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J Dilla

J Dilla

Ruff Draft (Dilla's Mix)

Pay Jay Productions

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吉田雅史   Oct 16,2018 UP Old & New
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 『Ruff Draft』。ラフなドラフト。この「ラフ」には二重の意味がある。まずはここに収録されているビートたちが、Jディラのアイディアを、それが生まれた瞬間の鮮度はそのままにスケッチとして書き留められたような「ラフな」ものであるという意味。そしてもうひとつは、そのサウンド、特にビートの質感が非常に「ラフな」ものであるということだ。
 前者について考えてみるとすぐさま直面する疑問がある。つまり、このビート集がラフなスケッチ=未完成品の集積なのだとすれば、ビートの完成形とは、あるいはアルバムという作品の完成形とは一体なにを指すのかということだ。たとえばディラのようにMPCシリーズのサンプラーでビート制作する場合、キックやスネア、ベースラインやウワネタ自体を選択し、延々とビートをループさせつつそれらの打ち方のタイミングを微調整する。あるいは、各トラックの音色を微調整し、最良のミックスを探る。そうして形作った個々のピースを、一枚絵のパズルを組み上げるように、最適な順番に整列し、イントロやアウトロ、曲間のインタールードやスキットをあつらえ、ひとつの作品集として固有名を付す。
 これらの作業に、果たして終わりはあるのだろうか。もちろん、終わりはある。どこかで終わりがあったからこそ、作品としてリリースされている。それを僕たちが、聴いているのだから。そしてディラのビート制作について良く知られている特徴は、どのビートも10分やそこらで、組み上げてしまうということだ。それらを考え合わせれば、ことディラにとっては、自身の作品に「完成」というステータスを付与するのは、決して難しいことでなかったように思われる。
 しかし本当にそうだろうか。『Ruff Draft』は、三度、微妙に異なる固有名を与えられた。最初にオリジナル版の『Ruff Draft EP』がディラの自主レーベルである〈Mummy Records〉からリリースされたのは2003年のことだった。それから4年後、彼が亡くなった翌年の2007年に〈Stones Throw〉からリリースされたのが、オリジナルのEPにボーナス・トラックを追加した『Ruff Draft』。
 さらにそこから11年の歳月を経て、今回取り上げる『Ruff Draft (Dilla's Mix)』がリリースされた。そしてここには、2003年のオリジナル版に忠実なミックスと、ディラによる「あり得たかもしれない」オルタネイト・ヴァージョンが収録されている。
 このことは一体何を意味しているのか。

 ひとつのアルバムが「完成」を見るためには、当然収録される個々の楽曲が「完成」に至るだけでなく、それらのシークエンス、つまり収録の順番やそれぞれの楽曲のレングスがフィックスされなければならない。それでは『Ruff Draft』のふたつのヴァージョンにおいては、今回新たに追加収録された「Dilla's Mix」というあり得たヴァージョンの方が理想の形だったのだろうか。だが事実として「Original Mix」は、ディラの生前、当然の本人の納得の末にリリースされたのだ。だから少なくとも当時はこれがディラの理想の形だったはずだ。

 そのことを踏まえ、「Dilla's Mix」の中身を見てみよう。「Original Mix」において、冒頭のステートメントは非常に重要な役割を担っていた。ビートメイカーが自身の作品中にアカペラでステートメントを発信するというのは、DJプレミアのような例外を除けば、基本的には稀な態度と言えるだろう。ディラの肉声。彼の主張はこうだ。『Ruff Draft』という音源は、「ホンモノの生の」「カセットテープから直接の」サウンドである。
 一方「Dilla's Mix」の新しいイントロ“Interlude”では、BPMを抑えレイドバックした叙情的なビートをバックに、ディラは口火を切る。「長い間待たせたけど、俺は戻ってきたぜ」「偽物が蔓延ってるけど、俺らが取り戻すぜ。ベースメントに」「生のシット」「とてもダーティな」ビートを。
 そうだ。当時のディラを突き動かしていた情念は一体なんだったか。『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』にも詳細が綴られている通り、当時のディラはメジャー・レーベル/シーンでの活動に嫌気がさし、それまでとは違った方法で、好き勝手に自分の音楽を制作し発信したいという強いモチベーションに突き動かされていた。そのアウトプットのひとつは自主レーベルからのリリースという方法であり、そしてもうひとつはこのEPの持つラフで自由な雰囲気なのだ。 
 そのことを最も体現しているのが、イントロ開けのオープナー“Wild”だろう。これは元々2003年にリリースされたEPには収録されておらず、2007年の再発盤に追加収録された楽曲だった。タイトル通り、当時それまでのディラの代名詞だったどちらかと言えばジャジーでスムースという印象をぶち壊すような、奇抜なリズム感覚が支配する一曲だ。コメディアンでもあるニール・イネスによる得意のコミック・ソングからのサンプリング・ネタには、彼の幼い息子によるシャウトや、遊びで叩いているようなリズムの合っていないドラムの乱打に溢れている。子供が音楽に接する態度を抽出したような、文字通り初期衝動的なワイルドさをそのまま形にしたような一曲なのだ。
 その意味でディラによる「あり得たかもしれない」ヴァージョンで“Wild”が冒頭に置かれているのは象徴的だ。ディラはいつでも子供のように、自由にビートメイクをしたがっていた。彼は次から次へとスタイルを更新しながらも、自分が見よう見まねで始めたビートメイキングの初期衝動に、常に従っていたいと思っていたのかもしれない。

