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Andrew Pekler

DubElectronicaExoticaField Recording

Andrew Pekler

Sounds From Phantom Islands

Faitiche

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デンシノオト   Jan 06,2020 UP
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 存在しない島たちから採取した音響の接続と連鎖。それは空想上の文化人類音響学か。われわれの耳は、20世紀的な電子音楽のラボから未知のサウンド環境へと越境するだろう。
 本アルバム『Sounds From Phantom Islands』はベルリンを活動拠点とする電子音響作家アンドリュー・ペクラーによる音響絵巻である。彼の2年ぶりの最新作は仮想の島々(ファントム・アイランズ)へと聴き手を誘う。
 それはフェイクなのか、ファクトなのか。そもそも音にあっては虚構と現実の境界線は曖昧ではないか。音は音だ。サウンドは音の存在こそが真実なのだ。

 アンドリュー・ペクラー。彼はわれわれ電子音響マニアにとって重要なアーティストである。彼の楽曲には、00年代以降の多層化した音響/レイヤーが優雅に、緻密に、大胆に鳴らされているからだ。
 ペクラーの経歴はやや特殊である。ペクラーは旧ソビエト連邦で生れた。アメリカ合衆国のカルフォルニアで育ち、現在はドイツ連邦共和国のベルリンを活動拠点としている。
 ペクラーは2002年にドイツのエクスペリメンタル・ミニマル・ダブのレーベル〈~scape〉から『Station To Station』を、2005年に実験音楽レーベルの老舗〈Staubgold〉から『Strings + Feedback』を、2007年にインディペンデントなエクスペリメンタル・レーベルの代表格〈Kranky〉から『Cue』など、錚々たるレーベルからリリースしてきた。
 中でも重要作は『Strings + Feedback』であろう。50年代~60年代的なオールドスクールな電子音楽とミッド・センチュリー的なラウンジ・ミュージック/軽音楽の断片を接続し、クラブユースとはまったく異なった浮遊感に満ちた非反復的な独自の電子音響音楽を生みだしたのだ。例えるならば電子音とラウンジの混合によるエレクトロニカ化したモートン・フェルドマンとでもいうべきか。
 私見では『Strings + Feedback』は、ヤン・イェリネックの『Loop-finding-jazz-records』と同じくらいにゼロ年代のエレクトロニカ/音響において重要なアルバムだ。イェリネックはジャズを原型の音源が判別不可能なまでに解体し未知のサウンドへと再構成した。対してペクラーは50年代~60年代の電子音楽的なサウンドを素材としつつ非反復と層による新しい聴取感を生みだした。両者とも方法論は異なるが、コンピュータ内の音響のレイヤー操作によってこれまでにないサウンドを生みだした点は共通している。
 これは00年代のエレクトロニカ/電子音響の重要な特徴であるが、加えてこのふたりのアルバムは「素材」からの加工と再構築という点で90年代的なサンプリング・ミュージックを継承しつつも超克している点にも共通点がある(ちなみにイェリネックとペクラーは〈Mikroton Recordings〉や〈Entr'acte〉などからアルバムをリリースする音響作家ハノ・リッチマン(Hanno Leichtmann)と共に Groupshow というグループでの活動もおこなっていた。2009年に〈~scape〉からアルバム『The Martyrdom Of Groupshow』、2013年には〈Staubgold〉からミニ・アルバム『Live At Skymall』をリリースしている。また2009年にはシングル「The Science / Pet Ramp & Staircase」を〈Dekorder〉から発売した)。

