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Alfa Mist

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小川充   May 31,2019 UP
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 近年のロンドンのジャズ・シーンはアメリカのジャズにはない独自性で注目されており、例えばダブやサウンド・システムと結びついたサンズ・オブ・ケメットなどは、極めてUKらしい音楽のありかたと言えるだろう。しかしながらアメリカの影響から全く切り離されているわけではなく、ジャズとヒップホップやR&Bとの融合においてはロバート・グラスパー以降の流れが顕著な例も見られるし、カマシ・ワシントンサンダーキャットなどロサンゼスルの動きに繋がるような演奏もあり、またシカゴのマカヤ・マクレイヴンは積極的にロンドン勢とセッションをおこなっている。こうした中でイースト・ロンドン出身のピアニスト/プロデューサーのアルファ・ミストは、もっともグラスパーの影響を色濃く感じさせるアーティストだ。

 2017年にリリースしたファースト・アルバム『アンティフォン』によって、ほとんど無名の新人ではあるが、ロンドンの新しいジャズを担うピアニストのひとりと注目されたアルファ・ミスト。彼は鍵盤奏者で作曲家であると同時に、プロデューサー/トラックメイカー的な側面も持っている。ギタリストのマンスール・ブラウンや、シンガー・ソングライターのジョーダン・ラカイらが参加した『アンティフォン』は、コンテンポラリー・ジャズとヒップホップやネオ・ソウルの中間的なところにあるようなアルバムで、ピアノの演奏スタイルやビート感覚などを含めてロバート・グラスパーからの影響は明白だった。アルファ・ミストの生まれたイースト・ロンドンはグライム発祥の地でもあるが、彼の場合はどちらかと言えばヒップホップが音楽性の核にあり、J・ディラ的なヨレたビートとジャズ・ピアノの組み合わせはまさにグラスパー的だったのである。
 15歳の頃から作曲をはじめた彼は、ビートメイキングの過程でジャズや映画音楽に目覚め、17歳から独学でピアノ演奏を開始した。ほかのロンドンのジャズ・ミュージシャンとは立脚点が異なり、ビートメイカーからジャズ・ミュージシャンへと進んでいった彼は、ジョン・コルトレーン、J・ディラ、映画音楽の作曲家のハンス・ジマーをリスペクトしているそうだ。『アンティフォン』の前の2015年には「ノクターン」というEPをリリースしていて、基本的にダークでメランコリックなトーンのダウンテンポ中心の作品集となっている。最近ではザ・シネマティック・オーケストラのロンドン公演のサポート・アクトに抜擢されたアルファ・ミストだが、「ノクターン」は映画音楽からの影響がより顕著なEPと言えるだろう。ここにはジョーダン・ラカイやベーシストのカヤ・トーマス・ダイクに加え、いまをときめくトム・ミッシュも参加していた。トム・ミッシュやジョーダン・ラカイたちシンガー・ソングライターと、ジャズを繋ぐところにいるのがアルファ・ミストでもある。

 『アンティフォン』の発表後、2018年にはユセフ・デイズ、マンスール・ブラウンたちとセッションしてシングルを数枚リリースしている。そうした中でベースを弾いているロッコ・パラディーノは、世界的な名ベーシストで、近年はディアンジェロ率いるザ・ヴァンガードの一員として知られるピノ・パラディーノの息子である。このたびリリースしたニュー・アルバム『ストラクチュラリズム』は、そのロッコ・パラディーノとデビューの頃からのつきあいであるカヤ・トーマス・ダイクがエレクトリック・ベースを演奏し、今回もジョーダン・ラカイが参加している。アルファ・ミストはジョーダンの『ワイルドフラワー』(2017年)にも参加していて、カヤ・トーマス・ダイクはじめ演奏するメンバーもいろいろ重なっているので、彼らは日頃からの音楽仲間なのだろう。ジェイミー・リーミング(ギター)、ジェイミー・ホートン(ドラムス)、ルディ・クレスウィック(ダブル・ベース)、ジョン・ウッドハム(トランペット)は『アンティフォン』に引き続いてのメンバーで、ピーター・アダム・ヒル(ドラムス)のほかにストリングス・セクションも参加している。

 アルバムを通じてメンタル・ヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が用いられた『アンティフォン』に対し、『ストラクチュラリズム』では議論文化や個人的な成長についての姉との会話が随所に散りばめられている。「今の自分を司るものはすべて、置かれた環境や社会から影響を受けたもので、コミュニケーションの術すら持たないところから、ここまでやって来たその過程が自身を形成し、それを認め、それが自分なのだと受け入れることが自身にとっての構造主義なのだ」という見解を示しているアルファ・ミストだが、彼は自分の音楽について極めて客観的で、またその音楽的影響についても自覚的であるということだろう。
 そうした点は彼の作り出すサウンドにも表われていて、どちらかと言えばアルファ・ミストの音楽は内省的で、覚醒感のあるものだ。淡々としたペースでインプロヴィゼイションを展開していく“.44”は、ジャズという音楽のクールさを象徴するような曲である。“グラッド・アイ・リヴド”はアルファ・ミスト自身がラップを披露するジャズ・ヒップホップだが、ストリングスを絡めたサウンドはとても柔らかく、彼のもうひとつの特色である映画音楽的な要素も垣間見える。“ジャジャズ・スクリーン”はストリングスがもっとも効果的に用いられた曲で、かつての〈CTI〉におけるオーケストレーションとジャズの結びつきを現代において再現しているかのようだ。カヤ・トーマス・ダイクが繊細で美しい歌声を披露する“フォーリング”、ジョン・ウッドハムによる哀愁のトランペットが映える“ムラーゴ”といった曲でも、その深遠でメランコリックなアプローチは映画音楽譲りと言え、ザ・シネマティック・オーケストラとの共通項が見出せるような楽曲となっている。
 “ナイティ”はアルバムの中でもジャズの即興演奏に比重が置かれた作品で、ジョン・ウッドハムのトランペットとジェイミー・リーミングのギターがそれぞれソロをとり、ジェイミー・ホートンのドラム・プレイも聴きどころとなる。『ストラクチュラリズム』は『アンティフォン』よりもさらにジャズ度が深まり、全体の演奏が高度化しているが、それを示すような曲だ。“リテイナー”でのジェイミー・リーミングのギターも印象的だが、彼のプレイはザ・シネマティック・オーケストラでも演奏していたスチュワート・マッカラムを彷彿させるところもある。“ドア”ではジョーダン・ラカイがヴォーカルをとるが、彼はそのスチュワートも演奏するリチャード・スペイヴンのアルバムにも参加していて、こうしたジャズ系の作品にも見事にマッチングすることができるシンガーだ。彼のニュー・アルバムも間もなく発表されるようで、そちらも期待していいだろう。

小川充