 冒頭で示したふたつの「ラフさ」のうちの後者、サウンド面のラフさはそこかしこに散見される。「Original Mix」と同様、“Nothing Like This”のスナッピーが外されたタムのような叩きつけられるスネア・サウンドやディラのディストーションがかった歌声、“The $”の歪みながら疾走するブレイクビーツ、“Make'em NV”のネタはメロウながら耳をつんざく M.O.P によるフックはここでも健在だ。
 しかし実は最も注目したいのは、この「Dilla's Mix」の両極、つまり冒頭の“Interlude”と最後を〆る“Rock On”の二曲だ。前者は先ほども言及した通り、「Original Mix」ではアカペラだったディラのステートメントの別ヴァージョンだが、背後を支えるビートは極めてレイドバックした、しかしこれから放出されるラフネスを奥に秘めたような情感的なものなのだ。
 そしてラストの“Rock On”は地元のクルーやATCQ、コモンやピート・ロックにシャウトを送るアウトロだが、これも「Original Mix」のヴァージョンと比較すると、ラフなブレイクビーツを中心に据えながらも、遥かに余韻を残すようなベースラインとシンセサウンドによるウワネタが印象的だ。
 これらに挟まれた「あり得たかもしれない」ヴァージョンとは一体どういうことなのか。
 “Interlude” “Rock On”の二曲に挟まれた構造から分かるのは、「Dilla's Mix」とは、「Original Mix」と比較すると、ビートが想起させる空間性、あるいは余白といったものに貫かれていることだ。と言うと、単なる印象論に聞こえるだろうか。これは「あり得たかもしれない」という前提がもたらす、言い換えれば「想像力」がもたらす幻想にすぎないのだろうか。

 ここで先ほどの問い――『Ruff Draft』が二度も生まれ変わっていることは何を意味しているのか――に立ち返ろう。結局のところ、この疑問の答えは『Ruff Draft』を『Donuts』と対にして考えると、見えてくるものかもしれない。元々原型はミックステープだった『Donuts』はしかし、全篇を貫くサイレン音などのサウンドや綿密な曲同士のつなぎを含む編集作業により、確固たる「完成」したアルバムとして屹立している。個別の曲を異なるポジションにリレイアウトすることは不可能だし、それぞれを単体で抜き出して聞くだけでも、どこか違和感が残る。それほどにアルバムでのリスニングに特化した、いわば31曲で42分の長さの一曲ともいうべき作品なのだ。それが見せてくれるのは、めくるめく一代絵巻であり、生と死を巡るジャーニーだった。
 一方で『Ruff Draft』は、ラフで未完成なスケッチの集積だ。それぞれの楽曲は配置転換が可能で、その並び方に、リスナーは新しい景色を見てとることができる。未完成がゆえに自由に開かれ、そしてその自由には際限がない。
 それだけではない。僕たちの眼前には『The King Of Beats』や『Jay Dee's Ma Dukes Collection』などに収録された大量のビートの海が広がっている。僕たちもまた、「あり得たかもしれない」ディラのアルバムに想像力を馳せ、その音世界を遊泳する自由を、手にしているのだ。

吉田雅史

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