 アンドリュー・ペクラーは10年代以降も旺盛なリリースを続けていく。2011年には〈Dekorder〉から『Sentimental Favourites』をリリースする。このアルバムは10年代初期の電子音響シーンにおいて隠れた重要なアルバムとでもいうべきもので「ラウンジと電子音楽の混合体」である『Strings + Feedback』を継承・深化させた作品だ。
 2012年には音響作家ジュゼッペ・イエラシが主宰し、イタリアのミラノを拠点とするミニマル・物音・音響レーベルの〈Senufo Editions〉から『Cover Versions』を発表した。2013年には〈Planam〉からイエラシと競作『Holiday For Sample』、翌2014年にはベルギーの音響レーベル〈Entr'acte〉と〈Senufo Editions〉の共同出版というかたちでアルバム『The Prepaid Piano & Replayed』と相次いでリリースする。
 この時期は10年代初期のミニマル音響レーベルと作品への接近が特徴といえよう。加えてイェリネックとペクラーによって仕立て上げられた「架空の女性電子音楽家ウルズラ・ボグナー」の二枚のアルバム『Recordings 1969-1988』(2008)、『Sonne = Blackbox』(2011)も重要な作品である。ここではペクラーが素材として大いに活用してきた50年代~60年代の電子音楽そのものを創作する試みが実践されている。リリースはヤン・イェリネックが主宰する〈Faitiche〉だ。
 そして2016年には同〈Faitiche〉からペクラーのソロ『Tristes Tropiques』を発表した。アルバム名はクロード・レヴィ=ストロースの名著『悲しき熱帯』からの引用で、文化人類学的なものへの接近がみられる。『Tristes Tropiques』は、環境音や電子音などが熱帯の奥地から鳴らされているような音響空間を生成しており、聴き手の感覚を瞑想と見知らぬ世界=土地へ連れていってくれる出来栄えであった。いわば過去と現在をブリコラージュするような濃密な音響作品だが、このアルバムをシリアスな文化人類学的な音響作品とするには注意がいるように思える。
 『Tristes Tropiques』はあくまで「空想上の」文化人類学的な音響作品とすべきではないかと私は考える。そもそも〈Faitiche〉というレーベル名も「fact」と「fetish」を合わせた造語「factish」のドイツ語読みであるというのだから。となるとペクラーと(レーベル主宰者)イェリネックは真実と虚構の狭間にこそ文化人類学的な音響作品があると言っているように思えないか。音におけるファクトとフェイクの差異は曖昧だ。音においてはすべて真実といえなくもないし、その反対ともいえる。

 2年ぶりの新作アルバム『Sounds From Phantom Islands』もまた〈Faitiche〉からのリリースだ。
 文化人類学者のステファニー・キウィ・メンラス(Stefanie Kiwi Menrath)と運営したサイト「Phantom Islands - A Sonic Atlas」につけた音響/録音から制作した「存在しない島の音/電子音楽」というのがコンセプトらしい。つまり本作でも『Tristes Tropiques』以降の「真実とフェイクの混合からまったく別の音響的思索」を導き出す実践がおこなわれているというわけだ。
 ちなみに「Phantom Islands - A Sonic Atlas」のリンクはこちら(http://www.andrewpekler.com/phantom-islands)。サイトを開くと素晴らしい音響がランダムかつ多層的に鳴る(音が出るので注意)。画面をスクロールし地図を移動すると環境音と電子音による音響も変化を遂げていくのだが、ここで展開される環境音とミニマルな電子音の交錯はもちろんアンドリュー・ペクラーの音だろう。
 アルバムとしてまとめられた本作もまた同様である。『Tristes Tropiques』以降といえる環境音と電子音が幽玄な森の奥地で鳴っているようなサウンド、どこかウルズラ・ボグナー的な20世紀中期的な電子音楽のムード、多層的なグリッチ・ノイズやミニマルな旋律が密やかに鳴っているなど、いわば00年代~10年代のエレクトロニカ/電子音響などがミックスされていくことで、時代と時間を越境するかのごとき「聴き手の想像力に委ねられもする架空の島のサウンドトラック」が生成されていく。まさに。現時点におけるアンドリュー・ペクラーの集大成的作品である。

 『Sounds From Phantom Islands』は、音響的快楽と知的実践、ポップとフェイク、複雑さと聴きやすさ、アンビエントとドローン、ミニマルと聴覚の拡張などが濃密に交錯している。多層的なサウンドの快楽と魅惑。00年代~10年代のミニマルな電子音響/エレクトロニカを聴き続けてきたリスナーにとってはこれ以上ないほどに素敵な贈り物のような音響作品ではないかと思う。

デンシノオト