・ソングには怒り以外の感情を掬うこともまた必要なのだろう。怒りを純粋な状態で吐き出したからこそ、リーボウは現在「抵抗」の叙情を鳴らしているのではないか。アルバムのラストは件のソウル・チューン“We'll Never Turn Back”だ。リーボウが本作でもっとも鳴らしたかったのはこの温かさなのだと僕には思える。そこでは虐げられてきた人びとの記憶を慈しむようにギターが余韻たっぷりに響き、柔らかく声が重ねられている。
「だけど、わたしたちは引き返さない。わたしたちみんなが自由になるまでは。わたしたちが平等を手にするまでは」――。
木津毅