ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  2. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  3. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  4. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  7. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  8. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  9. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  10. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  11. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  12. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  13. 『ファルコン・レイク』 -
  14. レア盤落札・情報
  15. Jeff Mills × Jun Togawa ──ジェフ・ミルズと戸川純によるコラボ曲がリリース
  16. 『成功したオタク』 -
  17. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  18. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  19. CAN ——お次はバンドの後期、1977年のライヴをパッケージ!
  20. Columns 3月のジャズ Jazz in March 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > People Under The Stairs- Sincerely, The P

People Under The Stairs

Hip Hop

People Under The Stairs

Sincerely, The P

Piecelock 70

Spotify Amazon iTunes

大前至   Feb 27,2019 UP

 昨年10月27日、LAのヒップホップ・デュオ、ピープル・アンダー・ザ・ステアーズ(以下、PUTS)のセス・ワンがインスタグラムにて、突如ポストした引退宣言。そして、同時に PUTS のラスト・アルバムとしてアナウンスされたのが、今年2月1日リリースの本作『Sincerely, The P』だ。いまから約10年ほど前になるが、LAの南部、サンペドロというエリアにあるセス・ワンの自宅スタジオでインタヴュー取材をしたり、あるいは彼らのプロモーション・ヴィデオにちょい役で出演させてもらったりと、個人的にも思い入れの深いグループであっただけに、彼らの引退宣言には正直複雑な思いもある。とはいえ、すでに20年以上にわたって活動を続け、本作を含めてフル・アルバムを10枚も発表してきたセス・ワンとダブル・Kの二人が、すべてをやりきったという満足感と疲労感のなかで、ファンのためにもちゃんと引退を宣言し、アーティスト活動を終える決意をしたことも理解できる。

 彼らがファースト・アルバム『The Next Step』をリリースした90年代後半といえば、ジュラシック5のデビューや日本でも人気の高かったリヴィング・レジェンズの活躍、あるいは〈ストーンズ・スロウ〉の初期の盛り上がりなどとも重なり、LAだけではなく、サンフランシスコ/ベイエリアも含めた、カリフォルニア全体のアンダーグランド・シーンに注目が集まりはじめた時期でもあった。日本のヒップホップ・ヘッズからすると、PUTS もそんなシーンのなかのひとつとして捉えられていたが、彼らはクルーのような形で徒党を組むようなタイプでなかったこともあり、実際は少し浮いている存在でもあったという。彼らの初期のアルバムがエレクトロニカなどをメインとしていたサンフランシスコのレーベルである〈オム〉からリリースされていたことも、当時の立ち位置を物語っている。そんななか、彼らはアメリカ国内よりも先に、ヨーロッパなど国外で人気を獲得することに成功。さらに、その後も地道にライヴ活動や作品のリリースを重ね、気がつけば、LAシーンのなかでもベテラン・アーティストとしてリスペクトされる存在となっていった。そんな20年以上の活動の結晶が、このラスト・アルバム『Sincerely, The P』というわけだ。

 デビュー・アルバム『The Next Step』の収録曲である彼らの代表曲“San Francisco Knights”のライヴ音源からスタートする1曲目“Encore”から、タイトなブレイクビーツの“Reach Out”という頭の流れだけで、PUTS ファンは即座に心を掴まれるに違いない。サンプリングをメインにして作られたトラックにセス・ワンとダブル・Kによる絶妙な掛け合いによるラップが乗り、オールドスクールなフレイヴァのなかに、単なるノスタルジーだけではない、純粋なヒップホップ・カルチャーの芯の部分が彼らの楽曲には宿る。前半から中盤にかけて“Reach Out”、“Hard”、“The Red Onion Wrap”、“Streetweeper”、“We Get Around”といった緩急つけた様々なスタイルの曲のなかで披露される、デビュー時から変わらない PUTS のポジティヴなパーティ感。もちろん20年間以上、絶え間なくアップデートし続けた上で、しっかりと2019年のサウンドにもなっているのは言うまでもない。

 アルバム後半につれ、セス・ワンが実の息子に捧げたソロ曲“Letter to My Son”や“Family Ties”といった心の内面へ訴えかける曲が主軸となっていくことで、徐々に終焉感が漂いはじめ、本作が彼らのファイナル・アルバムであることを、いやが上でも意識せざる得なくなってくる。そして、デビュー当時の彼らをサポートしたLAローカルのDJであるロブ・ワンやダスクといった故人へのシャウトアウトも込めた“The Sound of a Memory”でアルバムの幕は閉じられ、彼らは人生の次のタームへ旅立っていく。PUTS の二人がこれまで届けてくれた、素晴らしい作品と思い出に感謝したい。

大前至