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吉田アミ

Howling VoiceVoice Experiments

吉田アミ

虎鶫(とらつぐみ)

Hitorri

細田成嗣   Mar 31,2020 UP Old & New

 長らく廃盤となっていたヴォイス・パフォーマーの吉田アミによる代表作のひとつ『虎鶫(とらつぐみ)』が、2003年のリリースから17年の時を経て、このたび FTARRI のソロ専門レーベル〈Hitorri〉からリイシュー盤として再発されることとなった。自身の名義による作品であるものの実質的にはベーシストの tamaru とのデュオ作であった『Spiritual Voice』(1997)を除くと、本盤は吉田の最初のソロ・アルバムであり、また、ヴォイスを用いたフリー・ミュージックの歴史に革新をもたらした画期的作品でもある。

 あらためて振り返るなら、吉田アミによるハウリング・ヴォイスと呼ばれるそのサウンドは、ほとんど即物的に響く物音と化すことによって、声から意味や記号、人間的な内面性などを徹底的に剥ぎ取ることを成し遂げた。肉声という言葉に見られるように、人間によるあらゆる発音行為のなかでも声はもっとも深く身体に根差した表現である。ある声が発されるとき、その声はまずもって「誰かの声」という属人性とともに認識される。こうした属人性は声から身体を手繰り寄せ、音響以外のさまざまな意味/記号を聴き手に想起させることとなる。そしてこのことは、通常の音楽における歌声に限らず、声を器楽的に使用するパフォーマンスの歴史においても逃れ難く纏わりついてきた。たとえばキャシー・バーベリアンやファティマ・ミランダ、シェリー・ハーシュ、デヴィッド・モス、巻上公一らに見られるように、声による表現手法を開発/拡張し、それらの素材を自在に使いこなすことによって、いわゆる超絶技巧的なスペクタクルを聴かせるヴォイスからは、圧倒的な個性とともに声の持ち主の具体的な姿を思い浮かべることができる。しかし吉田の声はこうした意味性から離れ、あたかも電子音響のように、あるいは環境から聴こえるノイズのように即物的に響く。そこにはもはや「誰かの声」という属人的な個性はなく、ただ耳に聴こえるものとしての音響があるのみである──ただし、むろんこうしたハウリング・ヴォイスを使用するという点では、他の誰とも異なる吉田アミという作家性が刻印されているものの。

 『虎鶫』はそうした吉田のヴォイス・パターンを99トラックに収めた、本人の言を借りるならば「いま自分が出せる音を素材別に整理した図鑑のようなもの」とでも言うべき作品となっている。喉を振り絞り、あるいは口腔と口唇を駆使することによって生み出されるサウンドは、一聴しただけではとても人間の声とは思えないような驚きに満ち溢れている。多くの楽曲は10秒前後または1分以内に終わる短い作品であり、音楽的な構成よりも音色パターンの提示に主眼が置かれていると言えるものの、なかには録音後に編集を施すことで同一の声が左右のステレオ・スピーカーからパンニングする楽曲や、短いフレーズを何度も繰り返し反復することでサウンドの即物性をより増していくもの、あるいはハーシュなノイズののちにほとんど何も聴こえない時間が非周期的に反復されるものなどもあり、楽曲ごとにユニークな趣向が凝らされている。さらにこれまでの説明に反するかもしれないものの、明らかに人間の声だとわかるサウンドや、不意に声帯がそのまま震えてしまったことで聴こえる身体的/官能的なサウンドも収録されている。いずれにしても本盤の「図鑑」的性格は、単にヴォイス・パターンだけではなく、その音響を録音作品として提示する際のプロダクションとしての側面も含まれていると言ってよいだろう。そのことを裏付けるように最終トラックとなる99曲めでは、あたかもフィールド・レコーディングのように、秒針が淡々と時を刻む響きと学校のチャイムのような鐘の音、そして子供の遊び声のようなざわめきが聞こえてくる。ここに至ってわたしたちは、声がもたらす記号的な意味にありありと遭遇することとなるのである。

 本盤のリイシューは、作品にあらためてアクセスできるようになったということに加えて、音響系/音響的即興がすでに復刻の対象となる歴史に組み入れられているという事実を示してもいる。20年近い時間が経過するなかで、吉田アミ自身も、朗読をテーマに据えた「吉田アミ、か、大谷能生」や、立川貴一とともに舞台空間の演出を手がけるユニット「ミニスキュル・シングス」など、時を追うごとにあらたな試みへと踏み出してきた。それは単に活動が変遷したということではなく、音響系/音響的即興の成果をどのように継承し、あるいは発展させることができるのかということの実験の軌跡でもあるように思う──たとえば現在の彼女はハウリング・ヴォイスを即物的な音響の提示ではなく、舞台上のパフォーマンスにおけるひとつの手段として使用している側面がある。それは意味/記号を剥ぎ取った声になおもつきまとう作家性を、特定の舞台空間との関係性からあらためて更新しようとする試みであるようにも見える。いずれにしてもこのことは彼女のみならず、音響系/音響的即興以降の地平に立つあらゆる作り手と受け手に関わる問題であり、その意味でも本盤は、これからも繰り返し参照されるべきヴォイスの特異点としてアクチュアルな価値を帯びていると言えるだろう。

細田成嗣